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季節は巡り

2025/9/19追記 次回更新は10月3日になります。

 秋の実りに感謝し、無事に収穫できたことを祝う収穫祭。

 それは終わる秋を見送って、始まる冬を迎えるためのものでもあり――収穫祭が終わって二週間、ザイラに今年初めての雪が降った。



「うぅ……でたくないなぁ……」



 ちょっと前まで秋らしさが残ってたのに、雪が降り始めてからは一気に冬になっちゃって、寒いのなんの。

 おかげさまで毛布の中が幸せな世界です。とてもじゃありませんが出たくありません。

 起きなければならないのはわかっているが、ぬくぬく過ごしていたい気持ちも強くって、毛布を頭から被っていたらアースさんに突かれた。いてて。



「ほれ起きるんじゃーワシの朝食が待っておるんじゃぞー」


「うぅ……わかってますよぅ……」



 真冬のヘティーク湖に潜っていても平気なアースさんには、この寒さなんて気にもならないんだろう。

 尻尾で突くだけでは飽き足らず、ぐいぐいと急かすように毛布を引っ張ってくるアースさん。

 アースさんの空腹もあるけれど、朝ご飯をしっかり食べないとそれこそ寒さに耐えられない。

 それは私もわかっているので、もぞもぞと毛布から顔を出せば、アースさんは呆れた様子で首に巻き付いた。



「あったかーい」


「お主もこういう魔法使えたら楽じゃったろうにのぉ……」



 暖房器具がまだ普及していないこの時代、個室にまで暖房を完備している宿なんて滅多になく、夜は毛布を何枚も被って過ごすのが一般的だ。

 そのためアースさんが部屋に魔法をかけてくれたのだけど、やはり直接施す方が効果が高いらしい。

 こうして首に巻き付いてもらってる方が温かいので、アースさんはすっかり私専用のカイロをしてもらっている。おかげでいつもホカホカです。


 正直巻き付いたまま過ごしてほしいぐらいだけど、流石に寝てる時はお互い危険だからなぁ。

 私が踏みつぶす可能性もあるし、下手したら寝惚けて首を絞められるかもしれないからね。

 夜は我慢して毛布を被りまくるしかないのが残念だ。



「ずっと必要なら、いっそのことクラヴィスに頼んで魔道具でも作ってもらうか」


「ユリアナさんが知ったら欲しがりそうですねぇ」


「……やめた方が良さそうじゃな」



 ユリアナさんはここしばらく、ラルズさんと一緒に結婚の挨拶回りとかで走り回っているそうだ。

 この寒い中あちこち走り回っているわけだから、そんな魔道具があると聞けばきっと欲しがるだろう。

 クラヴィスさんなら簡単に作ってくれそうだからなー。

 それで下手に広まってクラヴィスさんのことが貴族の間で有名に、とかになったら面倒事になりかねないんで、やめときましょ。


 アースさんの温もりに感謝しながら身支度を整え、外へ出れば丁度クラヴィスさん達も部屋を出たところだったらしい。

 タイミングを計ったように部屋の前で出くわした二人と朝の挨拶をすれば、クラヴィスさんが私の頭に手を伸ばした。



「ほぁ?」


「寝癖があった。この後はカミラのところに行くんだろう?」


「あらどうも。お二人はどうします?」


「私達は宿にいよう。何かあれば呼びなさい」


「はーい」



 まぁ妊婦さんのとこにいくから、あんまり大勢で行ってもあれだもんねー。

 最近は魔力の暴走も無いけれど、万が一のことも考えているんだろう。

 私の寝癖を整え、階段を降りていくクラヴィスさんと微笑ましげにこちらを見るディーアに、ちょっぴり熱さを感じながら後を追った。鏡が無いからわかりにくいんだよ……!




