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幼女な私の行ってらっしゃい

 クラヴィスさんが執務室を後にしてしばらく。

 シドが傍に居ない間は部屋で閉じ籠っているようにと指示もあったので、とりあえず部屋の鍵を閉めて落ち着かない心のまま窓の外を眺めていれば、予想通りシドが迎えに来てくれた。

 急いで来てくれたのか額に汗を滲ませるシドは、必要な手配等全て済ませてきたそうで、クラヴィスさんがヘティーク湖から戻り次第、王都へと出立するだろうと教えてくれた。


 ゲーリグ城からヘティーク湖までは馬車でもそれほど時間はかからない。

 昼前には帰って来るだろうし、王都までの経路を考えれば次の街に着くまでの時間も十分にある。

 苦笑いしながら今日中に出るのか聞けば、シドも同じように苦笑いを浮かべて頷いた。



 あの人の行動力は理解しているつもりだし、元々用意していたのもあるだろうけれど、まさか今日中に出立するとは。

 急に領主が城を空けることになるなんて、寝耳に水だった城の人達はさぞ衝撃だろう。

 さっきも少し宥めたけれど、パニックになる人が続出しそうだ。


 というより現在進行形でパニックになっちゃってるか。

 扉の開いた執務室に文官や士官といった役職持ちの人達が慌ただしく出入りし、彼らの質問とシドの対応が飛び交うのを聞きながら、今の自分を見下ろし小さく溜息を吐いた。


 気付いたら成ってしまったとはいえ私は領主の娘だ。私だってこの場所を守る責任がある。

 自由に動けないとはいえども、できる限りのフォローをしないとなぁ。

 果たして幼女にできることはあるのか、と考えなくはないが、まぁ、何かはできるだろうと信じてる。

 今はシドに任せる他無いけどネ。この状況で私が下手に動けばその方が大事になりそうだもん。決して現実逃避ではないヨ。




 珍しい騒がしさの中で時間が過ぎるのを待っていれば、二時間もしないうちにクラヴィスさんが使者を連れて帰って来た。

 その頃には出立の準備も完了していて、何やら青ざめた表情をした使者は準備が整っているのを確認した途端、逃げるように自身の馬車へと乗り込んでしまった。


 国の使者ということは国王の代理でもある。

 そんな人物とまだ一度も会っていなかったのでこのタイミングで挨拶した方が良いかな、と心構えしてたんだけど、なんだか拍子抜けだ。

 それにしても遠目に見ただけでもわかるほど明らかに怯えてたのには驚いた。

 クラヴィスさんとアースさん、どっちが何をしたんでしょう。こわいねー。


 何とも言えない空気が若干漂いもしたが、使者が馬車に乗り込んだ以上、出立を延ばすことはできない。

 多少時間があると油断していた同行者の面々が表に出さないようにしつつ慌てているのを横目に、城門の外で待つ馬車へと向かうクラヴィスさんの横をシドと共に歩いていく。



「必要ないと、わかっていると思っていたんだが」


「勿論、伝えはしましたよ。これは彼等の意志です」



 頭上で交わされる言葉に回りを見れば、馬車の近くにはティレンテやヴェスパーといった役職持ちの面々が。

 そして時折カサコソと音の鳴る物陰には、使用人の面々がこっそりと隠れるように自身の主へ視線を向けていた。

 恐らくパパンとしては「見送りは良いから仕事をしてくれ」って感じだったんだろう。

 そんなの、大事な領主様の出立なんだから、見送りたくなるに決まってるだろうに。



「パパは好かれてるのよー」


「……そうか」



 人前なので幼女らしく彼らの心を代弁すると、クラヴィスさんは切れ長の目を微かに丸くした後、目を細め呟いた。

 もしかして、クラヴィスさんはノゲイラの人達から恐れられているだけだと思っていたのかな。

 確かに恐れられてはいるし大きな壁も変わらず在るけれど、皆確かな敬愛を抱いている。

 むしろムスメに甘いパパンってことで特に子持ちの人からは親しみを持たれてるんだけどなぁ。


 皆の思いはこれからの皆の行動で伝わっていくことだろう。

 慣れ合い過ぎるのは良くないが、ある程度は親しみがある方がお互い働きやすいと思いますのよ。目指せホワイト企業ならぬホワイト領地。

 必要とあらば緩和剤でも何でもできることはやるから言ってくださいよー。言われなくともやるけど。



 微笑ましいなーなんて思っていたが、時間というのは来てしまう物で、馬車の傍まで来たところでクラヴィスさんが私達を振り返り、私達は立ち止まる。

 ほんの数秒前まで微笑ましいだとか思っていたのがウソのようだ。

 行ってしまう、帰って来ると理解していても、実際に目の当たりにすると胸の奥が引き攣るようで、小さく息を吸った。



「留守は頼む」


「確と」



 見送りに立つ面々を一通り見渡し、シドと短く言葉を交わすクラヴィスさん。

 深い信頼が故の短いやり取りが、目の前の人が行ってしまうのを叩きつけるかのように響いて。

