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弱い者いじめのつもりはありません

 念のため周囲を確認するが、私達以外の旅人なんて誰も居ない。

 その上で、顔を出した状態の私を見ても、お嬢様らしき人は辺りを探すように視線を巡らせている。

 となると、これは私ではなく二人のどちらかが目的か。

 そう判断した私は、驚いたフリをして自分の口元を手で隠し、アースさんへと小さく告げた。



「二人に絶対降りて来ないでって言って来て」



 すぐさま肩から離れ、二階へと飛んで行ったアースさんにそっと息を吐く。

 二人の事だ。戻るのがあまりにも遅いと何があったのかと様子を見に来てくれるだろう。

 相手の目的がわからない今、二人に会わせるのは避けた方が無難だ。


 とはいえ、逃げられるなら逃げたい所なんですけどねー。

 どうにか逃してもらえないかなーと、謎のお嬢様を軽くスルーして、カウンターに置かれていた水差しを手に取る。

 そのまま軽く会釈して二階に戻ろうとしたが、案の定「待ちなさいよ」と声を掛けられてしまった。ですよねー。



「ちょっと貴女、私を誰だと思っているの?」


「……? この街で有名な方でしょうか。

 生憎この街には来たばかりで、存じ上げません」


「全く……この街を治めるザイラ家の娘、ユリアナ・ザイラよ! 覚えておきなさい!」



 装いからそれなりの立場の人間だろうなとは思っていたが、伯爵家のご令嬢だったらしい。

 近くのテーブルに水差しを置いて振り向けば、高圧的に名乗られ、溜息が出そうになったのを呑み込んだ。

 まるで知っていて当然とばかりの態度だけど、普通のご令嬢はこんな少人数でこんな場所に来ないんだよなぁ。



「これは失礼いたしました。

 名のあるご令嬢がこれほど気軽に来られるとは思わなかったもので」



 戦争下で兵士が少ない今、街の治安は通常時より悪化している。

 だというのに傍にいるのが老人の従者と、多めに数えたとしてもラルズさんの二人だけって、不用心にもほどがあるよ。

 あのご老人が実は滅茶苦茶強いとかならまぁ納得だけど、アースさんが警戒もせずに離れて行った辺り、そういうのでもなさそうだよね。


 同じ貴族令嬢として教育を受けている人間からすると、はっきり言って軽率すぎる。

 そんな私の小さな言葉の棘は見事に突き刺さったらしい。

 ユリアナさんはむっとした顔をしていたが、こちらに怒鳴る事はなく拗ねたように顔を逸らした。



「……軽率なのは認めるわ。貴女名前は?」



 おや、咎められてすぐ認めるなんて、案外素直な人なのかな?

 てっきり高慢なお嬢様かと思ったけどそうでも無いのかもしれない。

 それならば、と私は佇まいを正し、彼女に合わせた礼を行った。



「ただの旅人でございます。どうぞエディシアとお呼びください」


「そ、そう。よろしく」



 言葉遣いこそ普通の物だが、所作は公爵令嬢の物。

 たった一礼だけでも貴族である以上、こちらが身分を隠していると察してくれたか。

 ユリアナさんは一瞬驚いた様子を見せたがすぐに取り繕い、当たり障りのない返答をする。


 実際には未来の公爵家令嬢だから、この時代じゃ何の立場も無いんだけどね。

 それでも相手からすれば、私の家柄が格上か格下かなんてわかるはずも無い。

 そうなると後で問題になっては困るので、あちらは高圧的な態度を取りにくくなったというわけです。


 それに、これならクラヴィスさん達は私の従者だと思われるはずだ。

 探りを入れるにもまずは私の出自を探ろうとするはずだから、囮にぴったりってわけです。

 現に私の方が地位が上だと思ったらしく、後ろの従者さんが顔真っ青にして視線を彷徨わせてるし。

 そりゃあお忍びとはいえ家柄が上の人間に突っかかってるかもしれないんだから慌てるよねー。



「ま、まぁ良いわ。とにかくクラウンという男性はどこかしら。

 腕利きの魔導士だと聞いたのだけど」


「彼は今出かけております。いつ帰って来れるかもわかりません」



 やっぱりクラヴィスさん目当てか。

 想定はしていたから、お決まりの台詞で不在を決め込む。

 単に感情を読まれないように淡々と告げただけだったのだが、傍から見ればそうは映らなかったらしい。

 ユリアナさんは怯えたように小さく息を詰めていた。え、そんなに怖かった?



