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綴る指先



「どうだ?」


「一応、立てるみたい、です……わっと!」



 あれからしばらくして、丁度森と平原の境界を越えた辺りだろうか。

 街が見える開けた場所に出たので、試しに地面へと降ろしてもらってみたものの、私の腰はまだ治ってくれていないらしい。

 二歩ほど足を動かした所でかくんと力が抜けてしまい、すぐさまクラヴィスさんに抱き留められた。



「歩くのはまだ無理そうだな」


「ですねぇ……」



 クラヴィスさんに支えてもらってどうにか体勢を整える。

 んー、立てなくなはいけど、正直結構厳しいかもしれない。

 ちょっとでも気を抜くと、またがくっと倒れちゃいそうだ。

 最早クラヴィスさんの手を借りてないと不安だもんね。これって立ててるって言えなくない?


 情けない体たらくに思わず小さく溜息を吐き、改めて街の方へと視線を向ける。

 この状態で行くとしたら、街に辿り着くまでに日が沈むどころか朝日が昇ってしまうだろう。

 討伐の同行は完了したようなものだし、特に急ぐ理由は無いけれど、だからと言って野宿したいわけではない。

 となると、これはもうしょうがないかぁ……。



「それで、良いな?」


「……お手数おかけしますぅ」



 クラヴィスさんの声かけに、私は諦めてクラヴィスさんの首へと腕を回す。

 少しの間だけ開いていた距離が再び縮まり、背中と脚に腕が回される。

 そして再度私を抱え上げたクラヴィスさんは、すっかり慣れた様子で街へと歩き出した。


 そうです。無駄な抵抗をしていたのはこういう事です。

 だって森の中もずっと運んでくれてたのに、ここから更に街まで運んでもらうって流石にじゃん?

 クラヴィスさんも疲れてるだろうし、自分で歩けるならそれに越したことはないじゃん?

 だから歩けるか試してみたのだけれど、こうして横抱きに戻ってしまったのである。申し訳ねぇ……!



「あの、無理せず休んでくださいね……?」



 距離から考えるに、少なくとも後三十分ぐらいは掛かるはず。

 いくら鍛えていると言っても限界はあるだろうと、至近距離の顔を覗き込む。

 けれどその顔には疲れの色は一切無く、あれ、と違和感を感じていたら、周囲に聞かれないよう耳元で囁かれた。



「……龍が補助してくれている。問題無い」



 なんといつの間にかアースさんが魔法で補助してくれていたようだ。

 途中で誰かと交代してもらうべきかと考えたりもしてたけど、それなら大丈夫そうかなー。

 というかそんな事ができるなら、魔法で治せたりしないのかしら。できないからこのままなんだろうけど。



 そうして少しでも無理していないか時折確かめつつ、日が暮れ始めた頃。

 結局私はずっとクラヴィスさんに抱えてもらって街へと帰り付いたのだった。うーん門番さんの目が痛いね!


 兵士達が帰って来たのも合わさって、門番だけでなく街の人もこちらに注目が集まり始めている。

 そのため兵士達がぞろぞろと門をくぐっていく横で、クラヴィスさんの肩をぽんぽんと軽く叩けば、私の言いたい事はちゃんと伝わったようで、ゆっくりと石畳の地面へと降ろされた。