 ──最後に私へ向けられた黒に何かが崩れ、涙が溢れだした。



「トウカ?」


「お、お嬢様……?」


「……なんでぇ?」



 唐突に零れていく涙にクラヴィスさんもシドも驚いたような呆けた声を出し、私自身もわけがわからずぼろぼろと落ちる涙に茫然とする。

 い、いやいやいやなんで私泣いてるんだ? え? まさか幼女な体に引っ張られて泣いちゃった? うそん。情緒不安定にも程がある。

 とにかくどうにか止めないと、ほら見ろクラヴィスさんが慌てて抱っこしちゃったじゃないか。シドに至っては固まってるよ。こんな状態じゃなければ笑いたかった。



「な、泣くなトウカ。泣かなくていい」


「ごめ、っ……とまんな、いっ」



 あやされる子供のように抱き上げられ、ゆっくりと揺らされ、それでも止まる気配のない涙にわけもわからず嗚咽と共に謝る。

 自分でも困惑してるのに、人前で泣いてしまう恥ずかしさと予定を押してしまう申し訳なさがすごいです。

 涙で滲む視界で見えるのは表情露わに狼狽え戸惑うクラヴィスさんだけだが、私が突然泣き出したことで周りもにわかに騒がしくなっているのは聞こえてる。

 ヴェスパーなんて固まったままのシドに縋ってるみたいだし。「しっかりしてくださいぃ……!!」だって。それ言われるの私の方じゃないかな。



 落ち着けようと呼吸をしようにもしゃっくりが邪魔をしてうまくできず、収まらない涙に思わず目を擦る。

 擦るのは良くないとわかってるんですけどね。止まらないんだもの。他にどうしたらいいんだ。

 思いっきり目元を擦っていると、クラヴィスさんが片手で私の両手を取って目元から離し、そのまま肩へと導くように頭を撫でられる。

 涙で濡らしてしまうことになるが、抵抗する気も起きなくて、促されるまま肩へと顔を押し付けクラヴィスさんにしがみついた。



「もしかしたら、と思っていましたが……こちらをお使いください」


「すまない。助かる」



 最低限鼻水だけはつけないよう、なけなしの理性を総動員してクラヴィスさんの肩を濡らしていると、そんなやり取りが聞こえ肩と顔の間に清潔な布が差し込まれる。

 あの声はティレンテだろうか。言葉からして元々準備していてくれたらしいので、遠慮なくぐちゃぐちゃにさせてもらおう。


 先ほどまでの理性も遠慮も投げ捨て、布をべちゃべちゃのぐしょぐしょにしてぐずっていたが、流石に時間を押しすぎたらしい。

 使者の馬車があった方から物音が聞こえ、私を支える腕の力が強くなり、撫でていた手が止まり優しくきつく抱きしめられた。

 これ以上は縋りついていられない。泣きついてはいられない。

 そう言外に伝えられて、最後に精いっぱいの力でクラヴィスさんの首に抱き着いた。



「……大丈夫だ、必ず帰るから」


「っ、うん……わか、ってる……!」



 不安も寂しさも、感じなかったわけじゃない。

 けれどお守りとして大切な指輪を預かって、シドという守り人も、身を守る術も残してくれている。

 だから自分は大丈夫だとわかっている。クラヴィスさんだってきっと大丈夫だと信じてる。

 それでも『行かないで』と叫んでしまいそうで、硬くて大きな肩へと顔を押し付け呑み込み、別の願いを叫んだ。



「はやく、かえってきてねぇ……!」


「あぁ約束する。だから泣かないでくれ」


「む、りぃ」


「無理なのか……」



 頭に直接響くように頼まれても、私の涙腺は崩壊したままで言うことは聞いてくれない。

 無理な物は無理だと伝えれば、きっと苦笑しているだろう声と共に頭を撫でられる。

 そのまま少し揺れた後、名前を呼ばれて頷けば、私はシドの腕の中へと移動していった。



「お嬢様……」


「……だい、じょぶ。ごめん」



 クラヴィスさんとは違う支え方に少し不安定さを覚えるが、心配そうに声を掛けられ無理矢理布から顔を上げて笑顔を作る。

 涙が溢れるままなので酷い顔だろうが、最初よりマシだろう。ちょっと息を呑まれたけど。そこまで酷いの? 我流石にショックぞ?


 これはあまり無理しても皆の視界によろしくなさそうだ。

 大人しくシドに体重を預け、手に持った布を顔に押し当てると頬に慣れ親しんだ手が添えられた。

 布を少しだけ外してみれば、眉を下げて私の頬を撫でるクラヴィスさんと視線が交わる。



「行ってくる」


「……いって、らっしゃい」



 少し前も交わしたけれど、今度は泣きじゃくる幼女の姿で言葉を交わす。

 確かに次は何も知らない幼女としてだろうなーなんて思ってたわけですが、こんな形になるとは思ってなかったなぁ。

 少し余裕の出た頭で考えて、それからまた涙が溢れてきて、ポロリと零れた涙はクラヴィスさんの大きな手に掬われていった。

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