騒がしさの端っこで
アースさんに言われるがままあちこちの屋台を見ていたら、時間もあっという間に過ぎていたようで。
気付けば広場の方から音楽が聞こえてきて、にわかに人が流れていく。
時計なんて普及していない時代だから、開演を知らせるのも兼ねているんだろう。
音が響きにくいはずの外で、これだけ離れていても聞こえるのはクラヴィスさんも確認していた音響魔法の効果か。
街中に響き渡っていそうな音楽に耳を傾けながらクラヴィスさんを見上げた。
「魔法の具合も良さそうですねー」
「……彼等が何度も確認していたからな。良くなければ困る」
いつもと表情は変わらないものの、若干呆れた様子で頷くクラヴィスさんについ苦笑いが零れる。
クラヴィスさんからしたら部外者の自分に頼らず、自分達だけで確認できててくれって感じだもんねぇ。
せっかくのお祭りだしと私達も人の流れに乗って広場へと向かう。
例年のことだからか、一曲演奏が終わった頃には広場に大勢の人が集まっていて、みんな踊りの時間が待ち遠しいようでそわそわとしている。
どうせなら前の方で楽しみたい気持ちもあるものの、この人混みの中に突入するなんて逸れる自信しかない。
そのためまだ比較的人の少ない端の方に寄ったところで、例の店のテラスに一人の男性が姿を現した。
距離もあってはっきりとは見えないけれど、あれが伯爵なんだろう。
髭を蓄えた厳格な雰囲気の男性の隣には、夫人だろう妙齢の女性が立っていて、その後ろに並ぶ貴族らしき装いの人達の中にユリアナさんの姿も見える。
ってことはあそこにいるのが伯爵一家なのかなー。
ユリアナさんが五女なのは把握していたものの、こうして見るとホントに女性が多いんだね。
十人近く並び立っている中で男性は伯爵と伯爵の息子らしき少年だけっぽいし。
それにしても女子の数に対して男子が一人って、男子が生まれるまで頑張ったんだろうなぁ……。
うっすら垣間見える伯爵家の背景につい何とも言えない顔をしていたら、伯爵がすっと手を挙げた。お、挨拶かな?
「――今年も無事、収穫祭の日を迎えることができた。
メイオーラとの戦争で不安な日もあるだろう。
だが、今日この日は不安を忘れ、隣人と喜びを分かち合い、音楽に心癒されてほしい」
騒めきが一気に治まり、伯爵の声が広場に広まっていく。
音響魔法と同じ魔道具でも使っているのか。
広場の端まではっきりと聞こえる言葉はごく普通のものだ。
毎年のことだから、挨拶のテンプレートとかあるんだろうなー。
街の人達も聞いても聞かなくても問題無さそうな内容だから、半分聞き流しているようだ。
ちらほらと小声で話している人がいる中、伯爵はただ淡々と続けた。
「……また、この場で我が娘、ユリアナが婚約を結んだことを伝えておく。
相手は兵士ラルズ・ルーファス。皆、祝福を」
まるで単なる業務報告のような婚約発表に、人々も動揺が先に来てしまったらしい。
どよめきが広まっていく中、聞き覚えのある声で歓声があがる。
断言はできないけれど、この声はさっき一緒にいた兵士達の誰かだろうか。
仲間を祝いたくて、誰よりも先に声を上げたようだ。
おめでとうと叫ぶ声に釣られるように、人々から歓声が上がったのを見ながら、私は何とも言えない感情に思わずクラヴィスさんの服を掴んだ。
「どうした」
「……もうちょっと、こう、なんか……ねぇ……!?」
誰に聞かれているかわからない場なので、声は抑えたし言葉も選んだつもりだ。
しかし語気が強くなるのも、クラヴィスさんの服に深く皺を作ってしまったのも仕方ないと思う。
だって、発表するにも言い方ってもんがあるでしょ。何あれ、表情も声色も淡々としすぎでは? はぁ?
急に掴まれ驚いていたクラヴィスさんも、私の言いたい事は伝わったらしい。
クラヴィスさんはため息を吐き、宥めるようにぽんぽんと私の手を撫でた。
「言ってしまえば収穫祭とは関係のない内容だからな。
話など聞いているようで聞いていない者が多い状況だ。手短にした方が反感は少ない」
「そうかもしれないですけどぉ……」
「それに彼女は市井の者達にも相手探しをしていると知られていた。
面倒が起きないよう、早い内に正式に決まったと公表しておきたかったのだろうよ」
「それもわかりますけどぉ……!」
クラヴィスさんの言ってる事はよくわかる。
この場にいる人々は収穫祭を楽しみに来ているのであって、伯爵の話を聞きたいわけではない。
聞かなければならないから聞いているだけで、本音を言えば早く挨拶なんて終わってほしいはず。
伯爵もそれをわかっているから挨拶も報告も淡々と手短に済ませたに違いない。
もしこれが伯爵家より地位の高い相手との婚約なら、もっと大々的に発表していただろう。
けれどラルズさんはどうあがいても平民だ。
貴族としてはそこまで喜ばしくない婚約で、ザイラにもさほど影響力はないだろうから、こうして正式に発表されるだけでもまだマシともいえる。
そう冷静な部分ではわかっているんですけどね、心境としては別な話なんですよ。
好き勝手言って良い状況なら確実にきぃー! って叫んでたと思う。
娘が自分で掴んだ幸せだぞ。もっと喜びを露わにしなさいよ。きぃー!
