翼が無くたって飛べるのさ
店主さん改めレイジさんを先頭に森の中を進んでいく。
案内を頼まれるだけあって、レイジさんの足取りは迷いが一切無い。
道なき道であろうとどんどん進んでいくものだから、周りを警戒しながら歩いている兵士達が大変そうなぐらいだ。
私はアースさんが守ってくれるからのんびり散策気分でいられるけど、彼等はそんなわけにはいかないからなぁ。
どこから魔物が出て来るかわからず、その上依頼した立場故に私達やレイジさんの命を預かっていると言っても良い。
だから私達が大丈夫だと言ったとしても、周囲への警戒を緩める事など許されないわけだ。
とりあえず、少しでも兵士達が守りやすいよう近くにいつつ、森の中を歩いていく事しばらく。
不意にレイジさんが足を止め、制止するように手で示した。
「居たぞ」
その言葉に兵士達の間で緊張が走る。
見れば茂みの奥、イノシシに似た魔物の群れが、食料を探しているのか地面へと鼻を押し付けていた。
恐らく縄張り争いをしている群れの一つなのだろう。
中には真新しい傷を負っている個体もいるのが見える。
群れにしては数が少なく感じるのは、縄張り争いに負けたからか。
初戦には丁度良い相手かなーと思いながら、私はクラヴィスさんと一緒に後方へと下がる事にした。
「全員、陣形を取れ」
ラルズさんの指示に従い、兵士達が前へと静かに展開していく。
基本的な流れとしては、兵士達が前衛を務め、囲って動きを封じた所で、後衛の魔法で一気に仕留める形で行くそうだ。
後衛は旅の魔導士という事になってる私達なのだが、兵士の中には魔法を使える人も居て、彼等も一緒に後衛を務めるという。
別にクラヴィスさんやアースさんがいれば囲ったりせずとも倒せるけれど、兵士達が動くには国の税金が使われている。
彼等の活躍あっての討伐でなければ、民から反感を買ってしまいかねない。
それに動き回る相手を狙うより、動きが止まった相手を狙う方が魔力の消耗も抑えられるらしいからね。
今回の主戦力になるだろうクラヴィスさんの負担がちょっとでも減るのなら、文句は言いませんとも。
一応いつでもレガリタを使えるように構えていたが、概ね上手く行ったらしい。
兵士達が魔物を囲って動きが鈍った所で、クラヴィスさんの雷と共に幾つかの魔法が飛んで行き、煙が晴れた後には魔物の死体が転がっていた。
「よし! やった!」
「良かった、上手く行った……!」
あの初々しさから察するに、初めて魔物を倒せたのだろう。
前衛の兵士達が喜んでいるけれど、私は喜びよりも何とも言えない感情が湧いて来ていた。
いやぁ……口が裂けても言わないけどさ……兵士達の魔法の威力、低すぎない……?
魔法を使えるって聞いていたから、もっと、こう、さぁ?
私の魔法に対する基準がクラヴィスさんとかアースさんだからだろうか。
あの魔法だと、当たっていたとしてもちょっと傷を負わせられる程度な気がする。
実際の所はどうなのかな。
周りの反応を窺うべくそろっと周りへ視線を彷徨わせれば、真っ先にクラヴィスさんと視線が合う。
どうやら私の感想は的を射ていたようだ。
あまり表情には出さない彼には珍しく、何とも言えない苦い表情で頷かれた。駄目そうですねーこれ。
「……少し良いか」
あまりの状態に指導を入れる事にしたらしい。
クラヴィスさんが魔法を使っていた兵士達に声を掛け、何かを説明し始める。
間近でクラヴィスさんの魔法を見ていたから、自分達の力不足は良くわかっているんだろう。
兵士達は真剣な表情でクラヴィスさんの指導を聞いていた。
本当はあまり関わらないようにしたいだろうに、つい世話を焼いちゃう辺りあの人らしいよねぇ。
時間的に大丈夫かなーとラルズさんの方を見れば、向こうは向こうで魔物から素材を剥ぎ取るのに苦労している兵士達へ手本を見せていた。
一から教えてるみたいだし、向こうの方が時間が掛かりそうだね。みんな頑張れー。
その後も魔物の群れに遭遇しては同じような流れで魔物を討伐していく。
そしてその度にクラヴィスさんの指導が入るのだが、その甲斐あって順調に上達しているようだ。
兵士達の魔法だけでも、集中砲火をすれば一体は倒せるようになっていた。
それでも指導はまだまだ必要そうで、前衛と後衛がそれぞれ指導している間、私はレイジさんと一緒に薬草を採取しておく事にした。
しばらく人が入れてないのもあってか、生えすぎちゃってるぐらい生えちゃってたからね。
適当に間引いておかないといずれ質が下がってしまう。
街に薬が足りていないのもあるし、取れるだけ取って行っちゃって問題無いってわけです。籠一杯詰めてくぞー。
「……む、蛇じゃな」
「びっ!?」
危機感なんて一切無いアースさんの声に、バッとその場を飛び退く。
見れば取ろうとしていた薬草の近くに深緑の蛇が居て、じーっとこちらを見ていた。
種類的に毒は無いけど、もうちょっと真剣に言って欲しかったなー! 好き好んで蛇に噛まれたくは無いよ!!
なんて言えない文句を心の中で言っていたら、徐にレイジさんが蛇を掴み、遠くへぶん投げてくれた。わぁパワフル。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとうございます」
「おぅ」
普段から採取に来ているだけあって、蛇なんて見慣れているんだろう。
別の場所にもう一匹居たようで、レイジさんは再び蛇を引っ掴み、遠くへと放り投げていた。剛速球だぁ。
私も慣れてる方だとは思うけど、あそこまで落ち着いて対処はできないねぇ……。
とにかく一旦逃げるよね。それから網とか取って来るわ。素手は無理だって。
「エディシア、どうした」
「クラウンさん」
どうやら私の声を聞いて駆け付けてくれたらしい。
少し息を切らしたクラヴィスさんの後ろにはディーアもいて、心配していると伝わる視線に思わず頬を掻く。
だって向こうまで私の変な声が聞こえてたって事でしょ。結構離れてたのにね。恥ずかし。
「いやーその、蛇と目が合っちゃって、ちょっとびっくりしちゃいまして。
レイジさんが投げ飛ばしてくれたので大丈夫ですよー」
「そうか……すまない、世話を掛けた」
「これぐらい大した事ねぇさ。お前さんらには兵士達の世話してもらってるしな」
なんか保護者みたいな話されてるのが気になるなー?
はっきりと聞いてないけど、時期的にクラヴィスさんの方が年下だと思うんだけどなー?
出会った当初に比べれば距離が縮まった結果なんでしょうけれど、一応年上の威厳という物がありましてですね。
一言文句を言おうかしら、とクラヴィスさんの顔を見た所で、そんな事はどうでも良くなった。
「……少し疲れましたか?」
「これぐらい問題無い」
そうは言うけれど、クラヴィスさんの顔色はあまり良くない。
魔物のほとんどをクラヴィスさんが倒していたようなものだから、それだけ負担が大きいのも当然だ。
森の規模は把握しきれていないけれど、まだ先が長いのは確かだろう。
これは一回休憩を挟んでもらった方が良さそうだ。
すぐにラルズさんへ休憩時間にしてもらえるよう頼もうとした時、兵士達がにわかに騒がしくなった。




