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効くものは効く

活動報告を上げました。

お時間がありましたらそちらも見て頂けると幸いです。

 売り物にするならきっちり教えようと、レイジさんの調合道具をお借りして、実際に調合して見せたり他の薬についても色々話したり。

 同じ調合師として話に花が咲きまくり、アースさんが暇そうに何度目かの欠伸を噛み殺した頃。

 遠くから鐘の音が聞こえて来て、私達は同時に顔を上げた。



「え!? もうお昼!?」


「つい熱中しちまった。すまんすまん」


「いえいえこちらこそ長時間居座っちゃって……」



 ちょっと買い物に行くかーって軽い気持ちで来ただけだったのに、気付けばこんな時間だよ。

 時間って集中してるとあっという間に過ぎちゃうねー。クラヴィスさん達帰ってたら怒られるかなー。あははー。


 せめて書き置きとか残しておけば良かったか。

 そうちょっぴり後悔してしまうけれど、とにかく今は帰るしかないだろう。

 内心焦りつつ使っていた調合道具を軽く片付けて、来る時と重さの変わった籠を引っ掴む。



「今日はもう帰りますね!」


「おう、頃合いを見てまた来てくれや。そん時には用意できてると思うぜ」


「よろしくお願いしまーす!」



 完璧に片付けが済んだわけではないけれど、レイジさんも一緒に調合してたんだ。

 後は任せたとばかりに店を出ようとする私に、レイジさんはゆるゆると手を振って見送ってくれた。

 次来た時にまた新しい薬教えるんで! 今度はディーアも連れて来ますねー!




 急ぎ足で宿へと戻れば、丁度お昼時だからだろう。

 いつになく賑やかな食堂の扉をこそっと開けて、そろっと辺りを見渡す。


 んー、パッと見た感じ、クラヴィスさん達は居なさそう、かな?

 しかし食堂に居なくとも、部屋に居る可能性は大いにある。

 これはもう腹を括るしかないと覚悟を決めていたら、料理を運んでいたゲルダさんが声を掛けてくれた。



「エディシアったらそんなところで何を……あ、二人ならまだ帰って来てないよ」


「あらま、そうでしたか」



 もしやお嬢様に引き留められたりしているのか。

 一瞬、遊んでたのがバレないと安心してしまったけれど、それはそれで心配だ。

 上手く躱せてたら良いんだけど、どうなってるかなぁ。私もアースさんに頼んでこっそり忍び込めば良かったか。


 とりあえず先にご飯でも済ませておこうか。それとももう少し待っていようか。

 どうしようかと悩んでいたら、来店を知らせるベルが聞こえて振り返る。

 するとそこにはディーアに手を貸されてふらふらと歩くクラヴィスさんが居て、間抜けな声が零れ出た。



「へ? ……え!? なに、大丈夫ですか!?」


「……すまん、静かにしてくれ……頭痛がするんだ」



 数秒かけて状況を呑み込み、慌てて駆け寄った所で唸るように告げられる。

 もしかして魔力が暴走しているのか。でもそれならアースさんが何か言ってくれるはず。

 一応触れておくべきかと、顔を顰めているクラヴィスさんへと手を伸ばした時、ぶわりと甘い香りが鼻を通って行った。


 クラヴィスさんには似合わない、お菓子や紅茶などとも違う人工的な甘い香り。

 なぜこんな香りが彼からするのかわからず、ぽかんとしてしまった私に、ディーアが魔道具を差し出した。



『恐らく令嬢の香水が原因だと思います。随分距離を縮めておられたので』


「あー……これ香水の匂いかぁ……」



 つまり、香りが移るぐらい迫って来たというわけか。

 きっと良すぎる記憶力のせいもあるだろう。

 あのご令嬢がクラヴィスさんに引っ付いている所が鮮明に想像できてしまって、胸の辺りがモヤっとしてしまう。


 ……別にぃ? クラヴィスさんが結婚しないのは知ってますしぃ? ご令嬢がどうしたって知りませんけどねぇ?

