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ザイラの収穫祭

 収穫祭は街全体で行われる祭事だから、その中心も街の中心になるんだろう。

 広場に近付くにつれて屋台などが増えていく中、私はアースさんに軽く引っ張られていた。



「あそこじゃあそこ! 甘い匂いがするぞ!」


「わかったから、ちょっと待って……! 龍さんってば……!」



 甘い匂いなんて私にはわからないのだが、アースさんの嗅覚はしっかり捉えているらしい。

 フードから飛び出ようがお構いなしにぐいぐいと引っ張ってくるアースさんに、焦りながら足を動かす。

 ちゃんと幻影で見えないようにしてるんだろうけどさ、不自然な歩き方になっちゃうから引っ張るの止めてもらって良いですかね。こけそうになるって。


 この時代、街中だから多少整備されてはいるものの、全ての道が平らというわけではない。

 しかし常に浮いているアースさんには足元の悪さなんて頭にないんだろう。

 周りに人が大勢いるので大きな声を出して止めるわけにもいかず、ひぃひぃ言いながら引っ張られる方向へと急いでいたら、アースさんの目の前にディーアが立ち塞がった。



「なんじゃ?」


『自分が買ってきますので、どうか落ち着いてください。エディシア様が転びそうです』


「おっとすまん! つい気が急いてしもうた!」


「気付いてくれたなら良いですよ……」



 流石ディーア、よくぞ止めてくれた。マジで助かった。

 道のど真ん中で立ち止まっているのは危ないからと、クラヴィスさんに促され、端の方へと移動する。

 そこで改めてディーアが向かった屋台を見れば、他の店に比べて人の集まりが多いようだ。

 一際賑やかなその屋台へ、見慣れた外套姿がすいすいと進んでいくのが見えて、私は一息ついた。


 アースさんの鼻が確かなら、甘味系統を売ってるんだろうしなぁ。

 ザイラほど大きな街でも砂糖を取り扱える店はそう多くなく、あっても平民には中々手の届かないものばかり。

 だからああして祭りで甘味を取り扱う屋台があれば、人が大勢集まるのも当然か。


 この通りで出店してるってことはある程度値段も抑え気味なのかなー。

 屋台の上に値段表もあるっぽいけど人が多すぎて全然見えないや。

 まぁ、いつも頑張ってくれてるアースさんへのご褒美みたいなもんだし、ハチャメチャに高くない限りは買っても良いよね。



 少し待っていればすぐにディーアが戻ってきて、手のひらに収まる小さな袋を三つこちらへ差し出す。

 どうやら屋台で売っていたのはクッキーのようだ。

 私達も食べられるようにと、三枚入りで一セットの物を三つ買ってきてくれたようで、その中から一枚だけもらって残りはアースさんへ差し出した。


 うん、あの、この時代で一般的に作られるクッキーってね、ものすっごく硬くってさ……。

 肩から響くバキボキ音で察してください。私が作るのとは作り方が違うんだぁ。



 量産するために砂糖の量を控えめにしていたのか、ほんのり甘いだけのクッキー八枚ではアースさんは満足できなかったらしい。

 それからもアースさんが甘味を取り扱う屋台を見つけては、ディーアに買いに行ってもらうこと数回。

 ようやくご機嫌になってきたアースさんの鼻歌を聞きながら進んでいれば、広場の方へと辿り着いた。



 広場にも屋台はあるようだが、どちらかというとイベント会場としての意味合いが強いのか。

 通りより広い場所なのに屋台の数はそう多くなく、見るからに高級店だろう大きな店の前では、兵士や使用人らしき人達が何やら設営作業をしている。


 多分あそこで楽団が演奏するんだろうなぁ。

 あの店のバルコニーは広場が一望できるようになってるから、あそこが所謂一等席なんだろうね。

 噂の伯爵もどこかにいたりするのかな、と興味本位で軽く見ていたら、良く見知った金髪の後ろ姿を見かけ、そちらへと向かった。



「ユリアナ様、こんにちは」


「へ……? あ、エディシアじゃない! もう、いつもと違う呼び方しないで頂戴! 一瞬誰かと思ったわ!」


「あら、それは申し訳ありませんでした」



 背後から声を掛けたのもあって、変に驚かせてしまったらしい。

 いつもはユリアナさんって呼んでますもんねー。

 でも誰が聞いてるかわからないところでさん付けは怒られかねないので、今日のところは諦めていただきたく。



「お相手探しは順調そうですか?」


「まだ行けてないのよ。この後自由な時間をもらえたから、その時に探すつもり。

 それより今日の私はどうかしら? 忖度無しに言って?」



 ふーむ、忖度無しってなると、どう言ったら良いもんか。

 今日のために特別なドレスを着ているようだし、化粧もしっかりしているのだろう。

 いつもよりぱっちりとした印象を受けるユリアナさんに、そうですねぇと言いながら言葉を探す。


 街を挙げての祭事だし、何かしていたようだから、ユリアナさんも伯爵令嬢としてやることが色々とあるはず。

 それを踏まえればドレスは十分な物のように見えるし、濃いめの化粧は遠目から見て目鼻立ちがわかるようにしてあって場面には適している。


 でも、ユリアナさんにはもうちょっと薄目の化粧の方が似合うと思うんだよなー。

 なんというか、けばけばしくてキツイ印象になってるっていうか……でもこういう場では派手なぐらいで丁度良い時もあるからなー。

 どう答えようかと考えていたら、顔見知りの老人従者になにやら鞄を差し出された。おろ?



