姉は強し
丁度薬の調合が終わったんだろう。
店の奥から物音がし、全員がそちらへ視線を向けると同時、店主がカウンターへと戻って来る。
その手には瓶になみなみと入った解毒のポーションと解熱剤が握られていて、コリンさんへと押し付けるように手渡された。
「ほら、約束の解熱剤と解毒のポーションだ。これを飲ませて様子を診てろ。何かあればすぐ呼べよ」
「あ、ありがとう!」
渡された薬を大事に抱えたコリンさんは、弾かれるように店の外へ向かったけれど、扉を開けた所でつんのめる勢いで足を止める。
そしてそわそわとした様子でこちらを見ていて、そのわかりやすすぎる彼の心情に思わず苦笑いしてしまった。
念願の薬を貰えたから、今すぐにでも奥さんの元へ行きたいけど、案内中の私達を置いて行くわけにはいかないってなったんだろうなぁ。
私達としてもコリンさんに置いて行かれると困るので、店主へと会釈をしてコリンさんの後を追う。
しかし、その店主から呼び止められ、今度は私が躓きかけた。あっぶね。
「旅人さんよ」
「っ、はい?」
「あー、急いでるとこ呼び止めて悪いな。
コリンが世話になったみてぇだし、なんかあったら来てくれや。
生憎この状況だ。ろくな薬は作れねぇが、傷薬ぐらいなら売ってやれるからよ」
「でしたら、私も多少薬を扱いますから、薬草の取り引きなどでお世話になっても?」
「なんだ同業者だったのか。
そうだな、売るのは難しいかもしれんが、売ってくれるなら喜んで引き取らせてもらうぜ」
さっきのやり取りから窺える人柄から思うに、この人なら安く買いたたかれたりしないだろう。
街に着いて早々、こういった良さげな取り引き先が見つかるのはすっごい助かるなぁ。
また後で落ち着いてから顔を出させてもらおうと、もう一度会釈をしてから今度こそお店を後にした。
薬屋の店主と昔からの仲なだけあって、ご近所さんだったらしい。
店を出た途端、小走りで進むコリンさんを追いかけ、一つ角を曲がった所でコリンさんがとある民家へと入っていく。
路地の奥で、民家が集まっている場所だから、旅人がこの辺りにいるのは珍しいんだろう。
通りすがりの人が物珍しそうにこちらを見ていたけれど、軽く無視してコリンさんの家へとお邪魔しようとしたら、中から怒声が聞こえて来た。何事?
「コリン! アンタ、カミラちゃんを置いて何処ほっつき歩いてんのよ!!」
「姉ちゃん!? なんでいんの!?」
「店が落ち着いたから様子を見に来たのよ……!
そしたらアンタは居ないし、カミラちゃんもどこ行ったかわからないって言うし……! アンタはいっつもそう!」
「ぐへぇ!!」
どうやら留守の間にコリンさんのお姉さんが来ていたようだ。
見ればコリンさんに似た釣り目の女性が、コリンさんへと拳を振り切った後だった。
本日二度目の拳骨はお腹へとクリーンヒットの模様です。痛そう。
というかコリンさん、奥さんにも何も言わなかったんだね。本当に後先考えずに行動しちゃったんだなぁ……。
心配して様子を見に来たら、弟が病気の妻を置いてどっか行ったってなったらそりゃ怒るよねぇ。
一発殴って多少すっきりしたらしい。
全身で深く息を吐いたお姉さんがゆっくりとこちらを向き、目と目が合う。
見知らぬ人間が家に入って来ているのに驚いていない辺り、殴る前から私達の存在を認識はしていてくれたんだろうか。
怪しまれてそうだなーと思いつつとりあえず軽く会釈をすれば、同じ様に会釈を返された。
「……貴方達はどちら様でしょうか。この辺りじゃ見かけませんけど」
「ただの旅人です。コリンさんとは街の外でお会いしまして、縁あって案内してもらってました」
「街の外……? アンタまさか外に薬草を取りに……!?
魔物は!? 街道沿いの森に住み着いてるって話だったわよね!?」
「お、追いかけられたけどこの人達に助けてもらって……」
「追いかけられたぁ!?」
「そ、そうそう! エディシアさん達宿を探してて、姉ちゃんの宿に泊めてあげてほしいんだ!
俺の命の恩人だからさ! 頼むよ!」
是非とも怒られて欲しいので、軽く告げ口のつもりで経緯を話せば、上手く察してくれたようだ。
お姉さんはすぐさまコリンさんへと詰め寄るが、コリンさんもこれ以上は怒られたくないのか、明らかに話を逸らそうとする。
まぁ、宿も大事なんですけどね。お姉さんに繋げてくれるのは助かるんですけどね。今じゃなくても良かったかなーと思いますね。はい。
言いたい事は色々あるけれど、命の恩人だと言われて後回しにするわけにもいかなくなったんだろう。
お姉さんは数秒固まった後、深く溜息を吐き、一呼吸してからこちらを向き直った。
「弟を助けてくださり、本当にありがとうございます。
そういう事なら、是非うちに泊まって行ってください。
アタシはゲルダ。『星の樹』っていう食堂兼宿の店をやってます」
「私はエディシア、こちらはクラウンとディーアです。
あの、できれば春まで泊めて頂きたいのですが、可能でしょうか?」
「あぁなるほど、もちろん大丈夫ですよ。
うち、食堂が主で宿のお客さんはそんなに居ないんで、気にせずゆっくりして行ってください」
「ありがとうございます。お世話になりますね」
色々とアレな感じではあるけれど、無事に宿の確保ができたのは確かなので、ホッと一息吐く。
これでしばらく野宿の心配しなくて済むぞぉ……!




