それはいつも突然で
「エディシア!」
「ユリアナさんに、ラルズさんも。なんだかお久しぶりですねぇ」
ここ最近は色々忙しいのかこっちには来てなかったからなー。
パタパタと駆け寄ってくるユリアナさんを迎え入れれば、寒かったのだろう赤い顔でにこにこと笑みを見せてくれる。
元気そうで何よりだ、なんて思っていたら、ちょっとした爆弾が落とされた。
「挨拶に結婚式の準備もしてて忙しくって……抜け出してきちゃった」
「あらま」
えへへと笑っているけれど、主役の二人がそんな大事な準備を抜け出してしまって大丈夫なのか。
確認の意を込めてラルズさんに視線を向ければ、苦笑いで頷かれてしまう。それってどっちの反応ですかね。
「この雪で道が塞がったのか商人が遅れていまして。
時間ができたと知ったユリアナ様がこちらへ行きたいと」
「どうせできることもないのだから、良いでしょう?」
「なるほど……まぁ、たまには息抜きもしないと持ちませんからねー」
「そうよね!」
私もルーエの結婚式で経験したから、貴族の結婚式は何かと準備が必要なのは知っている。
息抜きできそうならしたくもなるだろうと肯定的な答えを返した途端、ユリアナさんはいつも以上に明るい笑みを見せた。
あー、これは伯爵家の人達にはあんまり良い顔されなかったっぽいな。それでラルズさんが連れ出したと。
色々とパワフルなユリアナさんでも音を上げかけてるぐらいだ。
すごく大変そうなのは窺い知れるけれど、部外者は何にもしてあげられないからなぁ……。
せめて十分な息抜きができるようにしてあげたいと思ったのは私だけではなかったらしく、ゲルダさんが編み物を横に置いて席を立った。
「アタシ、お茶を淹れてきますね」
「ありがとうゲルダ。急にごめんなさいね」
「お気になさらず、どうぞゆっくりしていってくださいな」
最初の頃こそ貴族相手に失礼はできないと酷く緊張していた二人だけれど、もうすっかり慣れたようだ。
厨房へと向かうゲルダさんも、興味津々といった様子でユリアナさんに手元を覗き込まれるカミラさんも、緊張した様子は一切ない。
「ね、カミラは何を編んでいるの? 随分長いけど」
「マフラーというそうです。エディシアさんが教えてくださったんですけど、首に巻く防寒具だそうで」
「へぇ……確かにこういうのがあると首元は暖かそうね」
カミラさんが次は何を編もうか悩んでたから教えたんだけど……そっかぁ、マフラーってまだ一般的じゃなかったんだぁ……。
その場にいる全員の視線がカミラさんの編みかけのマフラーに向いているのを良い事に、恐る恐るアースさんと視線を向ければ、わざとらしく溜息を吐かれた。ごめんて。
貴族のユリアナさんも、兵士のラルズさんも知らない防寒具となると、よっぽど物珍しく映るんだろう。
カミラさんの早業に釘付けになっているユリアナさんを横目に、そっと自分のマフラーを手に取る。
流石に防寒用の魔道具なんてものは作ってあげられないけれど、少しの工夫でできる程度の物なら問題無いだろう。
そう、ユリアナさんを呼んでこちらに視線を向けさせて、手元にあるマフラーを軽く持ち上げた。
「よければこれ、もうすぐ編み終わるのでユリアナさんにさしあげますよ」
「え、いいの?」
「いいんですよー自分用に編んでただけなので。
あ、でもちょこちょこ網み目がおかしいんで、新しくちゃんとしたのを作りましょうか」
「全然! 気にならないわからそれが良いわ! ……でも本当にもらって良いの?」
「えぇ、結婚式前なんですし、風邪をひかないようにしませんと。
すぐ仕上げるんで、少しだけ待ってくださいねー」
自分で使うからと若干雑に作っていた物だったが、よほど赤いマフラーをお気に召したらしい。
キラキラと期待で満ちた目で見られ、いそいそと仕上げに取り掛かる。
うーん、そんなに見られてると緊張しちゃうんだけどなー。手元が狂いそうで余計に緊張しちゃうや。集中集中。
先ほど修正するのに解いたとはいえ、元々完成間近のものだ。
特に柄も入れていない、赤一色のものなので、集中すれば私でもどうにかなるらしい。
無事に出来上がったマフラーをユリアナさんの首にかけ、リボン巻きにしてみせれば、ユリアナさんは子供のようにはしゃぎ、ラルズさんへと見せていた。
喜んでくれてるのは嬉しいけど、よく見るとちょっと粗がなー。うーん。
「やっぱり作り直した方が……」
「ううん、これが良いわ。これが良いのよエディシア」
人に渡すのにこれはどうなんだろうと提案してみたものの、ユリアナさんはマフラーに顔を埋め、くふくふと嬉しそうに笑って首を振る。
なんかすっごい嬉しそうだね? よっぽど赤色がお気に召したのかなぁ?
