苦手でも頑張れるのは
「では、引き受けてくれると……?」
「ただし条件の一つとして、討伐で得られた魔物の素材を譲ってもらいたい。
何、全てとは言わん。こちらが必要な分を融通してくれればいい」
「その程度であれば幾らでも」
こういった条件が提示されるのは事前に織り込み済みだったんだろう。
クラヴィスさんの出した条件に、ラルズさんは迷い無く了承する。
「まだ詳細が決まっていないので……詳しい内容は明日にでもお知らせします。
皆さんはどこに滞在しておられますか?」
どうやら彼等は相当急いで話を進めているようだ。
普通、魔物の討伐には戦力の確認やら準備やらで話を進めるのにもそれなりに時間が掛かるのに、明日にはこちらに詳細を伝えられるまで詰めるつもりらしい。
急いては事を仕損じるというけれど、そうしなければならない事情でもあるのだろうか。
私が感じているよりも街の状況は悪いのかもしれないなぁと思いつつ、問いかけに答える。
「この近くにある『星の樹』という宿にいますよ」
「あぁゲルダさんの……わかりました。また改めて伺います」
コリンさんを知っているならゲルダさんの事も知っているか。
私が店の名前を告げればすぐに納得したように頷き、ラルズさんは一礼して去っていく。
そしてその背中が完全に店から消えた所で、それまで黙っていたコリンさんが申し訳なさそう頭を下げた。
「なんか、すみません……知らないフリとかしておいた方が良かったですかね……?」
多分、兵士の詰所に魔物の事を話しに行った時から、私達があまり兵士と関わりたく無さそうだと気付いていたんだろう。
さっきのだってお世辞にも良い雰囲気とは言えない空気だったしなぁ。
自分でもちょっと表情硬かった自覚があります。バレないようにって思うとどうしても緊張しちゃうんだよ。
気遣わせてしまったけれど、こちらの事情にコリンさんを巻き込むつもりは無い。
だからコリンさんが気にしないように、へらりと笑ってみせた。
「ちょっとお仕事探さなきゃなーって思ってましたから、大丈夫ですよー。
それに、あの様子だとそう簡単に諦めないと思いますし。
もし知らないフリしてたらそれこそ兵を挙げて探されてたかも?」
「兵に追われるのは困るな」
冗談交じりにけらけらと笑う私に続き、クラヴィスさんも頷く。
意識してくれているのか、その雰囲気はいつもより明確に柔らかく、まだ気にしているらしいコリンさんへ視線を向ける。
「そう気にしなくて良い。こちらにとっても都合の良い話だ」
「……それなら良いんですけど……」
私達の言葉にコリンさんは眉を下げて頭を掻く。
明らかに訳アリな私達だ。完全に気にしない、なんて難しいだろう。
抑え込んではいるようだけど、ちらちらと向けられる視線から見え隠れする好奇心に、見かねたロバートさんがわざとらしく咳払いしていた。
まだ打ち合わせが途中でしたもんねー。さっきのは無かった事にして、世間話しながら待ってまーす。
途中来訪者があったものの、それ以外は概ね滞りなく進んだらしい。
びっしりと文字や数字が書かれた何枚もの羊皮紙を手に、やる気に満ち溢れているロバートさんに前金を払う。
オーダーメイドだから覚悟はしていたけど、それなりに高額な出費にちょっとびっくりしたのは内緒です。
いやーゲルダさんに宿代を割り引きしてもらえてて良かったナー。
コリンさんの奥さんの様子も気になるけれど、今日はもう日が暮れ始めている。
そのためコリンさんの家にはまた今度お邪魔する約束をして、私達は宿へと戻った。
「あ、おかえり三人とも。
ん……? なんか、疲れてるかい? 夕飯早めに用意しようか?」
「あはは……お気遣いありがとうございます。ちょっと色々ありまして」
夕食の支度をしていたんだろう。
厨房から顔を出したゲルダさんは、私の顔を見て何かを察し、気遣うように訊ねてくる。
あったとしても些細な変化だったろうに、良く人を見てる人だなぁ。
とはいえ、場を借りる事になるんだろうし、明日の事は言っておかないと。
急に兵士が来たら心配になるだろうし驚かせたくもないので、明日ラルズさんが来る事を伝えれば、ゲルダさんは包丁を持ったまま固まってしまった。
昨日街に来たばっかりの旅人だし、一体何したの? ってなっちゃうよねぇ。
コリンさんが同席していても気にせず話していたから別に良いだろうと、詳細を説明すれば、納得してもらえたようだ。
ゲルダさんは包丁は持ったままホッとした様子で頷いていた。
あの、別にゲルダさんが戦うわけではないので、包丁は置いてて良いですからね? 木べらだったら良いわけでもないです。
サービスで飲み物までもらって、買った物を置きにクラヴィスさん達の部屋へと向かう。
入れ違いしちゃったら面倒だし、明日はラルズさんが来るまで宿で待機かなー。
クラヴィスさんも魔道具作りを進めたいだろうし、丁度良かったのかもねぇ。
「さて、ワシはちと森を見て来ようかのぉ。
あやつらの話だけでは情報が足りんかもしれんし」
「ん、行ってらっしゃーい」
今日はもう外出しないだろうから、私から離れても大丈夫だと判断したのか。
クラヴィスさんが買って来た物を整理し始めたのを見て、アースさんが私の肩から飛び上がる。
そしてクラヴィスさんの背中へちらりと視線を向けたのに、黙って頷きながら手をゆるゆると振った。
自分が居ない間は二人から離れるなって事だろうなぁ。
言われなくとも大人しくしてますとも。心配性なんだからもう。
夕飯までには帰って来てねーと声を掛け、窓を開けてアースさんを送り出す。
さて、待ってる間、私はディーアが作ってくれた薬の検品でもしようかなー。
色々作ってくれてたみたいだし、売れる物は売って、ディーアに使う薬の元手にしちゃおう。
ディーアにも手伝ってもらおうか、窓を閉じてディーアへ声を掛けようとしたその時、私より先にクラヴィスさんが口を開いた。
「君はここに残るか?」
「……へ?」
「討伐の事だ。荒事は苦手だろう」
唐突な提案を理解できずにいたけれど、言葉少なく告げられた内容にようやく頭が追い付く。
クラヴィスさんの言う通り、私はそういった事は苦手だ。
あの世界でも、この世界でも、どの時代でも。私は誰かに守られてばかりだった。
だからどうしても、戦う事に慣れずにいる。
私が行かなくたって二人なら大丈夫だろう。
そもそも私は結界ぐらいしか使えなくて、むしろ足手まといになりかねない。
大人しく留守番をしていた方が、二人も余計な気を遣わずに動けるはずだ。
私が残るならアースさんも私の所に残ると思うけど、それでも戦力としては十分だ。
怪我も無く、ちゃんと帰って来てくれるだろうと信じてる。けれど──
黙ってしまった私に、素材を整理する手を止めてこちらへと視線を向けるクラヴィスさん。
その表情には返事が遅い事への苛立ちなど一切無く、ただ優しい心配だけがあって。
私の頬は自然と緩んでいった。
「そうですね、苦手ですけど……傍に居たいから、一緒に行きます」
「……そうか」
ぶっきらぼうに、ただ一言そう頷いて、クラヴィスさんは作業に戻る。
けれど黒髪から覗く耳が少しだけ赤く染まっていて、私の頬は更に緩んでいったのだった。
多分素直にされるの慣れてないんだろうなぁ。そういうとこ年相応って感じするね。




