二人で、みんなで
8/15 追記
ちょっとドタバタしてるので今月の更新はお休みします。
次の更新は9月5日(金)を予定しております。
私の肩よりディーアの肩の方が落ち着いてお菓子を食べていられると思ったのだろう。
アースさんがするりと私の肩を離れ、ディーアのローブへと潜り込む。
それを見届けたクラヴィスさんは私の手を引いて、広場のスペースがある場所へと歩いていく。
面倒事を避けるだけなら、ちょっと離れるだけでも良さそうなのに、本当に踊るんですね……。
頷いたは良いものの、心構えができているかは別の話で。
いくら王城内で危うい立場にあったとしても、王族である以上そういった教養は身に付けているらしい。
こちらと向き直ったかと思えば自然な動作で踊る姿勢に入られたものだから、反射的に合わせれば、小さな笑い声が上から降ってきた。
「やはり多少はできるんだな」
「あー……まぁ、一通り教えてもらったことがあったんで……」
一応公爵家の娘だからね。所作とか教えてもらう時に教養の一つとして教え込まれましたとも。
ただ、随分前にルーエに教えてもらっただけで、基本的に開発とか研究とかで忙しかったからなぁ。
練習含めて最後に踊ったのっていつだっけか。数年単位で踊った記憶がないんだよね。あはは。
頭では覚えているけれど、体の方がついていってくれるか心配です。
心臓も一向に落ち着きそうにないし、やらかしても良いように今のうちに謝っとこ。
「足、踏んじゃったらごめんなさい?」
「極力踏まないようにしてくれ」
そう苦笑されましても、現状やらかす自信しかないものでして。
えへへと笑って誤魔化せば、仕方ないなとばかりにまた小さく笑われた。
いやぁヒールの高い靴じゃなくて良かったです、本当に。
ちらりと視界の端で周りの様子を見てみるが、特に振り付けなどもないようだ。
飛び跳ねたりくるくると回ったりと、周りの人達が思い思いに踊っている中、クラヴィスさんのリードと音楽に合わせてステップを踏む。
最初こそ少し怪しかったけれど、ルーエ仕込みのステップはきっちり体に染みついていたらしい。
一つ、二つとステップを踏むにつれて体は自然と動いていって、大丈夫だと判断したのだろうクラヴィスさんに促されるままターンを決める。
習った当時は必要なのかとても疑問に思ってたけど、まさかこんなところで役に立つとはなぁ。
せっかくだからってフレンも一緒に教えてもらってたのが懐かしいや。
アンナも手伝ってくれて、みんなでわーきゃー言いながらやってたっけ。
懐かしさに少し意識が逸れた瞬間、手を引かれて反射的にそちらへ体を寄せる。
どうやら他の人とぶつかりかけていたらしく、クラヴィスさんは涼しい顔でエスコートしながら飛び跳ねている男女の横を通り抜けていった。
「この人の多さで良くぶつかりませんね」
「君も慣れさえすればできるだろうよ」
「えー? できるかなぁ」
クラヴィスさんはできると言ってくれているけれど、今も一言言葉を交わしただけでクラヴィスさんの足踏みかけるぐらいだ。
たぶん衝突事故多発ですぐに端に逃げると思います。踊りながら周りを見る余裕なんて一欠片もないもん。
とりあえず今はクラヴィスさんに身を任せていれば衝突事故の心配はないだろう。
私はクラヴィスさんの足を踏まないように集中しておこう。ちょっとでも気を抜くとすぐ怪しいんで。
曲の途中から踊り出したからか。
一曲が終わっても手はほどかれず、次の曲が始まる。
次の曲は少しゆったりとした曲調で、休憩に入る人も多いようだ。
何組か移動していくのを他所に、クラヴィスさんは変わらずステップを踏む。
そうして軽くターンを決めた時、それなりに注目が集まっているのに気付き、つい苦笑いがこぼれてしまった。
平民が楽しむ祭りでこんな風にちゃんとしたダンスしてる人とか少ないもんねー。そりゃあ見るかー。
周りの人が減って踊りやすくなったけれど、その分人目にも付きやすい今、余計に視線が集まりやすいんだろう。
なんだか恥ずかしくなってきて、そろっとクラヴィスさんの影に隠れるように体を寄せておいた。何でクラヴィスさん平気そうなんですか。
「……そろそろ戻っても良いんじゃないですか?」
「この曲が終わったらな」
「……はぁい」
目的は十分果たせたと思うのだけど、曲の途中で切り上げるのは許されないらしい。
不満ありまくりな私の返事に、クラヴィスさんは小さく喉を鳴らして笑いながら私の腰に回した手の力を強める。
完全に面白がってやがるなこの人。恥ずかしがってる私がそんなに面白いのか。
「周りが気になるなら、私だけを見ていれば良い」
「……そういうの、勘違いさせちゃうからあんまり言わない方がいいですよー」
広場中に灯された明かりの下、僅かに笑みを浮かべてそんな事を告げられて、足を止めなかった私を誰か褒めてほしい。
