気乗りはしなくとも
伯爵令嬢来訪事件から数日後、いよいよ招待された日となり、私達はそれぞれ重い腰を動かしていた。
「本当に薬塗らないで行くの?」
『匂いで気付かれてしまうかもしれませんので』
クラヴィスさんが億劫そうに身だしなみを整えている間、薬を手に何度目かの確認をするが、ディーアは変わらず首を振る。
何かあった時のため、ディーアが影からこっそり付いて行く事になったのだが、いつも塗っている薬を塗らないで行くつもりだそうだ。
確かに無臭ではないが、それほど強い匂いでもない。
何より肌の保護だけでなく、炎症止めに痛み止め、解毒も含めたディーア専用の特製軟膏だ。
出来れば塗らせて欲しいのだが、ディーアは軟膏を持つ私の手に自身の手を重ね、再度首を振った。
『大丈夫です。それほど痛みません』
すっかり使いこなしている魔道具を手に、安心させるように微笑むディーア。
痛まないはずが無い。爛れた肌は酷い熱を生み続けているのだから、いくら痛みに耐性があっても辛いはずだ。
でも、ここまで頑なだと、何を言っても聞いてくれないんだろうなぁ。
「……せめて痛み止めは持って行ってね。すぐには効かないから早めに飲むんだよ」
『はい、ありがとうございます』
受け取ってくれない軟膏の代わりに、痛み止めが入った小瓶を手渡す。
果たして痛みが酷くなったとして、飲んでくれるだろうか。
心配が尽きない私の気を逸らすように、襟元を正したクラヴィスさんが私を呼んだ。
「エディシア、手を」
「はぁい」
私へ片手を差し出しながら、窮屈そうに首元に触れるクラヴィスさん。
魔力を減らしておきたいって事だろうけれど、その顔には既に疲れが現れているものだから、私は苦笑いしながら手を取る。
今回招待されたのは領主の屋敷ではなく、北区にある領主御用達のお店だそうだ。
旅人だからと気遣ってはいるのか、どんな服でも良いと書いてあったが、だからといって長旅に耐えてきたボロボロの服を着ていくわけにはいかない。
そのため新しく一着用意したのだが、少しサイズが小さかったようだ。
オーダーメイド以外の服なんて作った人によって違うからねぇ。こればっかりは仕方ないや。
「この上にフードまで被るの、結構しんどそうですね」
「仕方あるまい。令嬢に会うまでの辛抱だ」
「……やっぱりご令嬢の前ではフード取っちゃうんですか?」
「指摘されたら取るしかないな」
「……大丈夫かなぁ」
わざわざ招待されたのにフードで顔を隠したまま、というわけにもいかない。
しかしクラヴィスさんのご尊顔を見てしまったら、ご令嬢はきっと今以上に燃え上がる事だろう。
凄腕の魔導士で顔も良いってなったら誰でも逃がしたくなくないでしょ。
一応幻影で印象は変えるとか言ってたけど、それでどこまで興味関心を削げるのか。
ガチ恋の相手は流石にきっついぞぉ……とか考えていたら、繋いでいた手を引かれ、顔を近付けられた。急に何です?
「……君は平気そうだな?」
「私は慣れてますからねー」
もしや同じ女性の私が平気だったら他の女性も平気だろうとでも言いたいのか。んなわけあるかい。
自分の顔だからか知らないが、もう少し自分の顔の良さを自覚した方が良いと思います。
未来でもそうだったからきっと言っても変わらないんだろうけど。これだから顔が良い人は。
──そうしてクラヴィスさん達を見送り、待っている時間はどうした物かと考えた私は、アースさんと二人、レイジさんの所へと来ていた。
「こんにちはー」
「おう、いらっしゃい。今日は一人か」
「えぇ、まぁ」
まだクラヴィスさんが伯爵令嬢の目に留まったのはそこまで知られていないのか。
何か言われるかな、と少し身構えていたのだが、本を読んでいたレイジさんの反応は至って普通だ。
断る気満々だから触れられないのは助かるなぁと思いつつ、私は持って来た籠をカウンターへ置いた。
「薬を売りに来たのと、薬草見せて欲しいです」
「はいよ。じゃあまずは薬を見せてもらおうか」
レイジさんに促され、カウンターへと薬を種類ごとに並べていく。
籠に入れてた時も思ったけど、結構な量作ったなぁ。
次々と並べられていく薬達にはレイジさんも予想外だったようで、驚きを露わに瞬きを繰り返していた。
「おいおい……全部嬢ちゃん一人で作ったのか?」
