小さな始まり
「あら、カミラちゃん……って、ちょっと顔色悪くない!? 大丈夫!?」
「お義姉さん、それにエディシアさん達も……良かった、居た……」
カミラさんが来て嬉しそうな声を出したゲルダさんだったが、彼女の顔色が悪いのに気付き、慌てて持っていたお皿を近くのテーブルに置いて駆け寄る。
急ぐのは良いが慌て過ぎて冷静になれていないのだろう。
どうしよう、と狼狽えているゲルダさんに代わり、私はカミラさんの傍へ行き、手を差し出した。
「とりあえず座りましょうか、水は飲めそうですか?」
「ありがとうございます……」
前に見た時よりかは顔色はマシだけど、結構しんどそうだなぁ……。
辛そうにしているカミラさんの手を引き、近くの椅子に座らせると、目の前にコン、と水の入ったコップが置かれる。
どうやらディーアが持って来てくれたようだ。ホント、気が利く人だねぇ。
水分を取って少し落ち着いたのか、一口飲んだ後、深く息を吐くカミラさん。
その背中をさすりながらゲルダさんが心配そうに問いかけた。
「病気は良くなったんじゃなかったの? 薬だってコリンが用意してたじゃない」
「それは、多分良くなったと思うの。薬を飲んだ後は元気だったし……。
でもここ最近、何だかずっと気持ち悪くて」
カミラさんはそう言ってお腹、具体的に言うと胃の辺りへと手を当てている。
んー……薬はレイジさんが作ったちゃんとした物だったし、効果も出てたしなぁ。
一回元気になってたのなら、カミラさんの言う通りこの前の病気とは関係無さそうかな?
「風邪かな、とか思ったんだけど中々良くならないから、相談しようと思って来たんだ。
ここならエディシアさんもいるし……」
薬を持って行った時、軽く診させてもらったので医者もどきとでも思われているのか。
期待が滲み出た目でこちらを見られ、ちょっと苦笑いしてしまう。
そりゃあ人より多少知識がある自覚はありますけどね。医者では無いですからねー?
とはいえ、カミラさんが私を頼ったのも理解はできる。
この時代だと平民を診てくれる病院なんてほとんど無く、頼るとしたら調合師が営む薬屋ぐらいだ。
しかも大抵の薬は高価な物で、ちょっとした体調不良なら大人しく休んでいるか、無視して普段通り過ごすかのどちらかになる。
健康保険なんて存在しないからねぇ。全部自己負担だし、価格は店によってピンからキリまでだしで、気軽に薬屋に行ける人の方が少ないというわけです。
だからまずは身近な人間であるゲルダさんに相談して、もし私が居れば相談しよう、といった感じだろう。
それで私が居なければ、レイジさんのところへ行けば良いだけの話だし。昔からの知り合いなら遠慮なく頼れるでしょ。
「それにしてもあのバカ……! またカミラちゃんをほったらかして……!!」
「違うの、コリンには何も言ってないのよ。
吐くほどじゃないし、ちょっと気持ち悪いなーぐらいだったから……」
「でも気付いてないんでしょ? 奥さんの体調不良に気付かない奴はバカで良いのよ」
「そうかなぁ……?」
話を聞いて多少は冷静になれたのか、ゲルダさんが拳を握りしめ、ここには居ないコリンさんへの怒りを露わにする。
本人が隠してたのなら余計に気付きにくいし、少々理不尽では? とは思ったが、初対面の時のゲルダさんの様子からしてカミラさんの事が大好きっぽいからね。
ここは下手に庇い立てせず、黙秘を貫いておこう。クラヴィスさん達もそうしてるし。
コリンさんはまた後で殴られるのかもしれないが、その時はその時だ。泊めてもらってる身としては宿主の機嫌を損ねるわけにはいかんのですよ。
「とりあえず診てみましょうか。
多少知識があると言っても医者ではないので、断言はできませんけど……」
「は、はい。お願いします」
一言断りを入れ、カミラさんの前へ座り、手首に触れて脈を測る。
緊張からかちょっと脈は速いけれど、不整脈とかは無さそうか。
次に額に手を当てさせてもらい熱を測れば、少し高いような気がする。高い、よね? うーん?
体温計があれば確実なんだけど、そんな物この時代には無いからなぁ。
全部自分の感覚で判断するしかないのはわかっているが、未来のノゲイラでクラヴィスさんと作ったせいか、余計に無い物ねだりしてしまう。
……魔法陣、覚えてるんだよね。頼めば何とか作れちゃいそうなんだよね。絶対やらないけどさ。
「最近、どんな体の不調がありましたか?
胃が気持ち悪いって事でしたけど、他に何か思い当たる事は?」
「そうですね……あまり食欲が無いのと、何だかいつも眠くって」
「……んん?」
何か他に手がかりを、と聞いてみたのだが、気持ち悪い、食欲が無い、いつも眠いと来たか。
たった三つだけの症状だけど、一応思い当たる事はある。
でも、確定したわけじゃないから……言うのは気が早い、よねぇ?
