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うちの忍者はすごいんです

 資料を片手にユリアナさん達と選別を進めていくことしばらく。

 不意にアースさんが私の背中を突かれ顔を上げる。

 こういう時の突きは何かあったやつだよなぁ。資料に不備、は無さそうだし、外かな。


 なんだろうなぁと外へと視線を向けてみれば、丁度クラヴィスさんとディーアが店の前に現れたところだったようだ。

 私が店の外を見ていたのに気付き、ユリアナさん達も同じように店の外へと視線を向ける。

 それとほぼ同時にカランカランとドアベルを鳴らし、クラヴィスさん達が店内に入ってきた。



「よぉ、お前さん達も来たか」


「……世話になる」


「あー、その話はもう良いんだわ。

 ちょいと待ってな。椅子はもうねぇが、茶ぐらい淹れてやるよ」



 クラヴィスさんにはレイジさんの店に居ると伝えはしたけど、そこで何をして待っているかなんて言ってなかったからなぁ。

 どこからどう見てもお仕事の邪魔してますもんねー。それに自分の連れも関わってるとなれば申し訳なくなるよねー。

 レイジさんへ向けて軽く頭を下げるクラヴィスさんに、レイジさんは気にせずお茶を淹れるために手を動かす。

 その姿に小さく息を吐いたクラヴィスさんが、こちらへと何か言いたそうな視線を向けてきた。許可はもらってます。本当です。良いって言ってたもん。


 じぃっと向けられる視線から逃れたくて、とりあえず薬草茶を手に取る。

 ユリアナさんが居る手前怒られたりしないと思うけど、どうにかクラヴィスさんの視線を逸らせないものか。

 ちまちまとお茶を飲んでいたら、私の願いを察してくれたのだろう。

 そっと近寄ってきたディーアから資料を手渡された。ナイスアシストだよ……! ありがとね!



『追加の資料です』


「まぁ! 追加ですの!?」


「ディーアはホントに仕事が早いねぇ」



 受け取った資料を見れば、確かにさっき見ていた資料には載っていなかった人達がまとめられている。

 あ、この人討伐の時にいた虫嫌いの人だ。なるほど、虫が関わらなければ割と優秀と。なんというか、残念だね。


 兵士の中でも家柄による格差はあるけれど、それ以上に実力が重要視な職場だ。

 たとえ平民でも出世する可能性は十分あり、上官になればそれなりの地位と富を得られるだろう。


 それに、そもそも権力者の娘であるユリアナさんと結婚したら、否応なしに出世させられるだろうし。

 多少実力が供わなくとも、ある程度できる人なら将来安定だと思います。

 よっぽどやらかしたりしない限り、伯爵家の親類というセーフティーが働いて切られもしないはずだし。安定を求めるならおすすめなんだよね。



 興味津々といった様子のユリアナさんへ、半分ほど資料を手渡す。

 そうして彼女の意識がそちらへ向いたのを見計らってクラヴィスさんに手招きし、寄せてくれた耳へこそっと小声で告げた。



「クラウンさんも、ありがとうございます」


「……暇潰しには丁度良かったからな」



 流石は街の警備の要というべきか。

 ディーアであっても兵士の情報を集めるのは一苦労だったらしい。

 職務内容とか機密事項の類ばっかりだからねぇ。警備の配置とか外に漏れたら終わりだもん。他所と比べれば厳重なのも当然だよねぇ。


 ディーアは優秀だけど、一人で調べてくれているから取りこぼしている人もいるだろう。

 取りこぼした中には、まだ見ぬユリアナさんの理想の相手も含まれているかもしれない。

 そのため、更に兵士達の情報を調べるべく、警備が厳重な兵士の詰所に忍び込むことになり、今回はクラヴィスさんにも協力してもらったわけです。

 手筈としてはクラヴィスさんが兵士達を訪ね、魔物の様子を聞いたり魔法を見たりと注意を集めている間に、ディーアが内部に忍び込んで情報を引き抜く、というものだったらしい。



 らしい、というのも私は概要だけ聞かされただけでノータッチだからである。

 だってそういう隠密行動に私はなんの役にも立てないからねー。

 もし忍び込んだことがバレたら間違いなく犯罪者として追われちゃう案件ですし。足を引っ張るのわかってて誰が付いて行けるかって話だ。


 そのためこうしてここでいつでも逃げられるように待機しつつ、ユリアナさんの引き留め役をしていたわけです。

 いざとなれば、こう、ね。絶対怪我とかさせたりしないけど、人質になってもらおうかなって、ね。万が一の手段として、ね。

 まぁ、実際のところディーア一人でも忍び込める程度の警備らしいから、そんな心配必要無かったんだけど。

 魔物の様子も気になってたから、ついでに安全策を取っただけなんだよなー。忍者ってすごいね。



「それより、手を」


「はーい」



 流石のクラヴィスさんでも兵士達の目を引くのは多少緊張したのか。

 手を差し出され、いつものように自分の手重ねる。

 アースさんがわざわざ突いてクラヴィスさん達が来たのを伝えたのはこのためだったのかなぁ。


 流れてくる魔力はほんの少し荒れているが、暴走するほどでは無さそうだ。

 まぁ念のためだろうなと黙って受け入れていたら、ふと視線を感じてそちらへ顔を向ける。

 視線の主はユリアナさんとレイジさんだったようで、二人はどこか生暖かい目でこちらを見ていた。一体なんです?