「私が作ったのもありますけど、ディーアが作ったのが大半ですね。
練習がてら色々作ってまして」
「へぇ……初心者が作ったにしちゃできが良い。良すぎるぐらいだ。筋が良いんだな」
薬の一つを手に取り、軽く中身を確かめるレイジさんが感心したように呟く。
そんな私以外の調合師からの高評価に、ついつい口角が上がっていった。
でしょでしょ。うちのディーアはすごいんですよ。もっと褒めてください。一言一句ディーアに伝えるんで。
時折零れるディーアへの褒め言葉をきっちり記憶しつつ、鑑定してもらう事しばらく。
一つ一つ丁寧に鑑定したレイジさんは、カウンターの下からざらっと硬貨を取り出す。
「買い取り額はこんなモンとして……薬草は何が要るんだ?」
「そうですねぇ……ロキが欲しいのと、ヨーテもあれば欲しいですかねー」
料金のやり取りは全ての取り引きが終わってからにするのだろう。
必要な薬草を問われ、今一番買っておきたい薬草を挙げていく。
どちらもまだ手持ちにあるけれど、冬の間は取れるかどうか怪しい薬草だ。
薬にして保管状態さえ気を付ければ数か月は余裕で持つし、今からできるだけ集めておきたいんだよね。
後は解毒のポーションに使う素材も欲しいぐらいかな。こっちは冬でも取れるからそんなに急がないけど。
他に何か必要なのあったけなー。冬に備えてってなっても大体手持ちに揃ってたからなー。
そう記憶を遡っていると、レイジさんはどこか納得した様子で頷いた。
「ロキにヨーテ、ねぇ……全部ディーアって奴に使う分か」
「そうですけど……話しましたっけ」
「前の討伐の時、ちょいと薬の匂いがしたからな。
一言も喋らねぇしそうかと思っただけさ」
彼も調合師だ。匂いだけでなく使っている薬草もわかれば、どういった薬を使っているかわかってもおかしく無い。
それに隠しているわけではないから、知られた所で、かな。
奥へと薬草を取りに行ったレイジさんの背を見ながら、動きかけていたアースさんをトントンと撫でる。
私が警戒しちゃったから咄嗟に反応しちゃったんだろう。何もしなくて大丈夫ですよー。
「うちにある在庫はこんなモンだな。必要なだけ持って行きな。
他に必要なモンがあるなら言ってくれ。同業連中に言って集めとく」
在庫を全て出してくれているようで、ドスドスと薬草が入った箱が次々カウンターに置かれていく。
これだけでも十分すぎる程なのに、まだ融通してくれるつもりなのか。
何てこと無さげに取り寄せまでしてくれるというレイジさんに、今度は私が瞬きを繰り返した。
「あ、有難いですけど……良いんですか?
手間がかかりますし、必要な人は他にもいるでしょう?」
いくら薬屋の間で交流があるとしても、電話も何も無い環境でそういったやり取りは一苦労のはず。
それに採取できるようになったばかりで、それほど余裕があるわけでもないだろう。
だというのに、レイジさんはただ軽く笑うだけだった。
「こちとらアンタ等のおかげで仕事続けられてるんでね。
多少融通しても誰も文句は言わんさ」
それはそうかもしれないけど、本当に良いのかなぁ。
すぐには頷けず、首を捻っていたからだろう。
レイジさんは何かを思いついたように、籠を一つカウンターに乗せた。
「気になるってんならちょっと知識を貸してくれや。
この薬草なんだが、思ってたより大量に取れちまってな。
喉薬以外になんか使い道はねぇもんかと頭を捻ってたんだよ」
つまりレイジさんが知らない薬の作り方を教えろって事か。
それなら取り寄せしてもらう代わりにって事で、文句の無い取り引きになりそうかな。
とりあえず中身を確認しようと出された籠を見れば、ノゲイラでも良くみる薬草が沢山詰まっていた。あら? これで喉薬しか作らないんだ?
「んー、ワンバルは余ってます?」
「あるが、軟膏にでもすんのか?」
「ですです。保湿成分が多く含まれてるので、肌荒れに良いんですよねー。
特にこれからの季節、乾燥が酷くなってきますし、女性への贈り物なんかにもぴったりですよ」
食事に地域差があるように、薬にも地域差があるのか。
ノゲイラでは昔から作られている軟膏だが、こちらではそんな発想も無かったらしい。
手だけでなく顔にも使えるから良いんだよねこれ。使いやすさを考えるならクリームにするのもアリですよー。




