ふかふかは魔性の存在
パチリと開いた瞼。これ以上無くはっきりとした思考。
若干霞む視界は瞬きを繰り返せばすぐに晴れて、何も考えず射し込む光の元へと視線を向ける。
「ね」
窓の外、晴れ渡った空にさんさんと輝く太陽。
それは良い。天気が良いと気分も晴れる。けれど問題はその場所だ。
太陽が輝いているのは遥か頭上、空の真ん中、自分から見て真っすぐ上。
つまり時刻は真昼を示していて──乾いた喉で息を吸い込み、温かなベッドから飛び起きた。
「寝過ごしたー!!!」
「んぁ!? あー……おはようトウカ、良く眠れたようじゃな」
「うんおはよう! 寝過ぎたぐらいですごめんなさい!!」
どうやらアースさんも私を待ちながらうとうとしていたらしい。
私が飛び起きると同時、同じ様に飛び起きたアースさんに謝罪しながら手櫛で髪を梳き、急いで着替えへと手を伸ばす。
クラヴィスさん達と朝から街の散策に行こうねって言ってたのにー! 思いっきりやらかしたー!!
「ほんっとごめん! お腹減ったよね!? すぐご飯買ってくるから……!」
「クラヴィス達が取って来てくれたから大丈夫じゃよ。ちと落ち着きなさい」
「そんなの、落ち着いてられないですよー!!」
私が昼まで寝過ごした、という事は、アースさんは朝食抜きになってしまっているはず。
だから脱いだ服を投げ捨てながら着替えていたのだが、寝ている間にクラヴィスさん達がアースさんのご飯を取って来てくれていたようだ。
待たせた挙句、アースさんのご飯まで気遣ってもらってるよぉ……! 申し訳なさ過ぎるぅ……!!
持っている服の数は限られているため、きちんと洗濯した方が良いのはわかっているが、今はそんな事している時間は無い。
後でアースさんに魔法でどうにかしてもらえば良いもんね。とにかく急げ急げ! ハリーアップだ私ぃ!!
視界の端に散らかった部屋が映るが、今は何もかも放っておき、どたどたと部屋を飛び出て二人の部屋へと駆け寄る。
そのまま勢いよくノックをすれば、短い返事が返って来たので遠慮なく部屋の中へと飛び込んだ。
「ごめんなさーい! 寝過ごしたー!!」
開口一番、大きな声で謝罪をかまし、思い切り頭を下げる。
朝から何時間も待たせてしまったんだ。怒られるのも覚悟の上です。
そう、身構えていたのだが、クラヴィスさんは怒る素振りも見せず、ただ柔らかい眼差しを向けて来た。
「旅の疲れが出たんだろうよ。構わない」
「優しさが身に染みるぅ……本当にごめんなさい……」
「気にするな。こちらはこちらで有意義な時間を過ごしていた」
「へ? あ、調合してたんですか」
有意義な時間と言われて小首を傾げつつ部屋を見れば、テーブルには調合道具と薬草が広げられていて、薬の匂いが部屋の中を漂っている。
ディーアの方に道具が集まっているのを見る限り、調合していたのはディーアなんだろう。
私と目が合ったディーアはにこりと微笑んで静かに頷いていた。
ディーアも全然怒ってないみたいだね。二人共優しすぎじゃない? この二人の甘やかしは昔からなの? もう身内判定してくれてるみたいで嬉しいね!?
「時間があるなら練習しておいた方が良いと思ってな。
調合道具や薬草は君の荷物から勝手に拝借した。
一応言っておくが、彼に取ってもらっただけで部屋には入っていないぞ」
「それは、はい、薬草とかは皆の物なんで、好きに使ってもらって大丈夫です」
恐らくディーアではなく、クラヴィスさんの発案だろう。
ディーアが少し申し訳なさそうに軽く頭を下げ、彼と呼ばれたアースさんが緩く尻尾を振るのを見つつ、こくこくと頷き返しておく。
確かに調合の練習をするのは有意義な時間潰しの仕方ですね!
