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諦めない心は大事ですけども

 ゲルダさんに食べられそうな物を頼んで、クラヴィスさん用に痛み止めを調合してと、やる事をやっていれば時間も過ぎるというもので。

 喉元過ぎれば何とやらというか。私も含めて色々と落ち着いた所で、クラヴィスさんが私に向けて頭を下げてきた。なんでぇ?



「な、何ですか急に」


「……髪に、触れただろう。すまなかった」


「エッ、アッ、ヤッ、オ気ニナサラズー……」



 目線を逸らして気まずそうに謝られ、こっちも気まずくなってくる。

 どうにか頭の端に追いやって、ぶり返さないようにしてたのにさぁ。

 こちとら記憶力が良すぎるから何もかも鮮明に思い出せちゃうんですからね!?

 触れられた感触なんかも全部思い出せるんですからね!? 既に自爆しそうなんですけど!?



「そ、それよりほら! ご令嬢とはどうだったか聞かせてくださいよ!」



 もうね、謝られるより触れないでいてくれる方が助かるんで、はい。

 多分クラヴィスさんも無意識にしちゃった事だろうし。その方がお互いのためだよきっと。


 ディーアがとても微笑ましそうにしているが完全に無視し、無理矢理話を変えるべく話題を振る。

 あからさまだったがその分、私の要望もはっきりと伝わったらしい。

 クラヴィスさんは眉を下げて困ったように頷いてくれた。



「そうだな……店では茶会の用意がされていた。

 個室では無く周囲の目がある開けた席だったから、一応警戒はしているようだ」


「周りが見てたなら噂も一気に広まりそうですねぇ」


「それも目的の一つかもしれんな」



 いくら兵士に協力するような旅人だとしても、向こうからすれば身元も確かではない相手だ。

 万が一何かあった時のため、個室を避けたのは当然と言って良い。

 それに、ご令嬢が目を付けていると噂になれば、他の人はクラヴィスさんへ手出ししにくくなるだろう。


 未婚の令嬢が男性と二人っきりで会っていた、なんてあまり良い話じゃないしなぁ。

 今は手あたり次第婿を探しているとはいえ、条件さえ良ければ貴族相手の縁談を受けたいだろうし、その線はきっちり引いていそうだ。



「それから案の定顔を見せろと言われ……幻影を使ったが及第点をもらってしまったらしい。

 幾つか質問をして来たかと思えば、急に距離を詰めてきた」


「……具体的には?」


「対面に座っていたというのにわざわざ席を移動させて真横に来た。

 離れようとしたら腕を絡めて来たりもしたな」


「ほぉーん……」



 なるほどねぇ、ボディタッチまでして来たんだ。そりゃあ香水の匂いも移りますわなぁ。

 移り香自体はもうアースさんが魔法で消してくれたが、脳にこびり付いてしまっているのだろう。

 匂いなんて一切しないのに、思い出しただけで甘い香りがした気がして、思わず顔を顰めてしまう。


 わかってはいたが、やはりあのご令嬢は目を付けた相手には押せ押せで迫っているのだろう。

 所謂肉食系女子ってやつだね。どの世界にもいるんだなぁそういう人。

 良い相手を逃さないよう果敢に攻めるのも大事な事なんだろうけど、まさかそれで頭を悩ませる日が来るとは思いもしなかったや。



「とはいえ、躊躇う様子もあった。

 聞いている話が正しいなら、仕方なくああいった事をしているだけで本意では無いのかもしれん」


「あー……追い詰められてはいそうですからねぇ……」



 誰も止めようとしていないのだから領主も容認しているとは思うが、それも時間の問題だ。

 遅くなればなるほど良い嫁ぎ先は無くなり、今来ている話すら流れてしまいかねない。

 後が無いと考えているのなら、クラヴィスさんの言う通り無理をしている可能性は大いにある。



「……まぁ、何にせよ香水の対策でも考えときますか。

 向こうが諦めるまでは会わなきゃいけないでしょうし」


「…………そうだな」



 クラヴィスさんの事だ。きっちりと断った上で迫られているのだろうから、しばらくは付き合う事になるのは目に見えている。

 だとしたら、できる事をしていくしかないだろう。

 いつもより長めの沈黙の後、深い溜息を吐いて頷いたクラヴィスさんに、ディーアと二人苦笑いしてしまった。