表情には出さないように診断を続けるフリをしつつ、自分の肩へとちらりと視線を送る。
ただそれだけで私にはわからない、魔力を診てくれたのだろう。
上から下へ、じぃっとカミラさんを見たアースさんは眉を下げ、しっかりと頷いた。
「腹に小さいが魔力が留まっておるようじゃなぁ」
「……間違いなさそう、かな」
にこやかに告げられたアースさんの言葉に確信を抱く。
不調の原因が何なのか、言葉に出しかけた時、扉が勢い良く開かれた。あー、すっかり頭から抜けてたや。
「来ましたわよ! って、取り込み中だったかしら? 待ってた方が良い?」
最初は私に対して怯えてすらいたのに、彼女もこの一週間ですっかり慣れたというか。
私達が一か所に固まって何かしているのを見て、ユリアナさんはきょとんとした後、頬に手を当て小首を傾げている。
そうやって平民に対しても気遣って辺り、気の良い人ではあるんだけどなー。ちょっとタイミングが良すぎるんですよねー。
今は一旦お帰りを願うべきだと思うのだが、さて、どう言ったものか。
私の予想が正しいければ、随分とデリケートな内容だから大っぴらに言うわけにもいかない。
言葉に迷っている間にもユリアナさんはクラヴィスさんの方に近付いていて、近くを通った彼女から微かに甘い匂いがした次の瞬間、カミラさんが口元を押さえ立ち上がった。やっべ。
「うっ……!」
「な、なんですの!?」
「も、申し訳ございません……御前失礼致します……!」
「カミラちゃん!? ちょっと、アタシも失礼致します!」
ドタバタと慌ててキッチンの方へと走っていくカミラさん。
ゲルダさんもその後を追って行き、取り残された私達は自然と顔を見合わせた。ちょっと気まずい。
「ど、どうしたのかしら……もしかして、私の香水が……!? まだ強い!?」
「いいえー大丈夫ですよー。あれは、まぁ……仕方がないものなので」
横で症状を聞いていて、匂いにまで敏感になっているとくれば、周りから見ていても察してしまうのだろう。
自分のせいかと慌てだすユリアナさんを宥めていたら、クラヴィスさんが納得したように呟く。
「……懐妊か」
「恐らくは」
「か、懐妊!?」
一気にもたらされた情報に頭が追い付いていないらしい。
落ち着いている私達とは真逆に、ユリアナさんは驚きを露わにカミラさん達が向かったキッチンの方を凝視する。
まぁ狙ってる人に会いに来たら、見知らぬ女性の妊娠発覚に立ち会う事になったとか、誰でもびっくりするよねー。
ここは下手に説明するよりも自力で落ち着いてもらった方が良さそうか。
ユリアナさんが絶賛混乱中の間にする事をしておこうと、席を立った。
「私も様子を見て来ますね。ディーア、窓を開けておいてくれる?
それとコリンさんを呼んできてあげて」
妊娠が本当なら、コリンさんにも伝えるべきだろう。
ディーアに指示を出して窓を開けてもらっている間、二人の様子を見に行こうとしたら、ユリアナさんが待ったを掛けた。
「ね、ねぇ少し待って頂戴」
「どうかされましたか?」
「その……妊娠がわかったのよね?
まだお腹が膨れていないようだけど……あの段階でも、子供の魔力がどれくらいか、わかったりするものなのかしら……?」
なるほど、生まれて来る子供に魔法の才能があるか知りたいのか。
ユリアナさんが知りたい事を理解し、ひくりと頬が引き攣る。
「……ユリアナ様、流石に生まれてもいない子供を狙うのはどうかと思いますよ」
自分が親子以上離れた相手と結婚されかけてるから、選択肢の一つに入ってしまっているのかもしれないが、その一線は越えちゃダメだと思います。
私の指摘、そして周りの視線から自分の発言がどういう意味に聞こえるか、ようやく理解したのだろう。
ユリアナさんはハッと顔を青くさせ、手をブンブンと振り回しながら大慌てで否定しだす。違うの?
「ち、違いますわ! そういうつもりじゃなくって、少し気になっただけですの!」
てっきりクラヴィスさんが脈無し過ぎて、別の標的を探し始めたのかと思っちゃった。
良かった良かった、その一線は越えてなかったんだね。なんだかホッとしたわ。
「それで? どうですの? 何かわかるものなのかしら?」
取り繕うように再度問われたものの、正直私にはわかんないです。
なんせ私は魔力そのものがないし、アースさんみたいに他人の魔力を見るとかできないんで。自分に流れ込んで来た魔力ぐらいなら何とかわかるけどさぁ。
一応、そういった研究をしている人はいると聞いた事があるが、あまり信憑性の無い物だった気がする。
こういうのはクラヴィスさんの方が詳しそうだけど、どうだろう?
ちらりと見てみれば、あまり気分の良い話ではないのか僅かに顔を顰められる。やっぱり眉つば物の話っぽいなぁ。
「……臨月になる頃であれば多少わかるそうですが、産まれてみなければ何とも。
産まれたとしても想定と大いに違う場合もありましょう」
「そう、ですわよね。産まれてみなければわかりませんよね……」
私の視線につられ、ユリアナさんの視線が自身に向いた瞬間、無表情で淡々と答えるクラヴィスさん。
望んだ答えではなかったからか、暗い表情をするユリアナさんが少し気になるけれど、とにかく今はカミラさんだ。
ユリアナさんの対応はクラヴィスさんに一旦任せ、私はカミラさん達のところへ急ぐ事にした。




