旅は道連れ
雲一つ無い晴れ渡った空の下、のんびりと街道沿いを歩く。
見上げた太陽は少し傾いていて、そろそろ休憩にしようかなぁなんて考えた所で、視界に入った光景に声を上げた。
「あ! 見えて来ましたよ! ザイラです!」
「おー、やっとか」
あの小屋からここまで、随分と長い道のりではあったけれど、案外どうにでもなる物で。
領地の関門はクラヴィスさんの幻影で通り抜け、村や町に辿り着けば商人が護衛を探していたり、乗合馬車なんかもあったりと、想像していたよりもスムーズにザイラの近くまで来る事が出来た。
正直ずっと歩きかもって覚悟してたんだけどねー。気付けばクラヴィスさんが商人と話をつけてたりしてびっくりしました。これは経験の差だなぁ。
「しかし歩きとなると、まだ掛かりそうじゃのー」
「ザイラに行く人が居なかったからねぇ、しょうがないよ」
ふわふわと上空から距離を測っているアースさんの言葉に、思わず苦笑いが零れる。
歩いても良いけれど、馬車に乗せてもらえるならそれに越したことはない。
そのため一つ前の町で誰か乗せてくれないかなぁと手分けして探しはしたが、運悪く、少し前に商人達がザイラに向かった後だったらしい。
何でもこの街道で魔物の目撃があったとかで、皆で一緒に移動したそうだ。その方が安心できるもんなぁ。
そんな状況なので馬車等も出ておらず、次の機会を待つとしてもいつになるかわからない。
その上歩いて二日か三日、という距離なのもあって、じゃあ歩いちゃおうか、となったわけです。
例え魔物と出くわしても三人が返り討ちにしてくれるもんねー。
秋が近付いているからか、涼しい風や心地良い気温のおかげで長距離を歩くのもさほど苦に感じない。
何より二人が私に歩幅を合わせてくれてるのが大きいんだろう。
自然とそういう事しちゃうんだから、優しいよなぁ。
しかし私のペースだとザイラに着くまでに日が暮れてしまいそうだ。
宿を探す時間も考えたら、出来れば日暮れまでには着きたい。
ちょっと急ぎ足で行こうかなーと足を速めたのだが、それなりに疲労が溜まっていたからだろう。
ころん、と転がっていた小さな石に足を取られ、私の視界はいともたやすく傾いた。あちゃー。
「わっ、とっ、と!?」
慌ててバランスを取ろうと一歩、もう一歩と足が動かすが、上手く姿勢を保てず地面へと体が倒れて行く。
咄嗟に手を伸ばすが頼りのアースさんは空に居て、私の手は空を切る。
こりゃ駄目だぁと、現実逃避しながら痛みを覚悟して目を閉じたその時、空を切ったはずの手が、誰かに掴まれ引き寄せられた。
「ひょわ!?」
「……大丈夫か」
「あ、ありがとうございます」
私の手を掴んでくれたのはクラヴィスさんだったらしい。
斜めな視界で手の先を見れば、クラヴィスさんの黒い瞳とぱちりと目が合って、仕方ないとばかりに苦笑いが返された。
いやーお世話掛けて申し訳ない。申し訳ないんだけど、その、距離が近すぎますね?
支えるためだろうけれど、いつの間にか腰にも腕が回っていて、おかげで地面との衝突を避けられたのはわかった。
しかしその分、体が密着してしまっているわけで。顔が間近にありまして。
いくら耐性あるっていっても限度があるってもんなんですよ。若い頃でも顔が良いんだこの人は。
しかも苦笑いとはいえ、この時代では滅多に見せない笑顔まで付いていると来た。
この人は私の心臓を止める気なんでしょうかね? 助けてくれただけなのに、トドメを刺されそうですよ!?
クラヴィスさんに他意は無い。ただ、転びかけた私を助けただけ。それだけだ。
だから煩い心臓をどうにか抑え、支えを頼りに体勢を整える。
自分の両足でしっかりと立ち、そろりとクラヴィスさんを見上げれば、温もりは静かに離れて行った。
「そう急がなくて良い。怪我をされる方が困る」
「……はぁい」
どうやら私の考えはお見通しだったようだ。
優しく手を離されると同時、釘を刺されてしまい大人しく頷く。
初対面の時より態度が軟化してるのを感じて嬉しいんだけど、子供扱いされてる気がするのは気のせいカナー?
多分、今は私の方が少し年上のはずなのにね。
年上の威厳なんてどこにも見当たらないのは、私がこういった旅に慣れてないからだと思いたい。
なんて、いまだ残る温もりの熱さから思考を逸らしていたのだが、遠く聞こえた声に全員の意識がそちらに向いた。
「今の、悲鳴?」
「向こうだな」
風に乗って微かに聞こえたのは確かに誰かの悲鳴で、全員が顔を見合わせた次の瞬間、声の聞こえた方向へと走り出す。
街道の先、小高い丘を駆け上がり、目を凝らせばザイラの近くにある森から誰かと何かが駆けているのが見えた。
恐らく逃げているのは男性だろう。追いかけているのは熊に近い魔物か。
それだけわかれば、私たちの行動は早かった。
「龍さん!」
「うむ」
アースさんの体を掴み、空を飛んで一気に距離を縮める。
足が縺れたのか、男性は転んでしまいその場に倒れてしまう。
その隙を逃さず、振り上げられた魔物の手へ向けて、私は手を伸ばした。
「レガリタ!」
バチン、と白い光に阻まれた魔物が弾かれ、衝撃を殺しきれず後ろへ倒れる。
後はアースさんに、と瞬きをしたその刹那、紫の雷撃が背後から轟いた。
雷撃が魔物を貫き、轟音と共にその巨躯が地面に力無く崩れていく。
何が起こったのか、わかっていないのは追われていた男性だけで、私はすぐさま後ろを振り返る。
あれはアースさんの雷じゃない。
じゃあ誰のか、なんて私にはわかり切った事で。
少し離れた場所で胸元を押さえているその人の姿が目に入り、息を呑んだ。
「クラ──」
もしかして魔力が暴走したんじゃ。
思わず声を張り上げかける。けれどその名前は、その人が手を上げ制した事によって止められる。
どうやら少し揺らいだだけで、すぐに落ち着く程度らしい。
傍に残っていたディーアが手を振り先へ行けと指示を出していて、アースさんにも視線を向ければこくりと頷かれてしまう。
心配はあるけれど、本当に危なければアースさんが教えてくれるはず。
だから大丈夫だと言い聞かせて、私は倒れた魔物の前で呆然としている男性の元へと駆け寄った。




