こういうのって大体突然来る
元々討伐しながらある程度目を付けていたんだろう。
ディーアに手伝ってもらいのんびりと薬草の処理をしていたら、クラヴィスさんはすぐに戻って来た。
詳しい内容は教えてくれなかったけれど、無事話はまとまったようだ。
小さな風呂敷一つに収まる素材とは別に、結構な額のお金を渡された。いやーほくほくですわー。
翌日、クラヴィスさんは早速魔道具作りに取り掛かっていた。
力になれたら良かったのだが、こればかりは全員戦力外の分野だ。
なのでロバートさんの所に依頼していた物を取りに行ったりと、ちょくちょく手伝える範囲で手伝う事数日。
今日は朝食の後、手伝って欲しいと言われて私は二人の部屋にお邪魔していた。
「あれ、もう完成したんですか?」
部屋に入ってすぐ、テーブルに置かれた魔道具が視界に入る。
パッと見た感じ、記憶にある魔道具とそっくりだけど、手伝って欲しいって事はまだ完成してないよね?
触らないように気を付けながら魔道具の周りをぐるぐる回って眺めていたら、クラヴィスさんに小さく咳払いされた。はーいお話聞きまーす。
「最終調整がまだ済んでいない。
簡単に言えば魔力を通して思考を文字化する魔道具だからな。
このままでも動作はするが、細かな表現もできるようにするにはディーアの魔力に合うよう調整しなければならん。
そのため実際に使用し、どのように動作するか確認したい」
「ふんふんなるほど? それで私は何をすれば?」
「ディーアと二人、何か会話をしていてくれ。その結果を見つつ調整する」
要するにラジオの周波数を合わせる作業、みたいな理解で良いかなぁ。
見ればクラヴィスさんの手元に道具だけでなくいくつかの素材もあり、場合によっては素材の取り換えも行うのだろう。
クラヴィスさんに促され、ディーアが魔道具を手に取ったのを見て、私は空いているベッドへと腰かけた。
「何を話そっかなぁ」
しかし急に話せと言われても何を話せば良いのやら。
普段話してる時はあんまり気にしないけど、いざ話題をってなるとちょっと考えちゃうねぇ。
典型的な話題から始めるべきか、それとも魔道具の反応を見るためなら変化球的なのが良いのか。
そう話題を考えているのはディーアも同じだったのだろう。
ディーアの指先が触れていた魔道具の文字盤に、ずらりと文字が浮かび上がった。
『何か話を何を話せば天気あ薬草の事を聞いてみたワドテナの葉を粉末に』
「これは読み取り過ぎですかね?」
「反応が良すぎたか……」
文面から察するに、考えてる事全てが文字になってしまっているのだろう。
こうしている間にも浮かんでは消えていく文字達につい笑ってしまう。
このままじゃディーアの考えてる事が筒抜けになっちゃうねぇ。
しかも文字数制限のせいか、新しい文字が出る度に頭の文字からどんどん消えちゃってるし。
とはいえ、この反応は想定内だったようで、クラヴィスさんは迷う事無く魔道具を軽く分解し、基盤の部分を弄り始める。
何をどう調整しているのかさっぱりだけど、どうやら素材を一つ取り換えたようだ。
作業の手が止まり、こちらに合図が来たので改めて話題を振ってみる事にした。
「今日は良い天気だねー?」
『はい』
「……好きな食べ物は何ですか?」
『はい』
「…………お腹空いた?」
『いいえ』
「『はい』か『いいえ』しか出なくなってまーす」
「そのようだ」
今度は反応が悪くなり過ぎたか。
お決まりの話題を振っても機械的な反応しかなく、すぐにクラヴィスさんへと訴えかける。
例え『はい』か『いいえ』で答えられる質問でも、ディーアなら絶対一言二言言ってくれるはずだもんね。おかしいってすぐわかったよ。
そうやって少しずつ調整を進めていく事しばらく。
調整は順調に進み、単語や短い内容なら問題無く表示されるようになってきた。
しかし長い内容になると情報が多いからか、所々おかしくなってしまうようだ。
そのためもう少し調整が必要なのだけれど、そろそろ話題が尽きそうです。
結構長時間話してるからなぁ……お昼ご飯の話題なんて三回ぐらいやったよね?
