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痛みはいつまでも

 いくら表に出ておらず、顔を見た事のある人が少ないと言っても、今国中で話題になっている第三王子だ。

 例えただの名前だとしても、その音はどうあっても耳に残ってしまうという物。


 名前を知っている人は大勢おり、行方を捜す人々の中には、様々な思惑が入り混じっている。

 しかも片やその美貌で目立たないように、片や爛れた肌で目立たないようにと、クラヴィスさんとディーアはそれぞれの理由からフードで顔を隠している状態だ。

 見た目で怪しまれるのは勿論の事、名前を聞いてもしかして、なんて探りを入れられるような破目になったら厄介この上ない。

 というわけで、クラヴィスさんも私と同じく偽名仲間になったわけである。



 ちなみにクラウンという偽名を決めたのは私である。

 人前でクラヴィスさんの事を名前で呼ぶのは私だけ。そして間違えるのも私だけという状況だからねぇ。

 最初の二音はそのままにしておけば、間違えて呼びそうになってもどうにか誤魔化せるかなーって。

 実際、最初の内は頻繁に「クラ、ウンさん」ってなってました。どうも慣れなくってさぁ……。



「皆さん、ここからが南区ですよ」



 前を先導してくれていたコリンさんの声に、ふと周りを見渡す。

 ザイラは東西南北に設けられた門へと伸びる大通りに沿って、四つの区域に分かれている。

 この街を治め、この辺りの領主でもあるザイラ伯爵の邸宅がある北区。

 商人が気軽に商売をできるようにと、専用の広場が設けられた西区。

 ザイラの東側に広がる農地に近く、多くの住人が集まる東区。

 そして宿や酒場、鍛冶屋といった旅人向けな店が集まる南区。


 領主としての威厳を表すためか、富裕層が集まっている北区は許可が無いと入れないが、それ以外の区域は出入り自由になっている。

 前にこの街に泊まった時は北区の宿に泊まったっけなぁ。

 確かに、記憶にある北区の雰囲気と、他の区域の雰囲気は大きく違うように感じる。

 なんていうか、高級住宅街って感じだったもんなあそこ。ここは普通の街って感じでどこもかしこも賑やかだなぁ。



「でも、本当に良いんですか? 俺の用事を先に済ませて……」


「もちろん。私達も気になっちゃいますから」



 どうやら通り道に薬屋とコリンさんの家があるそうで、先に薬を調達をして奥さんの元へ向かう事になっている。

 コリンさんは恩人だからって気を遣って先に宿へ行くつもりだったみたいだけどねー。

 私としては奥さんの様子も診ておきたいので、その方が都合が良いまである。


 奥さんがどういった状態なのか不明なのもあってか、宿を後回しにするのはクラヴィスさん達も了承してくれている。

 それに、北門にコリンさんの知り合いの警備隊が居たおかげで、色々と話が早く済んだからなー。

 入門許可とか魔物の事とか、思ってたより早く話が進んで街に入れた上に、宿の確保もほぼ出来てるようなもの。だから多少遅くなっても問題無しってわけ。



 どこに何の店があるか軽く把握しながら、少し早足のコリンさんに付いて行く事しばらく。

 南区の西側と言った辺りだろうか。一つ路地に入った場所にその店は構えられていた。



「おっちゃん! 薬草持ってきたぞ!!」


「コリン!? お前どこ行ってたんだ!!」



 一見普通の家にも見えるけれど、コリンさんは躊躇なく突入し、店主だろう誰かの驚く声が聞こえて来る。

 えーっと、これは中に入っても大丈夫、だよね? 良く見たら小さいけど吊り看板もあるし、ただの民家じゃないんだよね?


 思わずクラヴィスさんと顔を見合わせたが、どんな薬屋か気になるのも事実。

 なので、開けっ放しの扉からそっと中を覗き見れば、筋骨隆々のおじさんがそこに居た。お、おぅ、こういうタイプの薬屋か。



「あの後警備隊に聞いたら、森へ行った奴なんか居ないって言われたから、てっきり諦めたのかと思ってたが……。

 そこの、旅人さんかい? その人達が同行してくれたんか?」


「あー、いや、その」


「……まさか一人で行ったわけじゃあないよなぁ?