「ふ、不在なら仕方ありませんわね! 今日の所は引き上げますわ!」


「え!? よろしいのですか!?」


「良いったら良いの! ほら、行きますわよ!」



 流石はクラヴィスさん仕込みの圧というかなんというか。

 震えた声で踵を返したユリアナさんは、驚いている従者を引き連れ扉の方へと早足で向かっていく。

 そして一言、騒がせてごめんなさいね、と謝罪を残して出て行った。


 もしかしたら社交界の経験があんまり無かったのかな。

 これぐらいのやり合いは良くある事なんだけど、あの様子だと私より慣れて無さそうだね。

 それにしっかり店に対して謝ってた辺り、根は悪い人じゃ無いんだろう。何だか悪い事しちゃった気分だなぁ。



 こっそり様子を窺っていたりしたら困るので、念のため扉の外を確認すると、丁度振り向いた所だったらしい。

 目立つ金髪に付いて行くラルズさんと目が合ったので、軽く手を振っておく。

 ラルズさんはラルズさんで案内に駆り出されたんだろうなぁ……兵士だから護衛にもなるもんね……。


 帰ると言った言葉は本当のようで、金髪はどんどん遠ざかっていく。

 これならもう令嬢らしくしなくて良いだろう。

 ふぅ、と一息吐いて中へと戻れば、ゲルダさんが視線を彷徨わせ、困惑した様子で近寄って来た。



「アンタ、いやエディシア様? お嬢様……?

