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私の幸せは



「諦めろ、ですか」



 それとなく明かしているが、はっきりと身分を明かすわけにはいかない。

 だから衝突を避け、今まで私から明確な拒絶を表した事が無かったからか。

 私に面と向かって拒絶の言葉を告げられ、ユリアナさんの表情から笑みが消える。

 こちらの雰囲気を感じ取り、コリンさん達が口を噤んでしまった事に申し訳なさを感じたが、ここで止めるわけにもいかないと私は構わず言葉を続けた。



「えぇ、クラウンもディーアも、私には欠かせない存在なのです。

 ですからどうか諦めてください。そしてどうか、魔導士以外にも目を向けてください。

 魔導士に限らずとも良き縁を持つ者は大勢います。可能性を自ら狭めては勿体ないかと」


「……こちらの事情も知らず、良く言いますわね」


「それはお互い様でしょう」



 ゲルダさんから多少聞きはした。

 でも本人がどう思い、どう考え、どう行動しているのかは聞いていない。

 それは私の出自を探っていただろう彼女も同じだ。

 彼女だって私達が何故身分を隠して旅をしているか、知っているはずが無い。



「ですが、貴女が魔導士を望む理由だけなら私にもわかります。

 魔法の才が無い相手では生まれて来る子が心配なのでしょう?」



 予想通り、私の指摘は図星だったようだ。

 ユリアナさんは何か出かけていた言葉を飲み込み、顔をわずかに歪める。



 魔力に遺伝は関係あるか。それは未来でもはっきりとした事はわかっていない。

 確かに家系によって得意な魔法があったり、魔力が多い両親の元に生まれた子供は魔力を多く持っている傾向にあるそうだ。

 しかし、家族と全く別の魔法を使う子供がいたり、魔力が少ない両親の元に強い魔力を持った子供が生まれる事もあるという。


 遺伝による部分はあるだろう。

 しかし隔世遺伝だとか別の要因だとか、何が魔力に変化をもたらすのかは誰もわかっていない。

 だから結局のところ、人それぞれとしか言いようがないのだが、彼女は貴族だ。


 貴族は血統を重視する。そして魔力も重視される。

 一人しか血を継ぐ者が居なければ家を守るための婚姻を。

 兄弟姉妹が多ければ家を幅広く繁栄させるための婚姻を。

 そして本人の魔力が少ないのなら、魔力の多い相手との婚姻を望まれる。


 ユリアナさんはザイラ伯爵家の五女。そして本人自ら魔導士の相手を探している。

 そんな人が、ただ妻の懐妊を心から喜ぶ夫の姿を見て羨ましいというのなら、何を願っているかなんてわかってしまう。



「……えぇ、そうよ。見てわかると思うけれど、私、魔力があまりないでしょう?

