贈る言葉は一つだけ
「ディーアはこっちで良いの?」
クラヴィスさんを慌てて追いかける兵士さんを見送って、隣に残っているディーアを見上げる。
見える距離にいるとはいえ、この人の多さだ。傍に居た方が守りやすいはず。
だからこちらは気にせず行っていいと伝わるように、普段より目深に被っている外套を覗き込めば、柔らかな眼差しがこちらに向けられた。
あーもしかしてアースさんがお菓子に夢中だからこっちに残ってくれてる感じかな。
今も私の肩でモグモグしてるもんね。久々のお菓子にテンション爆上がりみたいだからなー。
きっと自分が動くから好きに食べさせてやれってことだろう。うちのアースさんがごめんねぇ。
ディーアの気遣いに感謝しつつ、兵士に渡された青い布を手首に結ぶ。
手伝いといっても急だし仕事は少なそうかなーと思っていたものの、元々顔見知りである程度信頼もされているからだろうか。
ちょくちょく兵士達に意見を聞かれたり、どうしたら良いかと頼られたりすることしばらく。
戻って来たクラヴィスさんも一緒に揉め事を制したりしていたら、ラルズさんがユリアナさんと一緒に戻ってきた。
「て、手を繋いでる……!」
「見間違いじゃないよな? 繋いでるよな?」
「そういうことで、良いんだよな……!?」
二人して顔を赤らめながら手を繋いでいるとなれば、誰から見ても成功は明らかで。
状況を察した兵士達が沸き立つ中、ラルズさんは真っ直ぐこちらへやってくる。
そして微笑みと共に軽く一礼されたので、こちらもゆるく笑い返した。
「踏み出せたみたいですね」
「おかげさまで」
おかげさまでって言われても、正直火を見るよりも明らかな二人だったからなぁ。
私がいなくとも誰かしら後押ししていそうな二人だったけど、今は素直にその感謝を受け止めておこうかな。
なんて考えていたら、ユリアナさんがラルズさんの手を離し、バッと飛び出した。あらま。
「エ、エディシア……! あの、あのね……!?」
ラルズさんがどんな風に告白したかはわからないが、どうやらキャパオーバーになっていたようだ。
顔を真っ赤にしたユリアナさんがこちらへ駆け寄ってきたかと思うと、私の手を掴み、あわあわと言葉を紡ぎ始める。
今まで立場ばかり考えて好意なんて後回しだったろうからなぁ。
ちゃんと自分の意思で頷いたとは思うけど、気持ちが追い付いていないってところか。
とはいえ、急に手を離していたから変な勘違いとかしてないか心配なんですが。上手く行ったのに勘違いですれ違うのとか嫌ですよ?
とりあえず落ち着いてくださいねーという気持ちでユリアナさんと手を繋ぎつつ、視線だけ動かしてラルズさんの方を確認する。
離された手に少し寂しそうにはしているが、ユリアナさんの混乱もわかってはいるんだろう。
ちょっと困ったように苦笑いしながら頷かれ、私も苦笑いを返しておいた。はいはい、すぐにお返ししますからちょっとお待ちくださいねー。
「えっと、その」
「ユリアナさん」
「はいっ!」
混乱したままどうにか口を開こうとするユリアナさんを、繋がっている手を強く握り返すことで軽く制する。
さっきまであちこち目が泳いでいたけれど、繋いだ手と呼ばれた名前に受け入れる体勢だけは整えられたようだ。
顔を真っ赤にして、涙を浮かべて伏目がちではあるものの、こちらに向けられた瞳は真っ直ぐ私を見ている。
この様子なら無暗に言葉を飾る必要は無いだろう。必要な言葉は一つだけだろう。
だから私はただしっかりと目を合わせて、緩やかに微笑んでみせた。
「二人で幸せになってくださいね」
――本当は関わるべきでは無かったのかもしれない。
元の時代で出会いもしなかった彼女の人生に、ここまで深く関わるべきでは無かったのかもしれない。
そう考えてしまうこともあるけれど、それでも幸せになってほしい。幸せであってほしい。
ただそれだけを願って言葉を贈れば、ユリアナさんの碧の瞳に涙が溢れる。
「っ、えぇ……えぇ……! 本当にありがとう……!!」
息を呑み、ただ感謝だけを返してくれた彼女に、どこまで私の想いは伝わったのだろうか。
心から幸せなのだとわかる笑みを浮かべるユリアナさんの手を引いて、私より背の高い彼女を緩く抱き締めれば、照れくさそうな声が耳元に零れた。
そうやって落ち着いたばかりだというのに、二人はこれから伯爵へ報告に行くそうだ。
後日改めてでも良いのでは、と思ったけど、どうやら今は丁度伯爵の予定が空いている時間だとか。
それにユリアナさんが相手を決めたらすぐ報告するという約束もあったらしい。
放任していたとはいえ、娘の相手がどんな人間か最低限見定めはするつもりだったんだろうなー。
当主としては変な人間を家門に入れたくないだろうし。
とはいえ相手がラルズさんなら伯爵も文句なんて言えないはず。
そのラルズさんもとっくに覚悟が決まっているから、伯爵の圧を受けても問題無く報告してくれるだろう。
となると、心配なのはユリアナさんだけか。
