幕間 微かな寂しさ
星が瞬き、夜の闇が広がる街道沿い。
辺りに建物など無く、静けさが支配する空間に小さく焚火の爆ぜる音が鳴り響く。
揺れる火を絶やさぬよう、ディーアが木を投げ入れたのを横目に、隣で無防備な寝顔を晒している彼女を眺める。
時折探るように動いているのは、寝心地の悪さのせいか。
今までの様子を思うに、こうして野宿などした事も無いのだろう。
慣れている私達とは違い、眠りに落ちるのすら苦労するはずだ。
落ち着いた呼吸と、閉じた瞼から恐らく眠りにはついているだろうが、酷く浅い物だろう。
その浅い眠りを少しでも守れるようにか、彼女の傍で温かな魔力を放ち、周囲に何かの魔法を使っている龍と呼ばれる魔物がこちらを見た。
「おなごの寝顔を不躾に眺めるのは良くないそうじゃぞ」
「……魔物だというのに、そういった気遣いまでするのか」
「……まぁ、ワシはこの子と何年も共におるのでな。良く怒られるんじゃよ」
「……本当に仲が良いのだな」
魔力の流れを見た限り、彼女と魔物に何かしらの繋がりはあるようだが、契約の類では無い。
従魔師でも契約獣でも無いというのに、人と魔物が共に在る。
本来なら信じがたい在り方だが、この一人と一匹にはそれが当たり前のようだ。
家族のように魔物と寄り添い、何か寝言を呟く名も知らぬ彼女。
その姿に、目の前で広がる血に対し、顔を強張らせ真っ青になっていた姿が過った。
──『帰りたくなってしまった』
念のためにと、守りに行かせたディーアから報告された、彼女が吐露した本音。
子供のように無邪気に笑うものだと思った。
慈母のような柔らかな笑みを浮かべるものだと思った。
ただひたすらに、私とは全く違う、平穏な世界の人間なのだと思った。
命の危険など縁遠い、穏やかな世界で生きて来たのだろう。
誰かに守られ、誰かを守る。そういった温かな世界を築いていたのだろう。
そんな人間が、見ず知らずの私達のために、心を削っている。
彼女は言っていた。『貴方達を助けるためにここに来た』のだと。
ならば彼女は【私達のためにこの世界に来てしまった】のだろう。
だから帰りたいと願っても、私達のために帰れない。
ディーアもその言葉を聞いて思う所があったのだろう。
報告する際、珍しく苦々しい表情を露わにしていたのを思い出し、視線を空へと逸らした。
毒はまだ残っているようだが、ディーアはもう十分回復した。
後は私の魔堕ちさえどうにかなれば、彼女は帰れるはずだ。
早く、一刻も早く魔堕ちを治さなければ。
彼女を在るべき場所へ帰してやらなければ。
帰りたいという思いを押し殺し、ここに留まる彼女に私が返せる事など、それぐらいだろうから。
──そう、夜空に浮かぶ欠けた月へ、私は誓ったのだった。