 ゲルダさん曰く、ノゲイラとは違ってこの辺りは雪が積もりはしても、道が閉ざされるほどではないそうだ。

 商人の行き来も減るが、完全に止まりはしないらしい。

 凍死も食糧も心配なく、ディーアに必要な薬草も手に入る。

 だから冬の備えに走り回る、ということもあまりせずに済んでいた私達は、ただのんびりとザイラで過ごしていた。



「――じゃあ、とくにお変わりなく、という感じで?」


「そうですね、最近は吐き気も落ち着いてきてて、食事も食べられるようになりました」



 少しずつ大きくなってきたお腹を撫でながら、にこにこと笑うカミラさんにこちらも自然と頬が緩む。

 カミラさん、相当つわりが辛そうだったからなぁ。落ち着いてきたのなら良かった良かった。


 安定期に入った頃合いなら、今は妊娠五か月といったところだろうか。

 ちらりとアースさんを見れば、指で小さく丸を作って見せてきた。ふむ、赤ちゃんにも異常はナシ、と。



「お話を聞いてる限りは問題ないかなーとは思いますが、何か気になることがあればすぐに言ってくださいねー。

 コリンさんにも色々お話してますけど、本人じゃないとわからないこともありますから」


「わかりました。何かあればすぐにお話しますね。

 コリンの事も、なんだか色々教えてくださってるみたいで……本当にありがとうございます」


「いえいえ、こちらもお役に立ててるなら幸いですよ」



 きっかけはコリンさんの「父親ってどうすれば良いんでしょうか」という相談だった。

 育児書などあるにはあるが、平民に手に入る育児書なんて無く、教材なんて物もない。

 だから自分がどう育てられたかを基準に、手探りで方法を考えたり、周りに教えてもらったりして育てるのが一般的だ。


 しかしコリンさんとゲルダさんのご両親は二人が幼い頃に亡くなっていて、育ててくれた祖父母もすでに亡くなっている。

 そのため工房の人達に色々話を聞いてみたそうだが、あれが良いだとかそれは駄目だとか、工房で奥様方を巻き込んだ育児論争が始まってしまったそうだ。

 風邪ひいた時とか、とにかく食べたら治る人もいれば、ほとんど食べられない人もいるからねぇ。

 そりゃあ十人十色の返答が返ってくることだろう。論争にもなるのも納得です。



 それだけコリンさんが周りから愛されている証拠だとも取れる育児論争だが、私としては笑っていられない状況でもある。

 どんな論争があったか聞いて「滋養に良いから赤ん坊には蜂蜜をあげた方が良いって言ってました」って言われてごらん。もう顔が真っ青ですよ。


 識字率の低さなども合わさってそう簡単に解決する問題ではないけれど、どうしても平民が得られる知識は限られている。

 そのため中には良かれと思って食べさせてはいけない物を食べさせたりする人もいて、悲しい事件は後を絶えない。

 そんな事件を避けるためにも、私は持てる知識をフル活用してコリンさんに父親講義を行うことにしたのである。



 最近じゃ噂を聞いて新たに参加した人もいて、それなりに盛況でねー。

 コリンさんのようにこれから父親になる人だったり、もう父親になっている人など事情は様々だけど、色んな人に家事育児を教えてます。


 中には「妻が子供を産んでから関係が悪くなった気がして……」って人もいたりしてさぁ。

 多少関係が良くなっても産後の恨みは一生って言うからね。

 その人に関しては今後も頑張ってくださいとははっきり告げておきました。

 後で奥さんにこっそり話を聞いてみてさ……正直もう手遅れではありそうだったんで……。



「今まで料理は私がしてたんですが、最近コリンが頑張ってくれてて」


「片付けまでちゃんとしてます?」


「してますしてます。味もすっごく美味しくて」


「味に関しては私じゃなくてゲルダさんですね。みっちり食堂の厨房で教えてましたよ」


「そうだったんですか? どうりで何だかすごく馴染みある味だなーと思いました」



 講義で料理も教えはしてるけど、コリンさんに関してはゲルダさんがマンツーマンで指導してるからなー。

 職場である工房も妊婦がいる家庭に理解があるようで、仕事も緩めにしてもらってるらしい。

