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ただのお節介


「――こんにちは、ラルズさん」



 指示出しに一段落ついたのだろう。

 周りに兵士達がいなくなったのを見計らい、ラルズさんへ声を掛ける。



「こんにちは、何かありましたか?」


「いえ、事件とかは無いんですけどねー」



 きっと朝から色んな対応に追われていたんだろう。

 少し疲れた様子でそう聞かれ、苦笑いしつつ自然を装い近寄っていく。



「今日は一段と忙しそうですねぇ……ちゃんと休憩とか取れてます?」


「お気遣いありがとうございます。

 有難い事に街の方が手伝いを申し出てくださいまして」



 ラルズさんに示された方を見れば、青い布を腕や首に巻いている人達が何やら兵士達と話し合いをしている。

 なるほどねー、臨時の自警団みたいなものかな。

 改めて周りを見てみればちらほら青い布を身に着けている人がいて、見回りなどしているようだ。


 訓練とかしてない人達だからそこまで頼れないだろうけど、人手不足のラルズさん達には動かせる人手があるだけで十分すぎる助けになっているだろう。

 それにああやって街の人達が協力してくれるなら、兵士達も動きやすいはず。

 いくら街のためになることでも、住民の協力が得られないと何事も上手く行かないからね。



 しかし祭りでみんな浮ついていて人も多いものだから、常に何かしら起きてしまっているようだ。

 通りの方から兵士が駆け寄って来たけれど、こちらを見てハッと気付いた様子で立ち止まり、こちらの様子を窺っている。

 急ぎでは無さそうだけどラルズさんに用事があるといったところか。

 ラルズさんもそれに気付き、こちらに会釈してから兵士の元へ向かおうとしたけれど、私は構わず呼び止めた。



「ラルズさん」


「あの、やはり何かあったのですか?」


「いえ、ちょっとお節介をしに来たんです」


「は……?」



 突然お節介をしに来た、なんて言われては困惑するのも当然というもので。

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているが、彼が理解するのも待たずに言葉を続ける。



「ユリアナさんのこと、どう思っているんですか?」


「…………どう、と申されましても、良きご令嬢だと」



 理解が追い付かなかっただけなのか、動揺していたのか。

 数秒の沈黙はあったが、当たり障りのない答えが返される。

 一介の兵士としてはそれが模範解答だし、きっとラルズさんはそれ以上答えないだろう。

 でも、それでは進めないとわかるから、私は笑顔を張り付けた。



「そうですね。身分を笠に無理難題を押し付けても許されるのに、私達へ感謝を忘れず気遣いまでしてくれる。

 知り合ってまだ間もないですが、ユリアナさんが真面目で優しい方なのはよくわかりました。

 ――でもね、ラルズさん。ユリアナさんは伯爵令嬢なんですよ」



 淡々と、いつものように、けれど口は挟ませないように。

 模範であろうと振舞い逃げる隙なんて与えない。誤魔化す隙も与えない。

 もう逃げたり誤魔化したりする猶予なんて無いのだから。



「相手なんてもう好きに選んでしまっても良いでしょうに、家へもたらす利益を考えずにはいられない。

 自分より妹の方が優先されるとわかっているから、『ここから先へは入れない』と明確に線引きして立ち入らないようにしている。

 だからあの人は自分のためだけには踏み出せません。それが自分の役目だと受け入れていますから」



 私の知る限り、ユリアナさんが受けた伯爵令嬢としての教育は十分とは言い切れないものだった。

 けれど、伯爵家の教えは深く刻まれていて、ユリアナさんは家の繁栄のために自分の将来を捧げるのが当然だと考えている。

 それは貴族としては正しい教育だろう。ユリアナさんの覚悟も貴族令嬢としては正しいものだろう。


