ある冬の日
――その日は昨晩から雪が降り続いていて、ザイラでは珍しく雪が高く積もった日だった。
そういった日は一段と冷え込むもので、宿唯一の暖房である暖炉の前はまさしくホットスポットになっていた。
食堂全体を温める必要もあって一般的な家に比べて立派な暖炉なもんだから、すんごいあったかくってさぁ。
我慢強そうなクラヴィスさんとディーアですら、部屋ではなく暖炉の近くにいるぐらいだ。
前に座ったら最後、動きたくなくなっちゃうのも仕方ないと思う。
そう特等席でぬくぬくとしていたからだろう。
眠たいなぁと思いながら欠伸を噛み殺した拍子に手元が狂い、編んでいた毛糸がいとも容易く絡まっていく。
慌ててどうにか戻そうとしたが、随分とややこしいことになってしまったらしい。
戻そうとすればするほどに絡まってしまった。うそだぁ。
「あちゃあ……やらかしたぁ……」
「あらあら、少し良いですか?」
「お願いしまーす……」
それなりに器用な自覚はあったんだけど、気を抜いたら駄目だなー。
ちょっぴりしょもくれていると、横からカミラさんがくすくすと笑いながら手を差し伸べられる。
その救いの手にありがたく完成間近の赤いマフラーを手渡せば、カミラさんはすいすいと毛糸をほどいていった。わぁ早い。
冬の間、カミラさんはゲルダさんの食堂で過ごすことが多いそうだ。
燃料の節約になるのもそうだが、今年は特に初産を控えている身重の体だ。
コリンさんが仕事で家に居ない間に何かあったら、というのもあるだろう。
毎朝コリンさんに付き添われて宿に来て、夕方にはコリンさんと帰っていくという日々を過ごしている。
ゲルダさんとしては泊まっていけば良いのにって思ってるみたいだけどねぇ。
その場合、可愛い義妹のためにと世話を焼きまくるので、弟夫婦は申し訳なくなっちゃうそうだ。
傍から見てる私でも容易く想像できちゃうから、その通りなんだろうなー。
そのゲルダさんも冬の間はゆっくりと過ごせるらしい。
この寒さだから食堂にお客さんが来ない日すらあるぐらいだし、宿のお客なんてこの時期は新しく来ることも滅多にないんだとか。
普段は忙しいゲルダさんもそうなっては暇な時間ができるというもので、私達はお喋りがてら手慰みに編み物をして過ごしているわけである。
暇潰しになるだけじゃなく防寒具も作れるからね。
家に籠るしかないこういった時期だと余計にはかどるというものだ。
しかもカミラさんがすっごく上手で、困ってたらすぐに助けてくれるし、すぐに修正もしてくれるしで、滅茶苦茶頼りになるんだよね。
恥ずかしいから止めてと言われちゃうので面と向かっては呼ばないけれど、内心では先生と呼んでいます。
フォローありがとうございます先生。本当に助かりました。
今度はやらかさないように、集中して編み物に取り掛かることしばらく。
ドアベルがカランカランと勢いよく鳴り響き、集中しすぎた体がびくりと反応してしまって今度は毛糸玉が転がっていった。あーあ。
「すまん! 魔導士さんはいるかい?」
雪を頭や肩に乗せたまま、息を切らしてやってきたのは近所の酒屋のおじさんで、後ろにはこの辺りでは見かけない青年が立っている。
あの様子だと何か壊れた感じかなーと見当をつけながら、毛糸玉を拾うついでに席を立った。
「どうしましたー?」
「それがねぇ、以前水汲み場を見てもらっただろう?
あれと同じ魔法が使われてるとこが、今朝動かなくなっちまったらしくって。
良ければ見てやってほしいんだが……」
くるくると毛糸を巻きながら声を上げる私に対して、申し訳なさそうに説明しつつおじさんの視線はちらちらと奥に居るクラヴィスさん達に向いている。
まぁ、前回見てくれたのってクラヴィスさんとディーアだったもんね。
そりゃ直してくれた前例があるんだから、同じ人に見てもらいたくもなるか。
それにしても、それなりに長く滞在していて見かけない人となると、隣の区域の人だろうか。
青年が申し訳なさそうにしているのを見ると、壊れてしまったのは彼が住んでいるところの水汲み場なのだろう。
クラヴィスさんであれば、同じ魔法を使っているのなら間違いなく直せるとは思う。
しかし、まだ療養中な二人をあまり寒空の下で働かせるのもいかがなものか。
どうしたものかと答えに困って後ろを見れば、既に準備を終えていたらしい。
外套を被ったクラヴィスさんと目が合い、小さく頷かれた。あ、行ってくれるんですね。
「私も行きましょうか?」
「……いや、君はここにいろ。外は冷える」
二人の様子を見ておくためにも一緒に行こうかなと思ったけれど、よっぽど寒がりだと思われているようだ。
待てを言い渡されると同時、クラヴィスさんが読んでいた本を持たされる。
あれかな、ずっとアースさんに魔法を使ってもらってるからかな。そりゃ寒がりに思われるか。
ディーアもクラヴィスさんと同意見のようで、目深に被ったフードの下からにこやかな笑みが向けられ、ひらひらと手を振っておいた。
行ったところで何にもできそうにないし、待てと言われたのなら大人しく待ってますとも。
そうクラヴィスさん達を見送って数分、入れ違うように再びドアベルが来客を告げる。
何か忘れ物かと思ったけれど、そこに居たのはユリアナさんとラルズさんだった。