私を叩き起こすっていう選択にあったろうに、寝かせて頂いて本当にありがとうございます!!
薬草は皆の協力あって集められた物だし、調合道具に至っては元はディーアの物だ。
未来とはいえ元の持ち主が使うのだから、むしろ当然の事といっても良いぐらいだ。
というかディーアが調合するなら見たかったなー、なんて。
元の時代じゃいつも見てたからか、ディーアが調合してるとこ見ると、何だか落ち着くんだよね。
まだ覚えたばかりで少し頼りない手付きだけれど、ディーアの才能はこの時代から花開いている。
その証拠に、今も調合した薬を軽く見ただけだが、どれもきちんと出来上がっている。
薬草や天気の状態によっては微調整が必要で、その感覚掴むまでが大変なはずなんだけどねー。
調合をするようになってたった数か月でもうその感覚を掴んでるんだから、末恐ろしい話だよ。
流石ノゲイラ一の調合師。本人の努力も相まって急成長してるねぇ。
「っていうか二人なら気にせず入ってもらっても良いですよ?
鍵は龍さんが開ければ良いし、荷物も好きに見てもらって良いし」
「……君は危機感を覚えなさい」
呆れたように溜息を吐かれるが、特に改める気にもなれずへにゃりと笑って流す。
危機感、と言われても、私にとっては家族のような二人だ。
元の時代じゃ傍に居るのが当たり前だったし、この時代の二人ともずっと一緒に過ごしている。
部屋決めの時も言ったけど、一緒の部屋で寝泊まりとかしてたんだからあんまり気にならないんだけどなー。
そもそも二人が私に害を与えるなんて、全く想像がつかない事だ。
元の時代は元より、この時代でも自分が二人の保護対象な自覚はあります。
なんせ戦闘面はからっきし駄目だし、育った世界が違うのとお嬢様暮らしで世間知らずな自覚もありますし?
魔堕ちや毒の対処に私が不可欠だと思ってくれているのもあって、日々守ってくれてるなぁと感じてますとも。
そう、私が二人の傍を離れれば、二人は再びその命を脅かす病と毒に苦しむ事となる。
だからそうならないように、二人は私を守るしかない。私を害してはならない。
だから私は気にしてないし、そうである事を二人もわかっている。
ま、私自身、何があろうと離れる気は一切無いんですけどねー。
例えクラヴィスさんの魔堕ちが落ち着こうとも、ディーアが自分で薬を調合できるようになろうとも、私は二人の傍を離れない。
だから必要なら気にせず入って良いよって事だけ伝われば良いんです。そんな事で怒ったりしないって。
起きてから少し時間が経ち、色々と落ち着いたと体が認識したのだろう。
きゅるぅ、と私のお腹がそれなりに大きな声で空腹を訴える。
思わずバッとお腹を押さえたが、そんな事で鳴り響いた音を誤魔化せるはずも無く。
二人がぱちぱちと揃って瞬きしたかと思うと、生温かい視線を向けられた。うっわ恥ずかし!
「店主がいつでも軽食を用意すると言っていたが……」
「この時間ならもうお昼ですね……いやぁ……すっごい寝たなぁ……」
あははーと空笑いしつつ、熱が集まる頬をそっと手で隠す。
どうやら寝過ごした事はゲルダさんにも筒抜けのようだ。
そりゃそうだよね、昨日、朝から街の散策行くって話してたもん。
ここまで数日野宿だったし、自分でも気付かないうちに疲労が溜まってたんだろうなぁ。
それにベッドがふかふかだったから、余計にぐっすり眠れたんだと思う。
おかげさまでたっぷり眠れてすっかり元気です。睡眠って大事だね。
とにかく食事を済ませてから街の散策へ行く事になり、私達は食事を取りに一階へと向かった。
んー時間的に西区と、南区をちょっと見て回れたら良い感じかなぁ。寝過ごして無ければ時間に余裕があったんだけどなぁ……!