「必要でしたらお使いください」



 中身がわかるよう、パカっと開けられた鞄からは多種多様な化粧道具が顔を覗かせている。

 なるほど、この人もちょっと濃いなーと思ってたわけか。

 この人からすれば仕える相手ってだけでなく、孫ほど年の離れた異性だもんねぇ。そりゃ言い難いよ。


 周りを見ても侍女らしい人は一人もいないので、化粧はこの人かユリアナさん本人がしたんだろう。

 そんな中、知人としてそれなりに親交のある私が同じように感じたとわかれば、頼りたくもなるよねー。



「どこか落ち着ける場所はありますか?」


「でしたらこちらへ」


「はーい。ユリアナ様、行きますよー」


「え、えぇ?」



 戸惑っているユリアナさんの手を引いて、従者さんに案内されるままあの一等席らしきバルコニーがある店へと入る。

 どうやらここは今日一日伯爵家が借りているらしい。

 祭りだというのに静かな店内を迷わず進み、とある一室へと入っていく従者さん。

 この日のために模様替えされているのか、他の家具とはちょっとテイストに違うドレッサーを見つけた私は、アースさんを含めた男性陣を全員閉め出し、ユリアナさんをドレッサーの前に座らせた。



「おかしかったかしら……?」


「いえ、とてもお綺麗ですし、祭事に出るご令嬢としては良かったですよ。

 でもちょっとユリアナさんの魅力を隠しちゃってるかなーと思いまして」



 そう、ご令嬢としてはそれほど問題ではなかったのだが、ユリアナさんの目的はお相手探しだ。

 事前調査した人達の傾向から考えるに、あんまり派手だと驚かれそうだからねー。


 ユリアナさんに化粧を落としてもらっている間に、軽く鞄の中身を確認していく。

 この時代の化粧品なんて初めて使うが、未来のノゲイラで化粧品を開発する際に、この世界の化粧品がどんなものか調べたことがある。

 その時の知識をフル活用し、失敗しないよう慎重に筆を動かしていくことしばらく。

 最後に薄い桃色の口紅を差して筆を置いた。



「はい、できましたよ。控えめな感じに仕上げましたがどうでしょう?」


「……化粧ってこんなに変わるのね……こっちの方が落ち着いて見えるわ」


「気に入らなければもっと盛っても良いですよ」


「ううん、このままで良いわ。

 実を言うと私もちょっとやり過ぎたかしらって思っていたの」



 あぁ、だからさっき意見を聞いてきたんですね。お気に召したなら何よりです。

 化粧直しも終わり部屋を出れば、待っている間に用意してくれたのだろう。

 従者さんが見るからに高級そうなお菓子をいくつか用意してくれていたので、有難く頂戴させてもらった。


 いやー、挨拶だけで済むかと思ってたから、アースさんの機嫌を損ねちゃったかもって思ってたんだよねー。

 これでご機嫌取りもできるはず。というかもう食べてるな。相変わらずお菓子に関しては手が早いんだから。



「さ、今日こそ良い人を捕まえてくるわね! また報告するわ!」


「絶対一人になっちゃダメですからね。何かあったらすぐ逃げるんですよ」


「わかってる! じゃあね!」



 気合いが入っているようで、テンション高く店を出て行ったユリアナさんに緩く手を振る。

 いくら周りも普段より着飾っている人が多くとも、あのドレス姿では一目で令嬢だとわかってしまう。

 だから少々心配はあるけれど、従者さんが後を追っていたし、二人ほど兵士も付いて行っているみたいだから大丈夫かな。


 知人であるユリアナさんも、案内してくれた従者さんもいない今、ここに長居していては伯爵家に咎められてしまう。

 だから私達も早く店を出ようとしたその時、ふと窓の外でラルズさんらしき姿が映り、足を止めた。


 どうやら楽団の設営関係で、丁度ユリアナさんが店を出て行く時に居合わせたようだ。

 兵士達へ指示をだしたりと忙しそうだが、少しでも隙があればその視線をユリアナさんへ向けている。

 ――その視線は護衛対象への物ではなく、追いすがるようなもので。

 私は深いため息を吐いた。



「……もう確定で良いですかねぇ」


「……そうだな」



 やはり私の考えを知っていたようで、私と同じ方向を見て頷くクラヴィスさんと、目元を細めて頷くディーア。

 そんな二人にきょとんとしているアースさんを任せ、私はラルズさんの方へと駆け寄った。

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行け!行くんだラルズ!
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