パンはやっぱり焼き立てだよね
翌日、ラルズさんは二人の兵士を連れて昼前に宿へとやって来た。
彼の話を要約すると、魔物討伐の決行は三日後の早朝。
集合場所は北門で、他にも一人協力者がいるそうだ。
なんでも森の案内を頼んでいるとかで、その話を聞いた時ちょっぴり安心したのは内緒である。
アースさんに見て来てもらったけど、それで全部把握できたわけじゃないからねぇ……。
地形とか生態系とか、そういった事に詳しい現地の人が一緒に来てくれるのはとても心強いってわけです。
手持ちの薬だけで足りそうではあるが、念のためディーアと二人、回復のポーションなどを作っておいて、当日。
まだ日も昇り切っていない薄暗さの中、漂う美味しそうな匂いに誘われるまま下の階へと降りて行った。
「おはよーございまーす」
「おはよう、先に食べ始めている」
「はーい」
早朝とあって他に人が居ないから、ディーアもここで食べているようだ。
先に朝食を取っていた二人に軽く手を振っていたら、カウンターにほかほかと湯気を立てている朝食が置かれ、ぺこりとゲルダさんに頭を下げた。
「朝早くからすみません」
「良いの良いの! どうせ仕込みで早起きはいつもの事だからさ」
いつもの事、というけれど、今は普通ならまだ準備中の時間帯だ。
それに恐らくこの様子だと、私達よりもっと早く起きてくれたんだろう。
それでも文句一つ言わず私達の朝食を用意してくれているんだから、本当に有難いよねぇ。
さて、ゲルダさんの優しさを無下にしないためにも、冷めないうちに食べなければ。
たっぷり入ったスープが零れないよう気を付けながらクラヴィスさんの隣へと座り、温かいパンに齧りついた。ふかふかだぁうまぁ。
「そういえば、帰って来るのは何時頃になるんだい?」
「状況次第ですねー……最低限、日が暮れる前には街に戻るそうですけど」
焼き立てのパンに内心興奮していたらゲルダさんから尋ねられ、ラルズさんの話を思い返しながら答える。
ただでさえ経験不足の兵士達だからなぁ。夜の森は危ないし、兵士達の体力的な問題もある。
問題解決に気が急いていると言っても、そこは冷静に判断してくれて本当に良かったよ。
「目途が付き次第街に戻る、とも聞いてるので、もしかしたら早く帰れるかもしれないです」
「そりゃあ早く片付くと良いねぇ。朝からずっと兵士と一緒なんて疲れちゃうでしょ」
「ですねぇ……」
討伐への緊張だと思うが、ラルズさんが連れて来た兵士達の空気は随分とひりついていた。
それに、私が女だからか「こいつも行くの?」みたいな顔してたからなぁ。
傍から見ても良い雰囲気とは言えない空気だったのは否定しませんとも。
何だかなぁとは思ったが、彼等も不安があっての事だろう。
だから気にしないように、とは思うものの、あの空気でずっと過ごすって思うと、ちょっとねぇ……。
仕事だと割り切るしかないよなーと思いつつ、アースさんがクラヴィスさん達の朝食を突いているのを視界の端に捉えながら、自分のスープに口を付ける。
普段アースさんも心置きなく食べられるようにと多めに注文しているからか、二人の朝食は大盛にされていたらしい。
半分ほど残っている二人の朝食が差し出され、ご機嫌そうに尻尾をゆらゆらと揺らしながら食べ始めたアースさんに、反応してはいけないとわかっているのに苦笑いしてしまう。
ゲルダさんが何も言わないって事は幻影を使っているんだろうけど、大胆すぎません?