 気合いを入れたのか何なのか知らないけど、周りに迷惑になるぐらい香水を付けるの良くないんじゃないですかねー。



 とまぁ、なんだか無性にイラっとしてしまったが、今はクラヴィスさんだ。

 無理矢理にでも頭を切り替えようと嫌でも香ってくる甘い香りを吸い込んで、小さな声でディーアへ話しかけた。



「とにかく部屋に行こっか」



 匂いによる頭痛なら、刺激を避けて安静にするのが一番だ。

 それにさっきから昼食中の客達が興味津々と言った様子でこちらを窺っているし、さっさと部屋へ引き上げるに限るよ。

 あのクラヴィスさんがふらつくほど弱っているから心配だったけれど、歩ける程度ではあるらしい。

 ディーアに手を借りてはいるものの、階段を上っていくクラヴィスさんの後を追いかけた。



 どうにかベッドに横たわり、深く息を吐くクラヴィスさん。

 この部屋は特に何かの匂いがするわけではないけれど、念のため空気を入れ替えた方が良さそうか。

 考えた事は同じだったようで、私が動くよりも先にディーアが窓を開けに行ったのを見て、私はクラヴィスさんの様子を確認するべく近付いた。



「ちょっと触りますね」



 腕を額に当てて目を閉じているクラヴィスさんへ一声掛け、そっと頬に触れる。

 熱は無さそう、かな。あんまり痛みが酷いようなら、早めに薬も飲んでもらわねば。

 でも今持ってる痛み止めはほとんどディーアに合わせて調合した物だから、新しく調合しないと。

 後はそうだ、息がしやすいように服も緩めた方が良いよね。



「首元失礼しますよー……」



 そーっと手を伸ばし、クラヴィスさんの首元に触れる。

 人間の急所だから嫌がられたらすぐ止めようと思ったけど、そういった素振りは一切無い。

 それならば、とゆっくり、首を絞めてしまったりしないように注意して、首のボタンを一つ一つ外して行く。


 やっぱり苦しかったみたいで、三つほどボタンを外し、鎖骨辺りまではだけさせた所でクラヴィスさんが深く息を吐く。

 さて、後は薬を用意して、あ、先に何か食べられそうな物も用意してこよっと。

 そう振動にならないよう慎重に離れようとした時、不意にクラヴィスさんの手が動いた。



「クラヴィス、さん?」



 ボタンを外すためだった。良く見えるようにと顔を近付けていた。

 だから視界の端から突如現れた手に少し驚いて、肩が跳ねたのも仕方ない。

 ちょっと体を傾けていたから、跳ねた拍子に髪がはらりと落ちるのも仕方ない。

 でも、その髪を一房取って、口元へと持って行かれたのは、想定外にも程がある。



「……君の匂いは、落ち着くな」



 髪を嗅ぐかの如く、小さく息を吸ったクラヴィスさん。

 それだけでも衝撃がすごいのに、酷く、穏やかな表情でそんな事を呟くものだから。



「…………ソウ、デスカ」



 ガチガチに固まった体から、上擦った声が零れ落ちる。

 なんで、こんな、え? 何、ホントに、どう、え? 何があった?

 いや、そう────よっぽど、匂いがきつかったんだわ!! きっとそう!!


 あまりの爆撃にぐるぐると混乱しているが、無理矢理そう結論付け、今度こそ体を離す。

 大して力も入れてなかったみたいで、私の髪はするりと解放されて、すぐさま私の元に帰って来てくれたのは幸いだった。

 助かった、といつの間にか詰まっていた息を吐いて──ディーアに見られてるよねこれ、と冷静な頭が叫び出した。



「……ア、ノ」



 何を言うつもりか、何を言えば良いのか。何も考えていないのに、ただ間を繋ぎたいがための声が漏れる。

 そんな私に、ディーアは窓際で風に吹かれながら、ただ柔らかく目元を細めていた。

 どういう視線ですかそれは。微笑ましいって事ですか。何でそんなに優しい眼差しをしてるんですかね……!?



「ワタシイロイロトッテクルネ」



 何だかもう、色々恥ずかしくなってきた。

 なので私は逃げます。三十六計逃げるに如かずって言うし。逃げるが勝ちなんだよ。多分。


 何を口走ったかもわからないまま二人に背中を向け、扉へと小走りで向かう。

 とにかく逃げる事しか考えて無かったが、頭の端では気遣いを忘れ切っていなかったようだ。

 音がしないよう扉だけは優しく閉め、部屋の中と外という明確な境界が出来たその瞬間、私は大きな音と共にその場へ崩れ落ちた。



「大丈夫かの?」


「……大丈夫に見える?」


「見えんなぁ」



 他人事だからってけらけら笑いやがって。

 実際そうだけど、もうちょっと優しさをくださいよコノヤロウ。


 ガタンと大きな音がしたというのに、ディーアが様子を見に来ないのは一応気遣ってくれているのだろう。

 それならちょっとだけ、ちょっと、顔の熱が治まるまでは、ここに居させてもらって良いよねぇ?

 そう勝手に一人決めつけて、私は改めて深く、深く息を吐いた。



「……私の匂いって、なんですか……!?」


「んー……強いて言うなら薬の匂いがするかのぉ。さっきまで調合しておったし」


「薬、薬かぁ……薬ねぇ……」



 あれかな、慣れてる匂いがして落ち着いたとかそんな感じかな。

 他に匂いがしそうな物なんて身に付けていないから、きっとそうだろう。間違いないね。

 そう言い聞かせ、私は再び深く息を吐くのだった。いやぁ……久々に特大の爆撃喰らったぁ……。

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