小さな花を
泥棒騒ぎがあっても人の流れは変わらず多く、すぐに解決したのもあってか。
少し歩いただけで市場はもう賑やかな雰囲気で満ちている。
そんな中、何の気なしに視線を向けた先、ふと目に入った露天商に足を止めた。
「クラウンさん、あの露天商さんのとこ見に行きたいです」
「……構わないが、あれで良いのか?」
多分その商人の雰囲気が他の商人と比べて明らかに違うからだろう。
私が指差した露天商を見て、怪訝そうな視線を向けてくるクラヴィスさん。
まぁ、商人さんの顔に大きな傷があって強面な感じになってるし、無表情で商品を磨いてるんだもんなぁ。
周りが活気あふれた様子で呼び込みをしたりしてる中、そこだけすっと影が射し込んでるみたいな雰囲気だもん。
他の買い物客も、ちら見はしていても足を止めたりせず素通りしてるから、正直近寄り難さは感じるよね。
でも、あの人は大丈夫だと確信を持っている私は、乗り気じゃなさそうなクラヴィスさんの手をお構いなしに引いて行ったのだった。
「こんにちはー、商品見ても良いですか?」
「……好きに見な」
声を掛けた私に一度視線を向けはしたが、すぐに商品の方へと視線を戻す商人さん。
商売をしているというより職人のような佇まいに、相変わらずぶっきらぼうな人だなーと思いつつ商品を手に取った。
実はこの商人さん、未来のゲーリグ城で会った事のある商人さんだ。
城内は研究とかで機密情報がいっぱいあったのもあるけど、私がみんなから過保護気味に守られてたのは良く身に染みているからねぇ。
ちょっとでも怪しい人だと城内に入れようとしないし、私に会わせもさせないはず。
つまり城で会った事があるってだけで、もうある程度信用できちゃうわけです。
未来で会った時は植物の種などを見せてもらったけれど、今回は客層に合わせてアクセサリーがメインなのだろう。
店頭には庶民からすれば手が届きやすいお手頃価格なアクセサリーが綺麗に並べてある。
やっぱりこの頃から良い商品を扱ってるんだろうなぁ。
最初は難を示していたクラヴィスさんも、特に何も言わず眺めている。
もし値段とかにおかしなところがあったらすぐに言ってくれるだろうからね。
何も言わないってことはどれでも問題無いってことだ。安心して選べるや。
しかし、どれも良いとなると、今度はどれにしたら良いか悩んでしまうというもので。
じぃっと一つ一つ見比べながら、私はうーんと唸り声を上げてしまう。
予算から決めようにもどれも良心的な価格設定だから選べないしなぁ。どうしよ。
その場限りの物だし、どれでも良いなら一番安い物にしちゃおうか。
そう小さな髪飾りを手に取ろうとしたら、それより先にクラヴィスさんが別の商品を手に取った。
「これを」
「あいよ」
手早く代金を支払うクラヴィスさん。
何を買ったのかとぽっかりと空間が空いたところに視線を向けた時、頭に何か小さな重みを感じる。
あそこにあったのは、確か花を模った――エディシアを模った髪飾りだったっけ。
ぽかんと自身を見上げる私に、クラヴィスさんは目を細めて微笑んだ。
「……似合っている」
見えないけれど、頭に髪飾りを着けてくれたのか。
そっと手を伸ばして重みを探せば、指先に少し硬い物が触れて。
「大切にしますね」
ちょっぴり熱を持った頬を隠しもせず、緩んだ頬のままふにゃりと笑う。
いやぁ、クラヴィスさんが選んでくれたって思うとすごく嬉しくなっちゃうねぇ。
えへへーと笑って喜んでいたら呆れられでもしたのか。
クラヴィスさんがつい、と視線を逸らして歩き出すものだから、慌てて商人さんにお礼を言ってその場を後にした。
――そうして収穫祭当日。
昼下がり、アースさんに魔法で水の鏡を作ってもらって髪飾りを身に着ける。
ザイラの収穫祭は昼から盛り上がり始め、夜が一番盛り上がるそうだ。
なんでも日没後、ザイラ伯爵が呼んだ楽団が広場で演奏をしてくれるため、その音楽に合わせて街の人達は踊ったりして楽しむんだとか。
盆踊りみたいだなとか思ったりしたのはこの世界で私だけだろうなぁ。
「じゃあアースさん、いこっか」
「うむ! 菓子を頼むぞ!」
「はいはい」
最後のチェックを終えてアースさんを呼べば、よっぽどウキウキしているのか勢いよく首に巻き付いて来る。
アースさんってば私達の中で一番楽しみにしてたからなー。
だからって急かさないでもらって良いですかね。ちょっと、引っ張らないでって。首が締まりそうなんですけど。
どうにかアースさんを宥めつつ、一階に向かおうと部屋を出たのだが、食堂も盛り上がり始めているのだろう。
扉を開けた途端、下から酔っ払いらしき人達の合唱が聞こえてきてつい笑ってしまう。
まだ昼下がりなのにもう出来上がってる人いるんだねー。早すぎません? 今からそのペースで本番の夜までもつのかなぁ。
きっと夜までに何人か潰れるんだろうけど、どうか道端で寝たりしないでほしいものだ。
凍死はしないと思うけど、秋の夜って寒いんだから風邪ひいてもおかしくないからねぇ。
後で時間があれば風邪薬でも調合しておこうかなぁ。明日高く売れそうじゃん?
今日の出費次第では本当にやらなきゃかもなーと思いつつ、ウキウキとしているアースさんをちらっと見る。
アースさんが今日どれだけ食べるのか、全く予想が付かないからなぁ……今から戦々恐々としておりますよ。
元々食べなくても良い存在なのもあり、多少セーブしてくれてるみたいだが、本気出したアースさんのお腹はブラックホールである。
元の時代のようなお菓子は無いだろうけど、今まで我慢してた分、反動が来そうでとても怖いです。
一応クラヴィスさん達に相談済みだし、予算も多少オーバーしても問題無い程度に余裕もある。
それにアースさんは結構グルメなので、すごく美味しかったりしない限り、手当たり次第食べ尽くす、なんてこともしないはず。
だから大丈夫だとは思うが、もしもの時は……頑張ろう。うん。
階段を降りてそろっと食堂を覗き込むと、丁度合唱に一区切りついたところのようだ。
わーっと歓声が上がったかと思うと、あちこちで乾杯の声が響いている。
楽しそうで何よりだけど、この様子じゃゲルダさん大忙しだろうなぁ。
大丈夫だろうかと厨房の方へ視線を向けると、どうやら人手は足りているらしい。
若干顔を赤らめている常連さんが皿洗いをしていて、カウンターに出された料理はリレー方式で運ばれていった。
なるほど、お客さんだろうと使える物は使うと。良いと思います。
「二人共、お待たせー」
「来たか」
顔見知りの人達に声を掛けられつつ、壁の方にいたクラヴィスさん達の元へ行けば、髪飾りに気付いたらしい。
クラヴィスさんの視線が私の頭の方へ行ったかと思うと、選んでくれた時のように目を細められる。
だから私は片手を髪飾りに添えて、にっこり笑みを返した。
「似合ってます?」
「……それより早く行くぞ。彼が飛び出しかねん」
どうやらアースさんが外套の隙間からチラチラと見えていたらしい。
クラヴィスさんは軽く流した上で、私の首元を手早く直して歩き出す。
もー、ディーアだけだよ頷いてくれたの。
あの時似合ってるって言ってくれたし、そう思ってくれてるんだろうけど、もう一回言ってくれたって良いじゃないですかー。