 いやぁ、本人に指摘するのが一番手っ取り早いんですけどね。直球に匂いが強いです、なんて言い難いにも程があるしなぁ。

 魔法でどうにかするか、マスクをするぐらいしか思いつかないや。どうしようね。




 善は急げとでも言うべきか、ユリアナさんの行動力はすさまじく、翌日の昼過ぎにやって来た。

 一応時間を考えて来てくれたようだったが、まだ食堂には客がそれなりに居て、ちょっとした騒ぎになってしまった。

 しかしそのおかげで香水の量が少々多かったのに気付いてくれたらしい。

 また次の日来た時には、香水の匂いは控えめになっていた。


 何があったかというと、単純な話、彼女がクラヴィスさんにアピールすべく近付いた時、食堂にいた半数の人がくしゃみをしてしまったのである。

 お風呂の文化が根付いているせいか使っていない人の方が多いものの、貴族や商人の中では趣向品の一つとして香水を好む人もいるが、平民は違う。

 香水なんて縁遠い物で、存在自体知らない人も少なくない高級品だ。

 この時代だと、匂いだけで言えば香油の方がまだ身近だね。それも使うとしたら祭事とか特別な日ぐらいだし。刺激になっちゃうのも無理ないよ。



 貴族が来たから静かにしていようとしても、生理現象はどうしようもない。

 そして自分が近くを通っただけでくしゃみをしたり、鼻を気にしたりする人が居れば、流石に気付きもするというもの。

 幸いなのはユリアナさんがそれぐらいでは不敬だと騒がない人だったという事か。

 ノゲイラの前領主なら処罰してそうだもん。そんな人じゃないから街の人も見守る体勢に入ってるんだろうなぁ。



 そうして食堂が忙しくない時間帯に来訪して迫っては断られ、それでもアピールしたり私ともたまに口頭で戦ったりして。

 一週間もそういった事が続いていれば、周りもすっかり慣れたのだろう。

 ユリアナさんが居ない場ではあるものの、クラヴィスさんへちょっかいを出してくる人も出て来た。


 ちょっかいって言っても、「あのお嬢様のどこが嫌なんだ」とか「金持ちになれるのにどうして断るんだ」とか、疑問に思った事を聞いてきた感じだったけどね。

 他の人からすれば逆玉の輿みたいなものだし、身近にこんなゴシップがあれば食いつく人もいるわなぁって感じです。

 そういった人はゲルダさんが追っ払ってくれるので、有難く甘えさせてもらっている。この場の主である店主には誰も逆らえないのだよ。



「律儀に待たなくても、出かけちゃっても良いんじゃない?」



 昼下がり、人が減って来た食堂でいつものように三人でのんびりしていたら、片付けに取り掛かっているゲルダさんにそう問われる。

 前までは基本的に食堂で過ごす事なんて無かったから、あのお嬢様を待っていると思ったんだろう。

 実際そうなので否定はせず、手近にあったコップを意味も無く揺らしながら頷き返した。



「それも考えましたけどねぇ。ここで帰って来るの待つって言われたら困るなーって」


「貴族がそこまでするとは思えないけどねぇ」


「待つ人はいつまでも待ちますよー」



 ゲルダさんからしたら、貴族と言えば権力や金に物を言わせて好き勝手できる存在って感じなのかなぁ。

 実際そういう人もいるにはいるが、腹を探り合ったりに蹴落とし合ったりと、何かと殺伐な貴族社会だ。

 忍耐力が問われる場面も多いため、我慢強い人もそれなりに居る。

 何よりあのお嬢様、完全に脈無し状態なのに諦めない根性があるからねぇ。チャンスを掴むためなら待つぐらい平気なタイプでしょ。


 前の討伐で近場の魔物達の動きは落ち着いたようだし、レイジさんのおかげで薬草も十分揃っているため、今のところやる事が無いのも大きい。

 前までは暇だったら土弄りとかしてたけどさ、今はそうもいかないからさ。


 今度レイジさんが持ってるっていう畑でも見させてもらおうかなぁなんて考えていると、すっかり聞き慣れたドアベルが小さく来客を伝える。

 さて今日も頑張るぞ、と振り返ってみれば、現れたのはユリアナさんではなく、コリンさんの奥さんであるカミラさんだった。

 そういえばなんだかんだお見舞い行けてなかったな。ってか、あれ? 何かちょっとしんどそう?

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