 大した魔法も使えない。だからお姉さまのように良い嫁ぎ先が見つからないの」



 自嘲的な笑みを浮かべたユリアナさんはどこか投げやりに語る。

 当然のように相手の魔力がわかると思われているのは、今私に在るクラヴィスさんの魔力が多いからか。

 他人の魔力なんてこれっぽっちもわからないんだけどなぁと、眉を下げてしまったからだろう。

 蔑まれたとでも思ったか、ユリアナさんは私を睨み付けた。



「だったら、せめて生まれて来る子は、魔法の才に恵まれて欲しいじゃない……!」



 怒りの滲んだ、泣きそうな声が静かな食堂に響く。

 誰も何も言えない。この場に居る誰も、彼女が背負っているものを背負っていないのだから。

 だから、私も何も返さず、隣に居るクラヴィスさんへと視線を向けた。



「クラウンさん、私から魔力を取れますか」


「……わかった」



 その一言で私が何をしたいかわかってくれたようだ。

 差し出された手に自分の手を重ねれば、首元からアースさんが離れていく。

 すぅ、と魔力が流れていく感覚と共に少しだけ眩暈がしたが、足に力を入れてふらつきを耐える。


 視界の端に映る髪色は紫のままだから、指輪の魔力は取らずに済ませてくれたのだろう。

 余計な混乱を生まなくて良かったと目線だけで感謝を伝えて手を離し、ユリアナさんへと向き直った。



「これで、わかるでしょうか」



 伝わるだろうかと少し不安だったが、手を伸ばせば届く距離にいる彼女にはわかってもらえたらしい。

 ユリアナさんは言葉も無く目を見開いていていく。



「私には、生まれつき魔力がありません。

 今まで宿っていたのは全て彼の魔力です」


「嘘でしょう……? そんな人間いるはずが……」


「居るんですよ、ここに。自力では小さな火一つ灯せませんよ」



 やっぱり魔力が無い人間って滅多に居ないんだろうなぁ。

 さっきまで抱いていた怒りも悲しみもどこかへ飛んだのか、何度も瞬きを繰り返し私を凝視するユリアナさんについ苦笑いが零れる。


 本当は『生まれつき』ではなく『奪われたが』正しいけれど、彼女にそこまで話す必要は無いだろう。

 魔力を根源から奪われる、なんて普通あり得ない事なのだから。



「私は、この世界で生きるには弱すぎる存在です。

 場合によっては不要だと切り捨てられてしまうような存在でしょう。

 そんな私でも、周りの人達は大切にしてくれました。ずっと守ってくれました」



 魔力を持っているのが当たり前の世界で、欠片も魔力を持たない幼い子供。

 精神こそ大人の物でも肉体が強い訳でもなく、自分を守る術なんて無い無力な存在。


 最初は主の命令からだったかもしれない。哀れな子供への同情からだったかもしれない。

 それでも彼等は私を大切にしてくれていた。優しい眼差しで見守ってくれていた。

 この時代では何処にいるかもわからない、未来で帰りを待っている私の家族達。

 彼等が大切にしてくれたから、私はこうしてこの世界で生きている。



「そんな私だから断言しましょう。

 魔法の才が無くとも、魔力が無くとも幸せになれます」



 彼等が傍に居てくれるから、幸せだと胸を張って言えるんだ。



「幸せって、本当に……?

 貴女は自分の人生を幸せだって、はっきり言えるの?」


「えぇ、とても幸せですよ。今も昔も、きっとこれからも幸せです」


「魔力が無いのに? 不安にならないの? 本当に、幸せになれるの……?」



 理解が追い付いていない、という表現が正しいだろうか。

 貴族の顔なんて忘れて疑問だけを紡ぐユリアナさんに対し、私はいつも通り笑ってみせる。

 そう簡単に信じられないはずだ。貴族として生まれ育てられたのなら、なおの事。



「不安は無い、とは言えません。魔力が無い事を悔やんだ事だってありました。

 でも……私を愛してくれる人が傍に居てくれるから、大丈夫だって思えるんです」



 大切にしてくれた。宝だと言ってくれた。花だと言ってくれた。

 あの人がどんな想いでその言葉を告げたのかまではわからない。

 けれど向けられるあの眼差しに、何度も繋いだ温かい手に、私への愛情を確かに感じていた。

 だから、どんな時も大丈夫だと思えたんだ。



「辛い事も苦しい事も、命を狙われた事だってありました。

 その中であっても自分を愛してくれる人が傍にいるのなら、何だって乗り越えられるんです。

 いつであれ、自分は幸せだと思えるんです」



 彼女に狙われた時も、彼女の元へ行った時も、彼女と一つになりかけた時も。

 不安はあった。でも大丈夫だと信じていた。

 みんなが私を繋いでくれたから。あの人が私と手を繋いでくれたから。



「だから、愛してあげてください。

 魔法の才があろうとなかろうと、誰かが愛してくれるのなら、手を繋いでくれるのなら。

 どんな苦難を前にしてもきっと大丈夫だって信じられますから」



 愛しいとお互いが想い合っている。そう心から信じられる。

 それがきっと私の幸福で、貴女の未来を知らない私が唯一伝えられる事だ。

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