拠点の確保は大事です
ある程度話がまとまった所で、コリンさんを通じて許可をもらい、軽く奥さんの様子を診させてもらう。
簡単な診察をさせてもらった感じ、予想通り毒性のある物を食べてしまった可能性が高そうだ。
どうも数日前に商人から買ったっていうキノコが怪しいんだよねぇ。
よく似た毒キノコがあって、昔から誤って食べてしまう人がいるって聞くし。
恐らくあの薬屋の店主も同じ予想を立て、解毒のポーションを処方したのだろう。
キノコの毒が原因なら、解毒のポーションは効果てきめんだもんね。早ければ明日には良くなってるよ。
後は安静にしているようにと念押ししておき、コリンさんと別れ、今度はゲルダさんの案内で宿へと向かう。
案内って言っても、仕事の合間に様子を見に来たと言っていた通り、歩いて数分の距離だったけど。
住宅地から商店の通りに出ただけでした。そりゃ様子も見に行けるわ。
「さて、文字は読めるかい? うちの決まりとかここに書いてあるんだけど」
「はーい読ませてもらいますねー」
宿についてすぐ、カウンターに置いてあった表を手渡される。
なるほど、どうやらここは食堂も兼ねているからか、食事も提供してもらえるようだ。
その分お値段は他の宿よりちょっと高めだが、これぐらいなら問題無い。むしろ食事付きでこのお値段ならお得じゃん。
決まりと言っても備品を壊した場合の賠償金など、ごく普通の物で、特に気になる所は無い。
これは良い宿を引いたなーと部屋を決めようとした所で、意見の相違が現れてしまった。
「じゃあ四人部屋で」
「店主、一人部屋と二人部屋を頼む」
「なんでぇ?」
私の発言を訂正するように、クラヴィスさんが私を後ろへと追いやる。
ディーアもクラヴィスさんと同意見のようで、後ろに行った途端押さえ込むように優しく肩を掴まれたかと思うと、ゆるゆると首を振られた。
ちょっとー! お財布握ってるの私なんですけどー!
「二部屋取るより四人部屋の方が安く済みますよー!?
数ヵ月は泊まるんですから、節約できるとこは節約しましょうよー!」
「……あのな、君は女性なんだ。男女で部屋を分けるのは当然だろう」
「今まで一緒の部屋で寝泊まりとか何回もしてたのに?」
「それは分けられるほど部屋が無かっただけだ」
確かにあの小屋を始め、道中で泊まった宿はこじんまりしてたり、ただの民家に泊めてもらったりで、一室しか取れないのが当たり前だったけどさぁ。
ここは仕切りも出してくれるみたいだし、気になるならアースさんが防音や目隠しの魔法だってしてくれる。
だからそこまで気にしなくても良いと思うのだが、クラヴィスさん達的には大いに気になるようだ。
「費用が気がかりなら私達で魔物を狩って稼いで来よう」
「本調子じゃない人達に無理はさせられませーん」
さっき魔法を使って暴走しかけてた人が何を言うか。
ディーアだって軽い運動は良いとしても、命がけの戦いとか主治医として許せるわけないでしょーが。
それに節約したいと言っても、道中クラヴィスさん達がリハビリ代わりに魔物を狩ったりしてそれなりに稼いでいるので、わざわざ危険を冒すほど切羽詰まってはいない。
どうせ薬草は採取しに行かなきゃだし、その時に多めに採って来れば十分だろう。
何なら私がアースさんと一緒に魔物を狩って来たって良いもんね。病人は大人しくしててくださーい。
とはいえ、基本私任せにしてくれていたクラヴィスさんがここまで言うんだ。ここは部屋を分けておいた方が良さそうか。
もし一緒の部屋にした場合、気を遣って精神的に負担が掛かり、魔力の暴走を引き起こす、何てこともあり得なく無いし。
今まで一緒だったから大丈夫そうだけどさ。クラヴィスさんの安全第一で行っとこう。
そう、ゲルダさんに部屋を頼もうとしたのだが、その前にゲルダさんが困ったように口を開いた。
