個人情報は筒抜けでした
諸事情でしばらく二週間に一回ペースの更新になります。
よろしくお願いいたします。
ユリアナさんとの一件がある程度落ち着いて、早いもので二週間ほど経ったある昼下がり。
私はユリアナさんとレイジさんの薬屋に居た。
「俺の店は茶屋じゃないんですがねぇ……」
レイジさんが調合している間、座って待てるようにだろう。
カウンターの近くに用意された木のテーブルを陣取る私達に、店主であるレイジさんは鍋からティーポットへお湯を注ぎながら小さくぼやく。
ほのかに香ってくる柑橘系の香りに何の薬草かなぁと考えてしまう私とは違い、レイジさんのぼやきを真に受けたユリアナさんは申し訳なさそうに肩を落としていた。
「ごめんなさいね、やっぱり迷惑だったわよね……」
「いやぁ……まぁ、構いませんよ。
暇な時間ですし、用事がある奴は入って来るんで」
棚からコップを取り出しながら肩をすくめるレイジさん。
薬屋が大繫盛してたらむしろ心配だよねぇ。何か病気が流行ってる可能性大だもん。
薬が売れないからと生活に困っている様子も無いし、暇なのは良い事だ。
そう納得したのは私だけのようで、本当に大丈夫なのかと不安そうにしているユリアナさんに頷いておいた。
後で賄賂代わりに新しい薬の調合を教えておくんで、大丈夫ですよー。
なぜ私達がゲルダさんの食堂ではなくレイジさんの薬屋に居座っているかというと、単純に野次馬が増えたからである。
ユリアナさんがクラヴィスさんから手を引いても、それでも変わらず食堂に来て私達と会っていたからだろう。
何を話しているのか気になって探りを入れる人だけではなく、ユリアナさんの目に留まって逆玉の輿を狙う人まで現れ、とても鬱陶しかったです。
いやーちらちら視界の端でアピールされても困るっての。せめてユリアナさんの視界に入るところでしなさいよ。なんで私に見えるところでするの。
カミラさんが妊娠初期の可能性が高いのもあって、あまり騒がしくしすぎるのは避けたいところ。
そのため場所を変えようとなり、紆余曲折あってレイジさんの店に収まったわけである。
最初はユリアナさんのお宅――つまりザイラ伯爵家の屋敷にお呼ばれしかけたんだけどね。それはちょっと、ねぇ?
レイジさんの店はそこまで広くなく、入れる人数が限られているため、用事もなく入ってくる人はそうそういない。
そして薬を買うでもなく居座ろうものなら、レイジさんの圧が真正面から向けられるわけである。
狭いから隠れる場所も無いんでね。強面で体格の良い店主から睨まれても居座れるぐらい肝が据わってる人じゃない限り即退散です。
「それより、うちはゲルダんとこみたいなモンは出せませんからね。薬草茶で我慢してくださいや」
「ありがとうございまーす」
「薬草茶! 一度飲んでみたかったのよね!」
ユリアナさんに気を遣わせるわけにもいかないからか、レイジさんが話題を逸らすように私達の前にお茶を置く。
貴族なだけあってユリアナさんが普段飲むのは果実水や紅茶だろうから、薬草茶なんて初めて見るようだ。
簡素な木の椅子に座り直し、物珍しそうに薄茶色のお茶を見るユリアナさんを横目に、私はテーブルに広がる資料の一枚へと目を通した。
「あ、その人ね。エディシアはどう思う? 私は中々良さそうだと思ったのだけど」
「そうですねぇ……後数年は心配ないと思いますけど、競合相手が出て来そうな商売してますからねぇ。
その時どう立ち回れるかが重要になりそうです。あまりお勧めはできませんね」
「そうなの……じゃあこっちは?」
「こっちは……あー、止めた方が良いかと。
ここの商品、少し見ましたが品質が悪い物も多かったので。そのうち潰れますよきっと」
「あらやっぱり? うちにも出入りしてたから顔見知りなのだけど、ちょっと嫌な方だったのよね」
お父様に言って今後のお付き合いを見直すべきかしら、と呟くユリアナさんに曖昧に頷きつつ、ペラペラと資料をめくる。
あれからユリアナさんは宣言通り、新しく相手を探し始めているのだが、絶賛難航中なんだそうだ。
魔力の多さ以外にも目を向けるようになった分、選択肢も増えたわけだからねぇ。
この街がそれなりに大きいのもあって、ザイラにいる適齢期の未婚男性だけでも相当数いる。
そのため一体誰にアタックしていくか、まず狙いを定めるところから躓いてしまっているわけだ。
しかしそこで止まらないのがユリアナさん。
私のことを知識が豊富だと思っているのもあってか、こうしてお相手について意見を聞かれるようになったのである。そういう知識はあんまりないよー?