好き勝手に食べているが良いのだろうかと二人に視線を向けるが、気にしていないらしい。
クラヴィスさんは静かに飲み物を飲んでいて、ディーアに至っては食べやすいようにとパンをちぎってくれていた。もう介護じゃん。
「ごちそうさまでした。今日も美味しかったです」
「はいよ。ほら、これ持って行きな」
「はい?」
私が食べ終わる頃にはアースさんも全部食べ終わっていて、三人分の食器を軽くまとめてゲルダさんの所へと持って行く。
すると食器の代わりに布で包まれた何かが差し出されて、反射的に受け取ったものの軽いその中身がわからず小首を傾げた。
「そんな時間あるかわかんないけどね、外でも食べやすい物を用意しておいたから持って行って頂戴な」
「良いんですか?」
「街のために戦ってくれるってんだもの、これぐらいさせておくれよ」
「……ありがとうございます」
朝食を出してくれただけでも有難かったのに、お弁当まで用意してくれたようだ。
討伐にどれぐらい時間が掛かるかわからないし、この季節なら森にある物でも十分賄える。
だから別に良いかなーと思ってたんだけど、こんなの受け取る一択です。わーいお弁当だー。
「美味しいご飯作っておくから、ちゃんと帰って来るんだよ」
「はーい! 楽しみにしてまーす!」
帰ったら美味しいご飯が待ってるとか、最高じゃないですか?
こりゃあ頑張らねばと気合いを入れ直し、私達は宿を後にした。
北門へと向かえば、兵士達が揃っているからだろう。
少々物々しい空気が漂う中、こちらに気付いたラルズさんがこちらへと小走りで駆け寄って来る。
その際、私達が同行者の旅人だと気付いたのか、一気に視線が集まったけれど、気にせずにラルズさんへと会釈をした。
「おはようございます」
「おはようございます、今日は何卒よろしくお願い致します」
「こちらこそよろしくお願いします。
……人数はこれで全員ですか?」
「はい」
準備に慌ただしく駆けまわっている兵士達を見ながら聞けば、少し申し訳なさそうに頷かれる。
人手不足と聞いていた通り、確かに少ないなー。
ノゲイラじゃ騎士も居たからあんまり比較しちゃダメだろうけど、それでももう少し人員を割いていたはずだもの。
兵士は街の守り、といってもここは国境から遠く、周囲との領地ともそこまで関係が悪くない。
だから最低限の治安維持のための兵士以外は戦争に駆り出されているんだろう。
新兵だろう初々しさ満点の若い兵士達がそわそわとこちらを見ているのに、乾いた笑いが零れる。
まぁ、今回の場合は多すぎるとフォローし切れなくなりそうだから、むしろ少数の方が助かるのかなぁ。
なんて考えていると、後ろから聞き覚えのある声が飛んで来た。
「よぉ、やっぱり旅人ってのはアンタ達だったか」
「あれ、薬屋の店主さん? もしかして案内人って……」
振り返ればそこにはコリンさんに拳骨を落としていた店主さんが居て、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
その肩には大きな斧を担いでいて、どこか納得しながら尋ねれば、すぐに頷かれた。
「俺の事だ。北の森には昔から薬草取りに行ってたからな。
見ての通り腕っぷしもそれなりにあるから自衛もできるってんでよ、今回の案内人を頼まれたのさ」
斧を持っていない手でぽんぽんと力こぶを叩く店主さん。
そっかそっか、見た目通り戦える調合師さんだったんですね。でっかい斧が良くお似合いですわー。
調合師としての腕も確かだし、これは頼もしい限りだねぇ。
なんて安心していたのだが、私達と店主さんが知り合いだとは知らなかったらしい。
ラルズさんは少し驚いた様子で店主さんを見上げていた。
「なんだ、知り合いだったのか」
「コリンの件でちょいとな。
改めて、南区でしがない薬屋をやってるレイジだ。よろしくな」
「そういえば名乗って無かったですね。
私はエディシアと呼んでください。こちらはクラウンさんとディーアです」
今更ながら自己紹介を交わしつつ、差し出された硬く大きな手を握り返す。
いや、見た目からうん? って思ってたけど、手にめっちゃ剣ダコありますね? これで本業調合師って本当ですか?