 二人にそんな視線を向けられる意味がわからず、首を傾げてクラヴィスさんを見上げる。

 けれどクラヴィスさんもわからないようで、手を離しながら軽く首を振られた。マジでなんです?



「あ、そうだわ! 貴女達も収穫祭には参加するわよね? 服とか用意してるの?」


「え、ふ、服ですか?」



 困惑はそのままに、唐突な問いかけをされてまた首を傾げる。

 収穫祭はシェンゼ王国各地で秋の終わり頃に開かれる祭事だ。

 実りに感謝し、来年の豊穣を祈るのが通例だけど、規模も内容も地域によって異なってくる。

 ノゲイラだといつもより豪勢な食事をして、冬を越えられるよう願うものが多かったっけ。最近は完全に日本の祭りになってきてるけど。


 ちなみに、収穫祭も七五三にそっくりなハレの儀と同じで、異世界の英雄が由来なんだそうだ。

 きっと日本の秋祭りだろうなぁ。いや、もしかしたらハロウィンの可能性も……? 服ってそれのことだったりする?



「何か決まりがあるんですか?」


「特に決まりらしい決まりはないわよ。

 でもせっかくのお祭りだもの。みんなこの日は着飾っていくものなの」


「男は気にしてない奴の方が多いですけどねぇ」



 お茶を淹れ終わったレイジさんが、若干呆れた様子でクラヴィスさんとディーアの前にお茶を差し出す。

 そういえば最近市場で服とか売ってる店が増えてたっけなぁ。

 市場にいっても薬草ばっかり見てたからあんまり気にして無かったや。祭りの影響だったわけね。


 レイジさんの反応から察するに、いつもの服でもそこまで目立ったりしなさそうだけど、一応用意しておいた方が良いだろうか。

 でも、クラヴィスさんとディーアは顔を隠すために外套が必須だから、用意したところでじゃなかろうか。どんな服着てても隠れるもん。

 となると、私だけ髪飾りか何か用意しておこうか。旅人とはいえ協調性って大事だからね。春までは滞在するんだから気にしておいて損はないはず。

 明日にでも市場に行って適当に買おうと心に決めていたら、レイジさんが力無く笑った。



「こんな時に祭りなんてして良いのかって奴もいるけどよ、こんな時だからこそパーッとやらねぇとなぁ」


「……そうですね。明るい話題はいくらあっても良いですし」



 こんな時――つまり戦争中に祭りなんて、と思う人は少なからずいるだろう。

 誰かが自国を守るために命懸けで戦っているのに、呑気に祭りを楽しんで良いのかと思ってしまうのは仕方ないだろう。

 だが、明るい話題が無ければ人の心は沈んでしまう。

 この街に住む人達の心が沈み、活気を失ってしまえば、それこそよろしくない。


 ここが戦地なら中止するのもやむを得ないだろうが、ザイラはシェンゼ王国の北側だ。

 祭りの一つや二つしたところで問題にもならないのだから、是非とも楽しんでほしいです。

 その方が商売する側としても利益が出て助かるからねー。これで下手に自粛して祭りが盛り上がらず、損失が出ちゃうとすっごく困るんだぁ……。


 つい領主の娘目線で物事を見てしまうが、これはもう職業病のようなものだろう。

 うんうんと頷いていると、ユリアナさんがバンと机を強く叩き、勢いよく立ち上がった。何事です?



「それだけではありませんわ! 祭りとなれば色んな人が出入りしますもの! 機会はここに!」



 握りこぶしを作り、熱を込めてまだ見ぬ誰かを見ているユリアナさんについ笑いが零れる。

 いやーユリアナさんはブレないねー。前向きで何よりです。



「……確かに祭りでの出会いがきっかけで結婚したって奴もそれなりに聞くが、なぁ……」



 レイジさんがちらっとこちらを見たのは、ディーアが集めた資料のことがあるからだろう。

 あくまでもザイラに住む人達のことしか調べられないからねぇ。

 せっかく調べたのに、外の人間から見つけるのかってなっちゃうよね。お気遣いありがとうございます。


 私としてもこれ以上ディーアを働かせるのは看過できない。

 なんせ彼は病み上がりなので。まだ体には毒が残ってるんだよ。

 いくらクラヴィスさんのためになるとしても、無理はさせたくありません。



「流石に外部の人までは調べられませんよー」


「えぇ、わかっています。あくまでも目星を付けた方を優先に動きますわ。

 でも特別な日に出会うのって運命を感じませんこと?

 それに祭りの熱に浮かれていて多少隙もできているでしょう。そこを狙うのです」


「ナルホドー」



 流石にユリアナさんもわかっているだろうとは思いつつ、軽く釘を刺してみれば、真剣な眼差しで頷かれる。

 要するに資料を基にターゲットを定め、祭りで浮かれているターゲットの隙を狙って仕留めようって魂胆ですか。

 いやぁこれぞハンターの目付き。とても鋭く感じちゃうや。



 つい乾いた笑いを零していると、てしてしと背中を叩かれ視線を落とす。

 見ればアースさんが目をキラキラさせてこちらを見上げていた。


 あー、アースさん、祭りの屋台のお菓子大好きだもんねぇ。綿あめとかチョコバナナとか。

 しかし残念ながら、ノゲイラでやるような屋台とかは無いと思います。ノゲイラは特殊なんだって。

 でもちょっとしたお菓子ぐらいならありそうだからなぁ。当日は見て回りましょうかねー。

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