「ちょっといい? うちとしては金を取る気は無かったんだけど……」
どうやらゲルダさんは私達を無償で泊めてくれるつもりだったらしい。
普通なら嬉しい言葉だが、今回の場合それはあまりよろしくない。
「それは駄目です。ちゃんと払います」
「でも、アンタ達はコリンの命の恩人なんだ。お礼としてそれぐらいさせてよ」
「数日ならまだしも、数か月も泊めてもらうんですから、タダで泊まったら相当な赤字になっちゃいます。
生活が掛かってるんですから、そういうのはやめておきましょう。私達も気を遣ってしまいます」
いくら食堂も経営していると言っても、私達三人分の赤字は間違いなく負担になってしまうだろう。
見た所それほど経営が苦しいわけでは無さそうだが、戦争の影響で物が手に入りにくくなり、物価も高くなっている。
そんなところに更に負担を掛ければ、今は大丈夫でも段々苦しくなっていってしまう。
三日とか短い期間だったらこっちも遠慮なくお願いしてたかもしれないけどねー。
春までってなると最低でも三か月は泊めてもらうわけだから、それだけの赤字を抱えさせるのは流石に申し訳ないよ。
「そりゃそうかもしれないけど……でも、ねぇ……」
しかし、ゲルダさんはそれぐらいしないとお礼にならないと感じているらしい。
これで後で余計な気を遣わせて過剰なサービス、とかなったらそれこそアレだよねぇ。
「んー……じゃあ、少し値引きして頂くのはどうですか?
それなら私達も助かるし、ゲルダさんもそこまで痛手にはならないですよね?」
「……本当にそれで良いの? タダでも良いんだよ?」
私なりの妥協案を提案すると、ゲルダさんは瞬きを繰り返し、眉を下げて最後の確認をしてくる。
多分、助かるけどそれだけで良いのかなって感じかなぁ。
そんなゲルダさんに、今度は私が眉を下げた。
「正直、こんな見るからに怪しい旅人を受け入れてもらえただけでも有難いぐらいなので……。
違う町では宿の方に断られたりした事もあるんですよねー」
私は髪色を変えられるからフードを取っているけれど、クラヴィスさんとディーアは隠したままだ。
それぞれ事情があるのだが、やはり頑なに顔を隠している旅人なんて気になってしまうというもの。
探りを入れられたり、直球で聞かれたりと、人によって様々ではあるが、拒絶されるのも珍しくはなかった。
あの時はディーアのフードの下を見たとかで断られたんだよなぁ。
確かに毒のせいで肌が爛れているが、呪いや病などでは無く、人に移るような物でもない。
そう説明しても、見た目が不快だとか、他の客に迷惑だとか言われて追い返されてしまった。
ディーアは気を遣って布や髪で隠してて、無理矢理覗き込んで来たのはあっちだったのにさ。失礼しちゃうわ。
「あー、たまにそういう店あるよね。
アタシも驚きはしたけど、そういう事情なら仕方ないってのに、酷い話だよ」
そういう前例があるので、ゲルダさんにも軽く説明をしたところ、彼女はあまり気にしない質らしくすんなりと受け入れてもらえた。
命の恩人の立場を利用して断られないようにしようとも思ってたんだけど、そんな事しなくて済んで良かったです。
そうして一人部屋と二人部屋を取らせてもらい、一旦部屋の確認をするためにそれぞれの部屋へ別れる。
食堂がメインだというのは本当らしく、各部屋に人数分のベッドと小さなテーブル、椅子がそれぞれ置かれただけのシンプルな部屋となっているようだ。
それでも過ごしやすいようしっかり手入れしているようで、軽く触れたベッドは思わず吸い込まれてしまいそうなほどふかふかだった。最高じゃん。
さて、今日はもう日が暮れてるし、宿でのんびり休ませてもらうとして、明日は軽く観光がてら街を見て回ろうかなー。
そう明日からの予定を考えながら、クラヴィスさん達の部屋へ突撃した。おーこっちのテーブルは一回り大きいんだ。