単に対処法を教えたつもりだろうけれど、そういう言葉は人によってはとても勘違いするから止めた方が良いと思います。
特にクラヴィスさんのご尊顔に慣れてない人はぶっ倒れるからね。私も危ない時ありますからね。心臓が危ないんだわ。
自分の顔の良さをわかっているのかいないのか。
心臓に悪い言葉にステップが狂いかけたが、どうにか体勢を立て直して一曲踊りきる。
呼吸が上がっている私の手を引くクラヴィスさんは、何てこと無かったかのように広場の端へと戻って行った。
ふぃー……なんとか足は踏まずに済んだぞぉ……。
さて、記憶通りならこの辺りだったはずだけど、ディーアはどこにいるのやら。
休憩する人や踊りに行く人やらでごった返すこの状況では、少しでも離れてしまったら合流は難しい。
とはいえディーアだし、なんて特に焦りもせずにのんびりきょろきょろとしていたら、案の定どこからともなくディーアが現れた。流石。
どうやらアースさんの世話がてら、私達の飲み物を用意してくれていたようだ。
肩でアースさんがジューっと音を立てながらジュースを飲んでいるのに構わず、ディーアは私達へカップを差し出す。
ストロー代わりの茎まで刺してもらっちゃって……それ確か別料金掛かるやつでしょ。めちゃくちゃお祭りを満喫してるねぇ。
「ありがとー」
体を動かした後に冷たい飲み物は嬉しいもの。
有難くディーアから受け取れば、結露していたのだろう水滴が手を伝い落ちていく。
中身は冷やした果実水のようで、ほんのりと感じるさっぱりとした香りに迷うことなく口付けた。んー、うっすら柑橘類の味がするー。
砂糖は使っていないようだが、さっぱりしていて運動の後には丁度良い。
んまんまとカップを傾けていると、そっとクラヴィスさんに引き寄せられた。
まだ恋人のフリ続行なのかと思いきや、単に踊っている人がこちらまで迫ってきていたらしい。
何人かが手を繋いだままぐるぐると回り続けていて、つい笑ってしまった。
人力コーヒーカップみたいな感じかなー。絶対目が回っちゃうやつじゃん。
見た感じ、成人するかしないかぐらいの子供達っぽいか。
キャーキャー言いながら回っている様子はとても楽しそうで、近くにいた大人のグループも真似して回り出す。
子供達がする分には大丈夫だろうけど、おじさん達は止めた方が良いと思う。顔真っ赤だもん、お酒入ってるでしょ。
周りもちょっと止めていたが、おじさん達はなんのその。
仲良く手を繋いでぐるぐると回り出すこと数週、一人のおじさんが早々にダウンした。言わんこっちゃない。
そんな失敗も祭りの中では笑い話の一つになるようで、ドッと笑い声が響く中、ふとディーアを見れば、どことなく眩しそうに目を細めていた。
……そうだなー、仕事柄、体を動かすのは嫌いじゃないだろうし、せっかくならみんなで楽しみたいよねー?
そうと決まればと一気に飲み干し、近くのごみ箱へと放ってから空いた両手を二人へ差し出した。
「ね、私達もあんな感じで踊りましょうよ」
おじさんが仲間に引っ張られ端の方へ連れていかれていたからだろう。
二人は揃って微妙な顔をして黙って視線を交わす。
うん、まぁ、二人はそういうことするイメージ一切ないですけどね。
私もあの子供達みたいな感じに楽しみたいってだけで、あのおじさん達みたいになりたいわけではなくてですね。
「……正気か?」
「正気でーす! ほらいきましょ! お祭りなんですから!」
こうなりゃ問答無用だとばかりに二人の手を掴み、再び広場の方に向かえば、無事諦めてくれたようだ。
抵抗もせずについてきてくれた二人に向き直り、手を繋ぎ直す。
「三人でどうやって踊るんだ……」
「とりあえず回れば良いんじゃないですかね。えーい!」
こういう時は大体ノリと勢いでどうにかなるだろうと、掛け声と共にディーアと繋がっている手を動かし回るように促してみる。
そんな私にディーアはちょっぴり困った様子で笑いながら、くるりと綺麗に一回転をしてくれた。
良いじゃん良いじゃん。じゃあ次はクラヴィスさんいきましょうか!
そう手を伸ばしてみれば、逆に手を取られてくるりと回されてしまった。あれー?
「ここはクラヴィスさんが回りましょうよー」
「君がその分回ってくれ」
「そんなの目が回っちゃうじゃないですか」
「……どれだけ回すつもりなんだ」
だってクラヴィスさんを回せるチャンスなんてこんな時しかなさそうだもん。
そりゃあ回せる時に沢山回しておきたくもなるでしょう。ってことで回ってくださいよほらー。
――リードもステップも何もない、ただ音楽に乗ってわちゃわちゃとしているだけの時間。
そんな時間が楽しくて、けらけらと笑う私に、クラヴィスさんとディーアも表情を緩めていた。