 俺を魔物に襲われるよう唆した人殺しにしようとしたわけじゃあないよなぁ……?」



 ぎろり、と店主に睨まれたコリンさんがびくりと肩を震わせる。

 あーこれは、一人で行くなって言われたのに一人で行ったパターンか。

 そしてコリンさん、嘘が付けないタイプと。


 コリンさんがこちらに助けを求めるように視線を向けてくるが、それはそれ。

 にっこりと微笑んで静観を決め込むと、コリンさんは絶望したように顔を強張らせる。

 無茶をして死にかけてたのは事実なので、ぜひこってり絞られてくださーい。


 せめてもの慈悲に心の中で応援していたら、全てを察したのだろう。

 店主が呆れたように溜息を吐き、ドン、とわざとらしく大きな音を立ててコリンさんの意識を自身に向けさせた。



「おいコリン、その旅人さんとはどこで会ったんだ? あぁ?」


「街道で、お会いして……それで助けてもらいました……」


「それは行く途中か? 帰って来る途中じゃないだろうな?」


「か……帰る、途中です……」


「こン、の、馬鹿野郎が!! 魔物の目撃があったばかりだろうが!! 警備隊の奴らはどうした!!」


「行った! 行ったけど、人手足りないから無理って断られたんだよぉ……!」


「だからって一人で行くな! 嫁さん残して死ぬつもりか!!」


「ぃっっったぁ!!?」



 店主の至極真っ当な怒鳴り声と共に、重い拳骨がコリンさんの頭へと落ちる。

 うーん、あれは痛い。絶対腫れるね。そして数日は痛いやつ。

 それでも持っていた籠を落とさなかったのは、奥さんへの想い故だろうか。

 拳骨が落ちた拍子に籠から溢れた薬草を見て、店主はもう一度深く溜息を吐いた。



「ったくお前は……あの子の事になると昔っから考え無しに行動しやがる。

 まぁ良い、とにかく薬草を寄越しな。さっさと調合してやる」


「お願いします……」



 痛みに耐えながら差し出された籠を受け取り、店の奥へと入っていく店主。

 カウンターから見えるその場所には調合道具が置かれており、すぐさま薬草をすり潰し始めた。



 迷う様子も、手間取る様子も無く、工程も正しい手順を踏んでいる。

 店内の様子も軽く見た限り、ここはちゃんとした薬屋で間違いないだろう。


 たまにだが、調合師を詐称し、お金を騙し取ろうとする者がいるため、こういった確認は怠れない。

 ノゲイラの薬屋は知ってる所だったから警戒しなくて良かったけどさー。

 こういう来た事のない店だと、まず確認しなきゃなのがちょっと面倒だよねぇ。

 確認が済み、一安心していたら、コリンさんが申し訳なさそうに頭を下げてきた。うん? なんの謝罪だ?



「お見苦しいところをお見せしました……」


「あー、あはは、まぁ、ね? そりゃそうなりますよねーって感じと言いますか」



 まだ痛そうな頭に手を当て、涙目になっているコリンさんに思わず乾いた笑いが出てしまう。

 あの拳骨、手慣れた様子だったから、いつもの事っぽいよなー。

 とはいえ、良い大人が人前で拳骨を落とされるのは少々恥ずかしい物なんだろう。

 ちょっぴり恥ずかしそうにしているコリンさんに、クラヴィスさんが小さく溜息を吐いた。



「……君の行動が原因で、周囲の人間に深い傷を残す所だった。

 その事実をしっかり刻み付けておけ。そして繰り返さないようにしろ。

 残された者は、その傷を一生抱えて生きていかなければならないのだから」


「う、はい……誠に申し訳ございません……」



 ──そうだ、今のクラヴィスさんは、第二王子を──お兄さんを失ったばかりなんだ。

 淡々と、けれど重さを伴って告げられた言葉は、きっとクラヴィスさん自身が自分に刻み付けている事だろう。

 つきんと痛む頭の奥、蘇った記憶に瞬きを繰り返した。



 聞きはしなかった。質問するのも憚られた。

 だって私は、彼女の記憶を見た時に、その人の死を垣間見ていた。


 第二王子は彼女によって呪い殺された。

 その死をもって、呪いを兄と弟にも広めるよう謀られていた。

 でも彼は、自分だけ助かる方法があったのに、呪いを自分に閉じ込めて、兄と弟を守って命を落としたんだ。


 第二王子が呪い殺されたのは誰もがわかっていた。

 彼が自分の命を賭して兄弟を守ったのも、誰もがわかっている。

 だから誰も、彼を責める事はできない。善き人だったと称える事しか許されない。

 例え残された者に深い傷を残したとしても、生かされた側の人間は、恨み言一つ言えないまま生きていくしかない。



 些細な変化だ。コリンさんは気付きもしない、僅かな揺らぎ。

 だけど、ほんの少し、いつもより暗い色を宿したクラヴィスさんの瞳が見えて、黙ってその傍に寄り添う。

 触れはしない。でも傍に居る。ただそれでも、貴方の温もりになれたのだろうか。

 ちらりとこちらを見たクラヴィスさんの口元は、確かな柔らかさをもっていた。

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