行き場のない怒りをぺしぺしとクラヴィスさんを叩く事で発散していたら、何か合図が行われたらしい。
歓声が徐々に収まったかと思うと楽団が演奏を始め、テラスの下で誰かが踊り始めた。
「……あれ、ユリアナさん達ですかね?」
「そのようだな」
人垣の隙間から僅かに見えるふわりと揺れるドレスは、間違いなくユリアナさんが着ていたものだ。
どうやら婚約を発表したのもあって最初のダンスを任されたようだ。
ダンスなんて慣れていないのがすぐわかるラルズさんと、それを面白おかしく笑いながら踊るユリアナさんがはっきりと見えて、私もつい笑ってしまった。
いやーすごく楽しそうで、見てるこっちも楽しくなってきちゃうねぇ。
伯爵の態度は物申したいけど、本人達があれほど幸せそうなら誰も文句は言えないからいっか。
現にたどたどしいけれど楽しそうなダンスを見て、他の人達も気が抜けたのか。
少しずつ踊る人達が増え、広場のあちこちで楽し気な声が聞こえ始める。
伯爵家の人間が踊っているから一曲終わるまで待つかなって思ったけど、そういうの無いんですね。それはそれで良いと思います。
「端に居て正解でしたね。知らずに前の方に居たら大変だったろうなぁ……」
「通路の方でも踊っている者がいるぐらいだ。どこも混み合っていそうだな」
「なんて自由な」
もしかしなくとも音が聞こえる距離ならどこでも良い感じか。
こりゃあ常に周りを気にしていないとすぐぶつかっちゃいそうだ。
気を付けないとなーと周りに視線を向けたら、何やらやけに騒がしい男性達が目に入った。
仲間内で酒でも飲み歩いていたのだろうか。
明らかに酔っ払っているその男性達は、近くにいた女性に声でも掛けたらしい。
囃し立てる声がここまで聞こえて来たかと思うと、女性が嫌そうに去っていく。
誘いを断られ落胆していたがそれも一瞬の事だったようで、数秒後には次の女性へと声を掛けに行っている。
なるほどねー、ああして踊る相手を探してるわけですか。
こういう祭りは出会いの場にもなるわけだし、それが目当ての人も珍しくないらしい。
良く見ればちらほら誘われ待ちな雰囲気を醸し出す女性も居て、すごいなぁとただ感心してしまった。
ユリアナさんしかり、ああやってアグレッシブに動ける人ってある意味尊敬するよ。陽キャってすげぇや。
とはいえ、ああいった集団って厄介事とか起こしやすいんだよなぁ。大丈夫かしら。
変な真似はしないかと警戒心を強めかけたが、そういった懸念は既にされていたようだ。
酔っ払い集団を見張るように、一定の距離を保ちつつ兵士達が付いて行っている。
兵士達からすれば余計な仕事でしかないと思うけど、ああして見張りがいるなら安心だね。
この様子だと、警備側の人はここからが正念場に違いない。
とりあえず無事に済むよう祈っておこうかな。もう一回お手伝いも視野に入れてて良いかも。
なんて考えていたら、酔っ払い集団の一人がこちらを見て、ばっちりと目が合ってしまった。うわぁ。
目が合ったその人は、私が熱烈な視線を向けていたと勘違いでもしたらしい。
にやにやとしながら集団を引きつれこちらに向かってくる。
自分達が周りから浮くぐらい騒いでたって自覚が無いのかしらね。これはめんどくさい事になりそう。
うへぇと露骨に嫌な顔をしてみせたが、流石は酔っ払い。自分の事しか考えられないのだろう。
酔っ払い集団は人混みを掻き分け着々と近付いてくる。
こうなったらもういっその事、わざと揉め事を起こして兵士達にしょっ引いてもらおうかな。その方が世のためになりそう。
そうと決まれば挑発の一つや二つしますかねーと頭を巡らせていたら、不意に肩を抱き寄せられた。
「はぇ?」
「……あの令嬢相手には不要だったが、こちらには必要そうだな」
「クラ、ウンさん……?」
何が必要なのかわからず固まる私を置いて、クラヴィスさんは黙ってフードを外す。
私には艶やかな黒に見えているけれど、周りには違う色に見えているのだろうか。
フードから現れた長い黒髪がはらりと揺れ、私の頬を撫でた。
「以前言ったろう、君にも演技してもらうかもしれないと」
そういえばそんなことも言ってましたね……?
なんだっけ、ユリアナさんがクラヴィスさんを狙ってた時だっけ。
詳しくは聞かされていなかったが、ユリアナさんを諦めさせるための策みたいな感じだったはず。
それが今と何の関係があるのか。
わけもわからず首を傾げると、クラヴィスさんはいつもより柔く微笑んで、私の手を取った。ほぁ。
「あ、あの?」
手を繋ぐ、それだけならまだ慣れている。
けれどクラヴィスさんは手を繋ぐのではなく、指先を持ち上げて、顔を近付けて。
柔らかいものが触れた、その感触だけがやけにはっきりと感じ取れた。
「私と踊っていただけますか」
――あまりにも様になる光景だけなら、まだ耐性があった。
けれど指先に顔を近付けたまま、こちらを見上げるように向けられた眼差しは──愛しいと、焦がれるような熱のこもった眼差しは、慣れていなくって。
ひゅっと喉が音を鳴らし、ぶわりと顔に熱が集まる。
あ、あれですか? いわゆるこいびとのふりってやつですか……?
そうした方が早いって思ったんでしょ! そうですよね!? きっとそう!!
ショート寸前の頭でどうにかそう結論付けたが、だからといって状況が変わるわけもなく。
触れる熱に力が籠り、向けられる眼差しから目が泳ぐ。
でも、けっして逃してくれない輝きに、ただおずおずと頷いた。