 久しぶりの地面に一瞬足元がふらついたが、今度はクラヴィスさんに抱き留められる事なく立てている。

 この様子なら立てるまでは回復してそうだなぁと自分の体を確認していると、ラルズさんがこちらへと駆け寄って来た。



「エディシアさん、クラウンさん。

 報酬の件で一度詰所の方に来ていただきたいのですが……どうしましょうか。また後日にしますか?」


「……エディシア、歩けるか?」


「そうですね……誰かの支えがあれば、なんとか?」



 物によるそうだが、魔物の素材にも鮮度があると聞く。

 早めにこちらに渡す素材を決めて、残りをどうするか決めてしまいたいんだろう。


 クラヴィスさんに問われ、試しにその場で二、三歩歩いてみる。

 一応は歩けるけど、ちょっぴり不安かなーって感じだね。

 たまに足がふらっとしちゃうや。転ばずに一人で歩ける自信はあんまり無いです。



「なら君はディーアと先に宿へ帰っていろ。話は私がしておく」


「……そう、ですね。お願いします」



 この状態の私が居ても邪魔になるだけだ。

 それなら先に宿で休んで回復に努めていた方が良い。


 それに魔物の素材もそうだが、報酬金に関してもこの時代の価値観を良く理解しているクラヴィスさんの方が適任だろう。

 ラルズさんはそういう事しなさそうだけど、もし多く要求しちゃったら上層部とかが圧掛けてきてもおかしくないもんなぁ。

 少なく要求しても、それはそれで下に見られて面倒事押し付けられるかもしれないし。交渉って大変なんだよねぇ。



「寄り道せずに、真っすぐ帰るんだぞ」


「はぁい」



 多分、私が気にしないよう冗談っぽく言ってくれてるんだろうなぁ。

 まるで子供に言い聞かせるような言葉にへらりと笑って頷き返す。

 そしてラルズさんに促され詰所の方へと向かうクラヴィスさんを見送って、私はディーアの手を借りながら宿への道をゆっくり歩き出した。




 よたよた、よろよろと覚束ない足で宿の扉を押し開ける。

 カランカランとドアベルが鳴り、キッチンの方からゲルダさんが顔を出したのに軽く手を振った。



「ただいま戻りましたー」


「おかえり。あれ、クラウンは?」


「ちょっと別行動です」



 いつものように話ながら歩いていたのだが、私の歩き方が変だったからだろう。

 ゲルダさんがふと私を凝視したかと思うと、心配そうに駆け寄って来てくれた。



「もしかして怪我したの? 大丈夫? 椅子持って来ようか?」


「大丈夫ですよー怪我ってわけじゃないので」



 片手で適当な椅子を掴み、こちらまで運ぼうとしてくれているゲルダさんにゆるゆると首を振る。

 気持ちは有難いけど、今座ったら自力で立てる気がしないんだよね。

 というか自分で言っておいてなんだが、腰が抜けたって怪我に入らない認識で良いんだろうか。

 ディーアをちらりと見れば、少し迷った後、困った顔で頷かれた。じゃあ無しでいっか。



「大丈夫なら良いんだけど……何はともあれ、お疲れ様。

 夕食までここで休んでるかい? 部屋に行く?」


「そうですねぇ……荷物もあるし、一旦部屋に戻ろうかなぁ。

 夕食が出来たら呼んでもらっても良いですか?」


「あぁ、何だったら運ぶから、遠慮なく言っておくれよ」


「ありがとうございます」



 荷物ぐらいディーアに置いて来てもらっても良いのだが、持ち帰った薬草の中には早めに下処理をしておきたい物が幾つかある。

 時間的に夕食まで少し時間があるだろうし、待ってる間にちゃちゃっとやっておきたい所だ。


 問題はまだ脚がまともに動かせない事か。この脚で階段上れるかなぁ。

 そう私が階段に視線を向けて覚悟を決めていたからだろう。

 ディーアがぽんぽんと自分の肩を叩き、腕を差し出して来た。



「運んでくれるの?」


「……」


「それじゃあお願いします」



 コクリと頷いたディーアに手を伸ばすと、彼は持ってくれていた荷物を置いて私の前に屈みこむ。

 太ももの辺りにディーアの腕が回ったのを感じ、目の前の肩に手を乗せ体重を掛ければ、そのまま軽々と持ち上げられた。

 いやーまさか成長したこの姿でも片腕で抱っこされるとは思いもしなかったなー。



 子供の頃の姿と違って、自分の身長分の高さもあるからだろう。

 ぐんと高くなった視線と、間近に迫る天井がちょっと怖く感じるが、こればかりは仕方ない。

 少しでもバランスを取りやすいよう、ディーアに自分の体を寄せる。


 そのおかげか、一度で運べると判断したらしい。

 ディーアは置いていた荷物を持ち直し、しっかりとした足取りで階段を昇って行った。

 ぎ、ぎりぎり天井には当たらない、かな? ちゃんと縮こまっておかないと怖いなこれ。




 階段を上った所で降ろしてもらえるかと思ったが、そのまま部屋まで運んでくれるようだ。

 鍵の在処を聞かれ、ディーアが持ち上げた鞄の中から私の部屋の鍵を引っ張り出す。

 そのまま鍵を受け取り、器用に部屋を開けてくれたディーアは私を優しくベッドへと降ろしてくれた。



「……ごめんね。これなら大人しく待ってた方が良かったね」



 荷物も含めて重さも相当あったのだろう。

 近くの床に荷物を置き、珍しく深く息を吐いているディーア。

 その姿につい謝罪の言葉が溢れ出た。


 あの時クラヴィスさんに言われた通り、宿で待っていたらこんな迷惑はかけなかったはずだ。

 いくらアースさんが補助してくれてたとしても、手間をかけさせてたのは変わらない。

 助けに来たのに、助けられてばっかりで、申し訳ないなぁ。

 自分の情けなさに膝の上で手を握りしめていると、ディーアがそっと私の手を取った。



「ディーア?」



 元の時代の彼ならまだしも、この時代の彼から触れてくるなんて、どうしたのだろうか。

 驚いて顔を上げた私にディーアは首を横に振り、私の手のひらを優しく上に開かせる。

 抵抗する理由も無く、されるがままにしていると、ディーアは私の手の平に自身の指を一本乗せ、ゆっくりと滑らせ始めた。



『あなたがいたからあの方は気兼ねなく戦えた』

『魔法を教えるのなんて前までは考えられなかった』

『無理をする前に休むこともできた』



 丁寧に、ちゃんと伝わるように、ゆっくりと一文字一文字綴られるディーアの言葉。

 その言葉を一文字も取りこぼさないように、じっと見つめ、記憶し、噛みしめる。



『だからあなたが居てくれて良かった』



 そう、穏やかに微笑むディーアを見たのは、いつ以来だろうか。



「……ありがと」



 気を遣わせたかとも思ったが、丁寧に綴る言葉に偽りを乗せるだろうか。

 それに、何よりディーアの瞳は嘘を吐くそれではない。

 紛れも無い本心からの言葉だとわかるから、私はその言葉を静かに受け止めた。

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