いや、まぁ、他領の商人の衰退までは知らないけど、ノゲイラで取り扱ってた商品と競合しそうな相手ならある程度は予測できるけどね?
できるだけ協力したいから答えますけど、流石に兵士の誰が出世するとかまで把握してないんで、商人に関してしか答えられませんからね?
未来の知識を教えてるわけじゃないので大丈夫だと思いたい。アースさん何も言わないしセーフでしょ。きっと。
「それにしても、貴女の従者は本当にすごいわね。
こんなにすぐこれだけ調べられるなんて、思いもしなかったわ」
「そうですねー」
お茶を手にしながら感心したように呟くユリアナさんに適当な相槌を返す。
ユリアナさんと見ているこの資料は、伯爵家ではなくディーアが作ったものだ。
なぜかはわからないけれど、ディーアはユリアナさんの相手探しに積極的に協力してくれている。
クラヴィスさんの指示、というわけでもないようで、あくまでも自主的な行動らしく、クラヴィスさんもちょっと首を傾げていたのは記憶に新しい。
多分これ以上クラヴィスさんに関わらせないように、とかなのかなぁ。
実際ユリアナさんが来ると否が応でも目立っちゃうわけだし。
早いところ相手を見つけてそっちに行ってくれって感じなのかもしれない。それなら積極的なのも納得だよなぁ。
「あ、この人とかどうです?
武官でそれなりに資産もありますし、仕事の評価も高めらしいですよ」
「あぁこの人、名前を聞いた事があるわね……アリかしら」
情報が沢山載ってるのは助かるけど、仕事の評価とかどうやって調べたんだろうか。
少し気になってしまったが、ディーアは忍者だからなーと気にしないようにしていたら、私達を眺めていたレイジさんが顔を顰めていた。
「あー……そいつは止めといた方が良いかもしれませんよ。
以前刃傷沙汰で薬屋に飛び込んで来た事があるんで」
「刃傷沙汰!?」
「物騒ですねぇ……なんでまた?」
「さぁな。俺の店じゃなかったから詳しくは知らん。
ただ、そいつを診た調合師の話じゃ女に刺されたとか言ってたらしいんで、そっち方面で面倒抱えてるかもしれませんな」
「……止めておきましょう。誠実な方が良いわ」
「病気をうつされても困りますしねー」
どうやら私の発言の意味をわかったのはこの場だとレイジさんだけらしい。
病気? と首を傾げるユリアナさんに、説明するのもなぁと視線を逸らし、話題を逸らすべくレイジさんへ話しかけた。
「それにしても、調合師さん同士でそういった話も共有してるんですねー」
「厄介な客が来たら面倒だろ。事前に知ってりゃ追い返すなりなんなりできる」
「なるほど」
前々から思っていたが、この街は随分と調合師同士の繋がりが強いようだ。
普通、商売敵だって目の仇にしててもおかしくないんだけどね。そういうの一切聞かないや。
薬の値段もなるべく揃えるようにしてるみたいだし、よっぽど優秀な取りまとめ役がいるんだろう。
きっとこの時代じゃとてもレアなケースじゃないかな。
私が知る限り、この時代のノゲイラじゃ値段のつり上げとか普通にしてたし。粗悪品も大量に出回ってたとか聞いたなぁ。
あくまでも記録で見ただけで、クラヴィスさんが領主になってから変わったらしいけどさ。多分それが普通なんだと思うよ。
流通の要の街だからなのか、何か別の要因があるのか。
一領主の娘として少し気になるけれど調べるほどの事でもないだろうか。
なんて考えていたら、ユリアナさんが席を立ち、レイジさんの方へと資料を差し出した。
あの、それ個人情報満載だからあんまり人に見せない方が良い代物なんですけど……あちゃー……。
「店主さんも良ければ意見を聞かせてくださらない?
私にとっては人生最大の分岐点なんだもの。情報は沢山欲しいわ」
「……客の話なんざ言いふらすもんじゃねぇが、お嬢様の相手探しとなっちゃ話は別だしな。
俺だけじゃなくゲルダにも聞いてみると良いかと。
あっちも店に来る酔っ払い共から色々聞いてるはずなんで」
「わかったわ!」
情報提供してもらえるのはすっごく有難いんだけど、そんなに簡単にお客さんの話とか聞いちゃって良いものなのか。
そんな私の心配を他所に、レイジさんはこちらへ椅子を運んで来て、ユリアナさんに渡された資料を読み始めた。
……まぁ、あれだけ野次馬してくる人が大勢いるんだもんなぁ……もうこの際プライバシーとか気にしなくて良いかぁ……。
ただの街の薬屋に守秘義務なんてものも無いし、大丈夫だろう。きっとそう。
そう自分に言い聞かせ、私は残りの資料に目を通しながら、少し冷めて来た薬草茶を口にした。うん独特の味がする。