緊張しているんだろう。ラルズさんの隣で強張った顔をして固まっているユリアナさんを覗き見る。
目が合った彼女はどこか縋り付くようにこちらを見てくるけれど、私は部外者だからなぁ。
中に付いて行くわけにはいかないので、せめてもの応援としてぽんぽんと彼女の背中を撫でた。
「こ、こういう時ってなんて言えば良いのかしら……!?」
「そうですねぇ……ちゃんと意思が伝わるように、はっきり言うのが一番だと思いますよ。
例えば『この人と結婚します!』とか、『この人じゃなきゃ嫌なんです!』とか」
「そ、そうよね……はっきりとね……! 頑張るわ……!」
ラルズさんが一緒なら大丈夫だろうけど、なんだか心配になってくるのはユリアナさんの行動力の高さのせいだろうか。
緊張のあまり突っ走って変な事言い出したりしそうで、こっちまで緊張してきたや。
これは見張りが欲しいなぁとそろりとディーアを見上げれば、同じ心配を抱いていたんだろう。
何を言うまでもなくすぐに頷いてくれた。ありがとう……何かあったら頼むね……。
周りにいた兵士達も声援を送る中、二人が店へと入っていく。
それと同時、ディーアが静かに姿を消したのを見て、そっと息を吐いた。
まぁ、すぐには戻って来ないだろうから、のんびりお手伝いしながら待つしかないかなー。
兵士達もそわそわしているが、それぞれ仕事があるのをちゃんと忘れずにいるようだ。
名残惜しそうに持ち場に戻る人もいれば、二人の成否をすぐ報告できるよう人員を割こうとしている人もいて、配置について意見を聞かれたりすること数分。
店の扉が開き、二人がひょっこり出て来た。え、早すぎません?
「あれですか、伯爵がいなかった感じですか」
到底結婚の報告をしてきたなんて思えない早さに、慌てて駆け寄りながら問いかける。
普通の報告でももうちょっと時間かかるでしょ。クラヴィスさんも驚いてるぐらい早いよ。
その場にいる全員の視線が集まる中、ユリアナさんとラルズさんは困惑した様子で首を振った。
「いえ、いらっしゃったのですが……」
「……わかった、だって。お父様っていつもそうなのよね……」
「これは許可を貰えたと思って良いのでしょうか……?」
二人の結婚の報告に対し、伯爵の回答はどう取れば良いのか直に見た二人でもわからないほど端的なものだったようだ。
いつの間にか戻ってきたディーアを見るが、二人が言っている事に間違いはないらしい。
苦笑交じりに頷かれ、私は乾いた笑いを零すしかできなかった。
あの、伯爵がどんな方か知らないけど、あまりにもあっさりしすぎやしませんかね。もうちょっと言い方あるでしょ。
「い、いいんじゃないですか? ね、クラウンさん」
「……異議があればその場で言うだろう。無ければ問題無いと思うが」
「なんだか実感が湧きませんね……」
わかったって言ってるんだから了承したってことで良いんじゃないかなぁとクラヴィスさんにパスすれば、クラヴィスさんも少し反応に困りつつ頷く。
貴族的なあれそれは、私なんかよりクラヴィスさんの方がよっぽど詳しいはず。
そのクラヴィスさんが問題無いと思うなら、きっとそうなんだろう。たぶん。
聞いてるこちらも実感が湧かない結婚報告が終わり、その場にいた全員が困惑しているが、現状できる事はないだろう。
仕事に戻りましょうか、と切り出したラルズさんの言葉に従い、兵士達も困惑しながら仕事に戻って行った。
「皆さんもありがとうございました。警備の手伝いまでしていただいたようで……」
「いえいえー、上手く行ったなら何よりです」
「……本当に、ありがとうございます」
私達も戻ろうかと、手首に巻いていた青い布を外していると、ラルズさんに声を掛けられる。
状況的に自分が抜けた穴を補おうとしていたのもわかってしまったようで、少し申し訳なさそうにしているけれど、これは私達が勝手にやってたことだからねー。
気にしないでくださいねーとけらけら笑って青い布を返せば、私が謝罪なんか求めてないのがわかったんだろう。
噛みしめるようにもう一度感謝を述べるラルズさんの裾を、ユリアナさんがちょんちょんと引っ張った。
「ねぇ、この後あなたと一緒に居ても良いかしら。警備の邪魔になる?」
「いいえ、大丈夫ですよ。むしろ近くに居て頂いた方がこちらとしても嬉しいです」
「じゃあそうしてるわね」
ユリアナさんからしたらこの後の時間はお相手探しの時間だったもんねー。
その必要がなくなったんだから、そりゃあ傍に居ようってなるか。
ラルズさんも警護対象のユリアナさんが近くに居てくれる方が安心だろう。
というか、この状況でお邪魔なのは私達では?
ちらりとクラヴィスさんに視線を向けると、二人に気付かれないよう小さく頷かれる。
そうですね。無意識にいちゃいちゃしてる初々しい二人の邪魔にならないよう、ささっと退散しましょうか。
そうしていつもよりご機嫌そうに笑っているユリアナさんと頬が緩んでるラルズさんに軽く挨拶をしてから、私達はその場を後にしたのだった。思う存分いちゃいちゃしててくださーい。