 えぇと……どう呼べばよろしいのでしょうか……?」


「あはは……今はただの旅人ですから、そうかしこまらないでください。

 むしろそうして頂けた方が助かります」


「……良いの? 本当に?」


「本当ですって」



 泊まってた客が実は貴族でしたーなんて、店主としては焦るよねぇ。

 とはいえ、貴族だから優遇しろだのなんだの言うぐらいなら、最初から明かしてるという物だ。


 けらけらといつものように笑う私に、少しは安心してくれたのか。

 ゲルダさんは戸惑いながらも頷き、肩の力を抜いてくれた。

 貴族かも、でこれならクラヴィスさんの正体を知ったらどうなっちゃうんだろうねー。絶対知られないようにしよう。うん。



「それより、あのご令嬢はどういう方なんですか?」


「あー……あの方はね、ここの領主のお嬢様で、五番目の娘さんなのよ。

 そろそろ適齢期って事でお相手を探しててさ。

 ああやって良さそうな男がいるってなったら声を掛けてるのさ」


「……ご令嬢が、男漁り……? しかも旅人でも構わず……?」


「他所から来た人はびっくりするよねぇ」



 いくら適齢期だとしても、伯爵家のご令嬢が堂々と男漁りしてて良い物なのか。

 というかあんなに打たれ弱いのに、男漁りはできるんだね。ある意味凄いな。

 同じ貴族令嬢として何とも言えない感情を抱きつつ、疑問に思った事を口にした。



「伯爵家ならそれなりの相手から話が来ると思いますけど……」


「それが五番目だからねぇ。

 良い話は順番に無くなってて、聞いた話じゃ、今来てるのは六十過ぎの貴族の後妻とかばっかりらしいよ」


「そ、れは……自力で探したくもなりますね……」


「アタシもそう思うわ」



 貴族の結婚は余程の事情が無い限り、権力や家柄、血筋、資産等、様々な事柄から決まる事がほとんどだ。

 そのため親子程年齢が離れた結婚も無くはない、と聞いていたが、まさかあのお嬢様が当事者とは。

 誰が好き好んで爺と結婚したいかって話だよ。あれだけ打たれ弱くても頑張らざるを得ないか。



「街の皆も事情は知ってるからね。

 ああしてたまに騒がしくなるけど、そっとしておこうってなってるんだよ」


「良い人は見つかるんでしょうかねぇ……」


「さぁ……お貴族様のお眼鏡にかなう人がどれだけいるかって話だもの。

 それに今までの話を聞いてる限り、魔導士を旦那にしたいみたいだし」



 魔導士を狙ってる、となると家系に魔法の才を入れたいのか。

 恐らく自分の将来と家の利益の両方を鑑みて探しているのだろう。

 でも家に入れる程の魔法の才ってなると、相当要求レベルが高いはずだから、そう簡単に見つからないんじゃ……?


 はてさて、未来ではどうなっていたっけか。

 私、技術開発ばっかりで貴族間の結婚とかはそんなに把握してなかったんだよなぁ。

 少なくともクラヴィスさんとの結婚は無いから、そこは安心してれば良い、のかな?



 二人にも報告しないとなーと、今度こそ水差しを持って階段を上る。

 すると部屋の前には眉間に皺を寄せているクラヴィスさんと、困った顔をしているディーアがいて、あまりの圧にあははーと苦笑いしてしまった。これが本物の圧だよねぇ。



「エディシア」


「聞こえてましたか」


「あぁ。色々とすまないな」


「これぐらい大したことないですよ。でも、また来ますよね……」



 今日は圧に負けてすんなり帰ってくれたが、決して諦めたわけでは無いはず。

 とりあえずしばらくは令嬢らしく対応して、追い返せるなら追い返すしかないかなぁ……?

 うーん、と頭を悩ませていると、「大変じゃのう」と言いながらアースさんが頭に乗って来た。労わる気があるなら退いてくれます?




 私達の予想は正しくて、後日、クラヴィスさん宛に令嬢から招待状が届いた。

 会いに来ても会えないなら呼びつければ良いという判断だろう。マジか。


 家柄を仄めかしたといっても明らかにはしていない以上、扱いとしてはただの旅人でしかなく、正式な招待までされては断れない。

 しかもクラヴィスさんだけを招待しているため、私達は同行できないというね。

 私が居たらあの手この手で拒否されちゃうからだろうけど、よくやるもんだ。

 貴族のご令嬢がただの旅人を正式に招待するとか、普通しないもん。本当に必死だなあのお嬢様。



「もう離れちゃいましょうか……」



 向こうとしても釣れない相手をいつまでも追いかけてはいられないはず。

 淡々と断っていればその内諦めて次に行きそうではあるが、面倒な物は面倒だ。

 今ならまだ違う街に移動できなくもないからなぁ……でも時期的に良い宿はもう埋まってそうだから、あんまりなぁ……。



「それは最終手段にしたい所だな」



 クラヴィスさんとしても移動はしたくないようだ。

 ぐだぐだと項垂れる私に対し、苦笑い交じり否定したクラヴィスさんは雑に招待状を封筒へと戻す。



「君をどこかの令嬢だと思っているんだろう?

 なら君に忠義を誓っていると言えば断る理由としては十分だ」


「私も抱き込めばいいとかなりません? それ」


「……その時は別の方法を取ろう」



 どうやら従者を演じる他にも策があるらしい。

 どんな策なのかとクラヴィスさんを見上げるが、今明かすつもりは無いのか、何とも言えない表情で眉を下げられた。



「君にも演技してもらう事になるが、構わないか」


「それは勿論、いつでも何でも言ってくださいな」



 まぁどんな方法でもクラヴィスさんの事だ。上手くやってくれるだろう。

 そう信じているから私はすぐに頷いたのだった。私にできる事なら何でもしますとも。

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