 でも、どうやっても貴族らしくなれないユリアナさんにとっては、それが正しいとは限らない。

 誰もがそれをわかっているのに、本人が違う方向へ歩き出しているから、誰も止められない。

 そんなユリアナさんを別の方向へ進ませるには、誰かが追いかけなければ。



「貴方から踏み出さない限り、何も変わりません。

 変わらないまま、あの人は遠くへ行ってしまう」


「……何を、言いたいのですか……」


「言ったでしょう? ちょっとお節介をしに来たんです」



 理解が追い付いていないのか、理解したくないのか。

 周りの喧噪に掻き消えるほど小さな声を零したラルズさんに、同じ言葉を繰り返す。


 本人が望んでいるわけではない。誰かに頼まれたわけでもない。

 ただ、私はユリアナさんと出会って、話して、一緒に過ごした。

 そうしてお節介を焼きたくなってしまうぐらいには情が生まれてしまっただけのこと。

 そしてそれはラルズさんに対しても同じことだ。



「望まれたいのなら、貴方が手を伸ばしてあげてください。

 求められたいのなら、貴方からも求めてあげてください。

 ユリアナさんは自分の気持ちにも鈍感になってますから、そうでもしないと気付いてくれませんよ」


「……私、は……一介の兵士です。不相応な願いは伯爵を不快にさせてしまうかもしれない。だから……」


「妹さんの婚約者候補に挙げられてるのに?」



 私の問いに、ラルズさんはぐっと言葉を詰まらせる。

 そう、彼は伯爵令嬢の婚約者候補に挙げられるほどの人物だ。

 ならば同じ伯爵令嬢のユリアナさんと婚約しても、伯爵は不相応だなんて言えないはず。

 それなのに身分を理由に固辞するのは、ただの逃げでしかない。



「そうやって言い訳をして逃げるのも一つの選択でしょう。

 それで後悔しないのなら、そこで立ち止まっていても構いません。

 ユリアナさんは努力家で、ザイラにはたくさんの人がいます。きっと自分で良い相手を見つけ出すでしょう」



 この街を治める貴族の機嫌を損ねれば、ラルズさんだけでなくラルズさんの家族や親類にも影響は及ぶだろう。

 追い出されるだけならまだ良い。最悪の場合殺される可能性だってある。


 この世界で人の命はそれほどに軽く、貴族はそれが許される力を持っている。

 だから躊躇ってしまうのも仕方のないことだ。

 もしもを考えて立ち止まるのも賢い選択と言えるだろう。



「でも、貴方に少しでも想いが燻っているのなら、一歩踏み出すことをおすすめします」



 ユリアナさんは進むしかないから、ラルズさんを待ってなんかいられない。

 そんな彼女に手を伸ばしたければ、勇気を出して一歩踏み出さなければならない。

 そしてラルズさんは、それが叶う場所に立っているから。



「生まれ持ったもの全てを捨てることになっても、何かを得るためには進まなきゃいけない時だってあるんですよ」



 決して叶わないわけではない。決して届かないわけではない。

 たった一歩だけで届くのに、立ち止まっている彼が進んでくれるように。

 そんなお節介をしてくる私に、ラルズさんは静かに息を呑む。

 そして悩み揺れる眼差しをこちらに向けたまま小さく呟いた。



「……貴女は、そうだったのですか」



 彼が何を聞きたいのか。

 そんなのはっきり言われずともわかっている。

 だから微笑みを浮かべた私に全てを悟っても、ラルズさんは縋るように続ける。



「貴女は、踏み出せたのですか」


「……踏み出したから、ここにいるんですよ」



 そう、私は踏み出した。

 元の世界に帰るのではなく、この世界で生きる事を選んだ。

 だからこうしてこの街に来て、貴方達と出会って、お節介を焼いている。

 考えてみれば不思議な縁だよなぁと思いつつ、私はへらりと笑った。



「行くなら急いだ方が良いんじゃないですかねー。ユリアナさん、目星を付けてる人へ声を掛けに行ってますから。

 というか伯爵の機嫌なんてそこまで気にする必要は無いんですよ。