お互い素性を隠しているため、あまり突っ込んだ話はできない。
家族の話題とか絶対出せないもんね。シド達の事も話さない方が良いだろうし、どうしたもんか。
「えーっと、えっと……」
何を話そうか。何が話せるか。そもそも話題とは何か。
悩みすぎて哲学に入りかけていると、ディーアがつんつんと文字盤を指差した。
『ワドテナの葉を粉末にする物は何に使えるますか?』
「あ、ワドテナの葉はね、喉薬になるの。解熱鎮痛剤の一種だね。
解熱鎮痛剤と言えば、ディーアに使ってる解熱鎮痛剤の調合の工程はわかる?」
『はい、ロキ葉を煎じて物をよてと混ぜ、少量の水で練る合わせると──』
お互いの素性に触れず、ある程度会話が弾む話題は何か。
私達の出した答えは薬草でした。
確かにこれなら自然と文章も長くなるし調整にはうってつけかもしれない。流石ディーア。マジでありがとう……!
少々文章がアレな部分もあるので読むのに手間取りもしたが、今までの調整の甲斐あって言いたい事はちゃんと伝わる文章はできている。
今まであまり質疑応答なんてできなかったのもあってか、ぽんぽんと早いテンポで会話が弾んでいった。
しかも内容が細かいからか、今までの会話では見つからなかったエラーなども見つかったらしい。
薬草の名称を羅列したり、工程の説明を一からしてもらったりとしていた所で、クラヴィスさんが待ったを掛けた。
「少し時間が掛かる。丁度良いからここで一旦休憩にしよう」
『わかりました。喉は大丈夫ですか?』
「大丈夫だよー」
心配そうにしているディーアに、平気だと笑って飲み物を手に取る。
流石に喋り過ぎでちょっと疲れたけれど、この魔道具にはいずれ私もとてもお世話になるんだ。協力は惜しまないですとも。
ディーアの理解度も把握できて満足だしねー。
真面目でしっかり覚えてくれてるから、教え甲斐もあるってもんだよ。
「あら、飲み物無くなっちゃいましたね。ちょっと取りに行ってきまーす」
追加を、と水差しを傾けるが、一杯分には足りなかったようだ。
コップの半分ぐらいまで満たされた所で、空しく水差しから最後の一滴が落ちていく。
まだ調整は続くだろうから、今のうちに取りに行こうかと立ち上がると、ディーアが自分が行くとばかりに手を伸ばして来た。
気持ちは有難いけど、ただ水を汲みに行くだけだし、今も調整中みたいだからなぁ。
私達には休憩だと言っていたのに、自分は休憩するつもりは一切無いらしい。
今も手を動かしているクラヴィスさんの方をちらっと見れば、私の考えは伝わったようだ。
申し訳なさそうに頷いたディーアに軽く手を振って、私は下の階へと向かった。すぐ戻って来るからねー。
「ゲルダさーん、飲み水くーださいっ」
「はいよ。魔道具作りは順調そうだね?」
「わかります?」
「ご機嫌だもの。流石にわかるわよ」
下の階についてすぐ、視界に入った後ろ姿に軽く声を掛ける。
勝手に汲んで行っても良いって言われてるけどねー。
無料で飲み水を確保できるわけじゃないし、あくまでも宿の物を分けてもらうわけだから、忙しく無い時は声掛けした方が良いかなーってね。
軽く世間話をしつつ、キッチンにある貯水槽から水差しへ飲み水が注がれるのを眺めていると、ゲルダさんが思い出したように口を開いた。
「そういや、アンタらちょっと噂になってるみたいだよ」
「あら。まぁ、兵士達に同行してましたからね。仕方ないですよ」
今まで魔物の被害に困っていた中、兵士が動いたとなれば街で噂にもなるのも当然だろう。
ここ数日宿の外に出たりしたけど、声を掛けられたりしてないから、顔が知られてるとかは無さそうかなー。
依頼を受けた時点でこうなるのはある程度予想していたから別に良いのだが、ゲルダさんからすると心配らしい。
水差しに並々と飲み水を入れてくれたゲルダさんは、困ったように眉を下げていた。
「聞いた限り悪い噂じゃなかったけど……気を付けた方が良いかもね。
ザイラにはちょっと厄介な人がいてさ」
「厄介な人?」
告げられた忠告に思わず首を傾げる。
ゲルダさんがそこまで言うって結構珍しそうな感じがするなぁ。でも悪い感じでもなさそう?
そう、どこか他人事のように思っていたのだが、扉が勢いよく開いた瞬間、他人事ではなくなったのを悟ったのだった。
「ここですわね! 噂の旅人が居るという宿は!」
「……は?」
「気を付ける余地も無かったねぇ」
金髪の髪と薄紅色のドレスを揺らし、声高々と現れたその人は、ぱっちりとした碧の瞳で宿の中を見渡す。
その後ろには従者らしき男性とラルズさんが申し訳なさそうな顔をしていて、一体何が起きたのかと呆然とする私の横ではゲルダさんが呆れたように溜息を吐いていた。
えーっと、いかにもお嬢様って感じの人ですが、一体どちら様でしょうか?