ユリアナさんがどうしてそこまで嬉しそうにしているのか見当もつかないけれど、本人が良いというなら良いのだろう。
他にもこんな巻き方がありますよーと色んなマフラーの巻き方を実践していたら、それなりに時間が経っていたらしい。
クラヴィスさん達と共に、コリンさんも一緒に帰ってきた。
「おかえりなさーい」
「……ただいま。ユリアナ様方も来ておられていたようで」
「えぇ、ちょっと時間ができてね。どこかへでかけていたの?」
「水汲み場が壊れてしまったと町人に頼まれ西区の方に。
見たところ経年劣化によるもののようです。
同時期に設置した設備は不備が現れる可能性が高いので、一度点検をしてみても良いかと」
「そう……わかったわ。お父様に伝えておきます」
一体どこの水汲み場かと思っていたら西区だったようだ。
雪で商人の出入りが少なくなってるとはいえ、ザイラの市場は冬でも動いてるみたいだから、それは困ったことだろう。
どれだけ良い設備でも、経年劣化だけはどうしようも無いからねぇ。
やっぱりメンテナンスって大事だなぁとしみじみ思っていたら、ユリアナさんがお茶を一気に飲み干した。あ、もう帰るのかな。
「丁度良いからそろそろ帰るわ。じゃあねエディシア、みんなも」
「失礼致します」
「俺達も帰ろっか、家の暖炉にも火は入れてきたし」
「ホント? 回り道させちゃってごめんねコリン。帰りましょうか」
伯爵への進言という仕事が増えてしまったけれど、多少は息抜きになれたのか。
来た時よりどこかすっきりとした表情でユリアナさんとラルズさんが食堂を出ていく。
それに付いて行くようにコリンさんとカミラさんも荷物をまとめて去っていく。
一気に静かになった食堂にほんの少し寂しさを覚えてしまったけれど、もうじき日も沈む頃合いだ。
夜になれば更に冷え込むのだから、完全に日が落ちきる前にみんな帰ってくれた方がこちらも安心できるというもの。
ただちょっと、ユリアナさんがなぁ……随分とはしゃいでたから雪で滑って転んだりしなきゃ良いんだけど。ラルズさんがいるから大丈夫かな。
なんて本人が聞けば失礼な、と怒りそうな事を考えていたら、ディーアがそっと籠を差し出してきた。そっちも気になってはいたよ。うん。
「町人から礼に、ともらってきた。薬草もあるそうだが……」
「あらま、ホントですね。ちょっと珍しいのも混じってるや」
クラヴィスさんにも言われ、ディーアが差し出す籠を覗き込めば、私達が薬を扱うと聞いていたのか。
野菜や牛乳などが詰められている中、小さな包みから薬草がひょっこり顔を出している。
誰かがお金稼ぎに森で採ってきたのだろう。採り方が少し雑で少々残念ではあるけれど、十分使えるだろう。
「んー……私達には必要ないのばっかりだから、明日レイジさんに届けに行きましょうか。
とりあえず薬草の下処理だけしちゃいたいから、ディーアも手伝ってねー」
ディーアの解毒用には使えないものばかりだけど、他の薬には使えるからねぇ。
レイジさんなら問題なく使ってくれるだろうと、籠の中から包みを取り出しながらお願いすれば、ディーアはすぐに頷き、籠を厨房の方へと持っていく。
冬の備蓄を崩すことになるだろうに、野菜とか沢山入ってたもんね。重いものをゲルダさんに運ばせるわけにはいかないから、運んでもらえると助かるや。
「じゃあ食べ物の方はゲルダさんにお任せして、私達はちょっと部屋に戻りますね」
「いつもありがとね。今日は具沢山のシチューでも作ろうかしら」
「楽しみー」
あれだけ食材があれば多少贅沢に使っても良いということだろう。
具沢山のシチューと言われ、自然と頬が緩んでいく。
どんな世界でも寒い冬にあったかいご飯は正義なんで。しかも具沢山。これ以上の贅沢があるだろうか。
――今日ものんびりとした、平和な一日だったな。なんて思ったからだろうか。
クラヴィスさんを先頭に、私、ディーアと順番に階段を上りきろうとしたその時、ドアベルが勢いよく音を立て、良く知った声が響いた。
「――突然申し訳ない……! ここに旅の魔導士がいると聞いたのですが、会わせて頂けませんか……!!」
それはほんの少し若いけれど、間違いない。
私が決して間違えるはずのない――シドの声だった。