 不快にさせる隙も無いぐらい、ユリアナさんを幸せにしちゃえば良いんですから」



 娘を権力を得るための道具にしか思って無さそうな伯爵だが、問答無用に婚姻させないところを見る限り、ある程度の情はあるはず。

 そもそも、ユリアナさんの隣に立つのなら、誰より幸せにするという気概ぐらい持っていてほしい。

 なんて半分私情交じりに言っただけなのだが、私の言葉はラルズさんにぐさりと刺さったようだ。

 面食らったように目を見開いたかと思えば、表情を緩め、肩の力を抜いて頷いた。



「……そう、ですね。全て自分次第ですね」



 柔らかく笑ったラルズさんはようやく覚悟を決められたんだろう。

 私に一礼し、近くでこちらの様子を窺っていた兵士の方へと駆け寄る。

 そして一言二言声を掛けた後、ユリアナさんの向かった方向へと走り出した。


 事情を話している様子は無かったけれど、兵士達の間でも何となく気付いていたのか。

 ラルズさんを送り出し、どこか嬉しそうな顔をしている兵士さんへと近寄る。



「さて、兵士さん。あの人達が身に着けている青い布ってまだあります?」


「あ、ありますけど……もしかしてエディシアさんも手伝ってくださるんですか……!?」


「おい、エディシア」



 私が勝手に手伝いを申し出ようとしているのに気付き、それまで黙って見守ってくれていたクラヴィスさんが私の肩に手を置き引き留める。

 まぁそりゃ相談もせずにそんなの決めるなって話ですよねーと思いつつ、へらりと笑ってさっきまでいた店の方を指差した。



「だって、ここの警備だけ他より厳重なんですもん。

 ラルズさんもいたってことは伯爵かその関係者があの店にいるんでしょう?

 指揮官を焚きつけて持ち場を離れさせちゃった責任ぐらい取らなきゃ」



 見たところ青い布を巻いた人はいないし、兵士だけを配備しているって事は重要な場所って事でしょ。

 だとしたら指揮官離れさせたのってだいぶ不味いかなーと思いまして。

 これで何かあったらそれこそラルズさん処罰されちゃうじゃん。焚きつけた人間としてそれはとても困るんですよね。



「せめてラルズさんが帰ってくるまではお手伝いしたいと思います。ダメですか?」


「……わかった。ただし外だけだ。伯爵も初対面の旅人など信用できんだろうよ」


「ありがとうございます」



 私も伯爵に会うつもりは無いので、クラヴィスさんの出した条件にすぐに頷く。

 そんな私達に兵士さんが嬉しそうに鞄から青い布を取り出した。



「こちらがその布になります! 体のどこかに付けて居て頂ければ構いませんからね!

 それにしても、本当にありがとうございます……! ラルズ隊長のためとはいえ正直どうなるか不安で……!」


「いえいえー、元はと言えば私のせいですからねー」


「あ、あの! 向こうで音響魔法の確認ってしてもらえたりしますか……!?

 我々も何度も確認したんですけど、ちゃんと響くか心配でして……!」



 丁度タイミング良く話を聞いたのか、どこからか駆け寄って来た兵士さんがどこかを指差す。

 見れば大きな箱のような物が置いてあり、数人の兵士が難しい顔をして箱の様子を見ているようだ。

 あー、毎年確認してる人が出兵してていないのか。それで自分達で確認してるけど不安だと。


 よっぽど不安なようで、クラヴィスさんに縋るような眼差しを向ける兵士さん。

 そんな兵士さんの隣へ行き、私もクラヴィスさんをじぃっと見上げる。

 だって音響魔法を見てって言われても私はさっぱりなので。ここはクラヴィスさんが適任だと思うんですよねー。


 揃って自身を見つめてくる私達に折れてくれたんだろう。

 クラヴィスさんは仕方ないとばかりに息を吐き、楽団の演奏場所へと歩き出した。

 ほれ兵士さん、急いで追いかけて案内してくださいな。私はここで待ってまーす。

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