 そこに本人の熱量も合わさったもんだからね。吸収速度が早いのなんの。



「お宅の旦那さんはうちの生徒の中で一番成長していると思いますよー。

 最近じゃ食堂の料理の一部がコリンさんのになってまして、お客さんにも中々好評でしたし」


「そうなんですねぇ……そのうち鍛冶師じゃなくて料理人になっちゃうかしら」


「その道もアリかもしんないですねぇ」



 鍛冶師の仕事道具である金鎚ではなく、フライパンを振り回すコリンさんの姿でも思い浮かんだんだろう。

 くすくすと笑うカミラさんに私も緩く笑っておく。


 いやぁ……その道も割と冗談じゃないんだよねぇ。

 なんか、ゲルダさんの料理と違って粗っぽさが目立つのが逆にウケたらしく、コリンさんの料理は男性客に一定の人気が出ているそうだ。

 流石に弟子にまでしてもらった工房を辞めることはしないだろうけど、実の姉の店なわけだし、たまにお手伝いとして作るぐらいなら良さそうだよねぇ。

 その時はその時だろう、と何となく話を変えるために、思い出したとばかりに軽く手を叩いた。



「そうそう、今日はこれも持ってきたんです」



 鞄の中に入れていた小さな包みを取り出し、カミラさんへと手渡す。

 そのまま開けるように促せば、手のひらに収まるサイズの木の容器が現れた。



「これは?」


「妊娠線予防用のクリームです。

 お腹が大きくなるのに合わせてお腹の皮膚が伸びていくんですが、どうしても伸びに追いつけない部分もあって、お腹に線が残ってしまいます。

 それをできるだけ防止するためのものなので、良かったら使ってください」


「まぁ……!」



 医療技術が未発達なこの世界では妊娠出産のリスクは恐ろしいほど跳ね上がる。

 産後の肥立ちが悪くてとか、母親が無事でも子供が、なんて悲しい話はよく聞くものだ。


 特に平民だと産婆はいても適切な治療を受けられるとは限らない。

 回復魔法も使える人が少ないため貴族に重宝されると聞くから、平民の出産に駆け付けてくれる人なんて滅多にいなかったはずだ。

 だからこそ無事の出産を願うばかりで、そういった外見のケアに意識を割く余裕なんてないのが普通の中で渡されたからだろう。

 中身を聞いて目を丸くしたカミラさんは、まるで高級品を扱うかのように器へ手を添えていた。



「こんな良い物を、良いんですか?」


「材料自体はこの辺りでも良く手に入る物ばかりですし、調合も簡単ですからねー。

 作り方はレイジさんに教えてあるんで、無くなったらレイジさんからもらってください。話は通してありますから」



 放っておかれがちな問題ってだけで、気にする人は気にするからねぇ。

 外見を気にする貴族の間ではこの時代でもクリームが使われていたと聞いているから、存在しない薬をもたらしたことにはならないはずだ。

 まぁ、ノゲイラで研究した代物だから、このクリームの方が効果が高いと思うけどねー。

 レイジさんに教えた時、一応他言無用にしてねって言っておいたし大丈夫でしょ。うん。


 本当は、一番危険な出産に立ち会ってあげたい。

 できることは少ないだろうけど、私の知識が役に立つ場面もあるだろう。

 だけど、それはきっとできないから。



「……エディシアさん達は春に、でしたか」


「えぇ、冬を越えたら発つつもりです」


「……寂しくなりますね」



 私ではもう用意できないとわかってしまったのだろう。

 少しだけ翳りが混じる笑みを浮かべたカミラさんが、そっと容器を撫でる。

 初産で不安があるだろうに、決して残ってほしいとは言わない彼女に私もただ微笑んだ。


 私達は春になればこの街を出る。

 それは、私達を知る人達はみんな知っている。



 コリンさんとカミラさんは一生懸命手探りしながら宿った命を育んで。

 ゲルダさんとレイジさんは自分の仕事をしながらそんな二人を支えていて。

 ユリアナさんとラルズさんは二人で歩んでいくために挨拶などで忙しく走り回っていて。

 そうしていつか来る春への期待と共に、いつか来る別れへの準備をしていた。

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