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私は笑って、貴方の隣を歩くよ

 ほどなくしてアースさんも戻って来て、ここでのやり残しは何一つ無くなった。

 時間が経てば経つほどに、やり残しは増えてしまう。

 それに何より、これは哀しい別れでは無いのだから。



「……それでは」



 へらりと笑って次へと進む言葉を告げる。

 そして深く頭を下げるおばあさん達に見送られ、私達は小屋を後にした。




 村には近付かないよう、ヘティーク湖の周りをぐるりと迂回し、人の手など一切入っていないだろう木々の中を進んでいく。

 辺り一面木ばかりで似たような景色が続いているけれど、太陽や山の位置などを頼りにすれば方角を見失う事は無い。

 それでも念のため時折アースさんに上空から方向を確かめてもらいつつ、歩き続ける事しばらく。

 草木を掻き分けた先、南の関門へと続く道に出た所で一息吐いた。



「やっと、普通の道だぁ……!」


「少し休憩するかの?」


「するする。お茶にしましょー」



 いやー覚悟はしていたけど、やっぱり道なき道を行くのって大変だねぇ。

 ディーアが先頭に立ってくれてたし、アースさんとクラヴィスさんが魔法で道作ってくれてたけど、ちょくちょく枝に叩かれて地味に痛かったです。


 手近にあった大きな岩に腰かけ、鞄から用意していた飲み物を引っ張り出す。

 今朝淹れた物なのですっかり冷めているが、疲れた体には丁度良いだろう。

 人数分注いだコップがそれぞれに回った所で、お茶を飲みながら遠く、道の先へと視線を移した。



「さーて、これからどうしましょうかねー……」


「決めてなかったのか」



 私の発言にクラヴィスさん達が驚いているけれど、それも当然だ。

 だって言い出しっぺが何の考えも無いって白状したようなもんだし。そりゃ驚くよねー。



「南へ、っていうのは何となく考えてたんですけど、目的地とかはぜーんぜん。

 クラヴィスさん達はどこか行きたい街とかあります?」



 北部の冬は厳しく、療養が必要な二人には酷な物。

 だから出来るだけ南へ下るとして、後は滞在できる場所ならどこでも良いかなーとしか考えて無かったんですぅ。


 流石のアースさんも呆れているのか、頭の上で溜息を吐いているが、考えても見て欲しい。

 逆に言えばどんな所でもどうにかなると言うわけで、そもそも実際に行ってみないと滞在できるかもわからないわけで。

 孤立した小屋でもほぼ自給自足しながら療養できてたんだから、どうとでもなる自信しかないんだわ。私、この数ヵ月で逞しくなった自覚があります。



 強いて挙げるなら、私の希望は大きい街を目指すぐらいか。

 人の出入りが多いと見つかる可能性が上がってしまうが、人が多ければ紛れる事もできる。

 今のクラヴィスさんなら幻影で隠し通せるだろうし、何より薬が手に入りやすい所に居たいんだよねぇ。


 ノゲイラ以外の土地だと、どこに何の薬草が自生してるか把握しきれてない。

 ディーアに必要な薬の材料はどこでも手に入る物ではあるものの、土地勘の無い場所で採取するのは少々厳しい物がある。


 その点、大きな街なら必ず薬を取り扱っている店があるはず。

 基本は自分で採取して、足りない素材は買ってってすれば、そんなにお金もかからないだろう。

 その場合資金をどうするかが問題になってくるが、資金稼ぎの方法なんて探せば色々あるはずだ。

 何なら魔物を一狩りしに行っても良いもんね。アースさんに頑張ってもらおう。



「……それなら、西を目指したい」


「西、ですか」



 クラヴィスさんの言う西は間違いなく、ノゲイラの西ではなく、シェンゼ王国の西。メイオーラの事だ。

 今も戦争は続いており、魔堕ちのせいとはいえ、本人の意思とは関係無く戦場を離れてしまっている。

 責任感の強いこの人の事だ。早く戻らなければと考えているに違いない。

 ──でも、恐らく私が居る限り、この人は戻らないだろう。



 メイオーラとの戦争で、第三王子の行方不明になったのは、後に無月の戦争と呼ばれる戦いだけ。

 あの戦争は第三王子が戦場に戻った事により、終結へと進んでいった。

 だからクラヴィスさんは戦場へ戻らなければならない。戻らなければ戦争が続いてしまう。


 彼等が戻るのに、異を唱えるつもりは毛頭ないし、送り届けたいとも思っている。

 しかし英雄と同じ、異世界の人間が再び現れたなんて話は聞いた事も見た事も無い。

 だからきっと、私達は彼等があるべき場所に戻る時、傍に居ないのだろう。

 そして私達が居た事を誰にも悟られないように、誰にも勘繰られないように、二人は誰にも語らなかったんだろう。


 私と出会っても、私が過去で出会った異世界の人間と同一人物だとわかっても、ずっと黙っていた二人だ。

 素性を明かせないって言ったから、ずっと隠していてくれたんだろうなぁってわかっちゃうよねぇ。



「じゃあノゲイラを南下して……西部は戦争の影響も大きいだろうから、実際に入るのは魔堕ちが治ってからの方が良いよねぇ。

 どこかの街で冬を越してから西部に向かうのが良さそう?」


「そうじゃなぁ……今でも十分じゃが、春になる頃には魔堕ちの心配は無くなるじゃろうし、それで良いと思うぞ」


「……それで良い」



 随分良くはなったけど、クラヴィスさんの魔堕ちは完治していない。

 いつでも魔力の暴走は起こりうるし、戦争真っ只中の今、西部はどこも警戒が強まっているはず。

 そこで万が一、魔力の暴走なんて引き起こしてしまったら、あっという間に見つかってしまう。


 見つかる相手がクラヴィスさんの味方だろうと敵だろうと関係無い。

 クラヴィスさんはこの国で、この世界で一番の魔導士だ。

 安静が必要なのに、誰も彼に休む事を許さず、許せず、戦うために剣を持たせ、最前線へと送り出すだろう。

 そうなれば、この人は再び魔堕ちに苦しむ事になる。



 かといって、責任を放棄できるような性格じゃないからなぁ。

 本当は西部になんて近寄らず、安全な場所で大人しく休んでいる方が良いに決まってる。

 いっその事、他国に流れても良いぐらいなんだけど、この人はそんな選択を良しとはしないだろう。

 だから私がすべき事は、この人の希望に沿いながら、この人を守る。ただそれだけだ。



「とすると、滞在するのはどの街が良いですかね。

 できれば西部に程良く近い方が後々楽かなぁ……」


「ふむ……ザイラとかいう街はそれなりに大きかった記憶があるが、そこはどうじゃ?」


「あー王都の北側にある街ね。確かに規模的には良さげかも?

 あそこなら滅多な事が無い限り流通も途切れないでしょうし、一旦そこを目指しますか」



 ザイラなら王都へ行く途中に寄った事があるから、ある程度どんな街かわかっている。

 北部と中央の境目にある街なのもあってか、旅人向けの宿や商店が沢山あったし、旅人として過ごすにはもってこいだったはずだ。

 クラヴィスさん達も特に反論が無いって事はこの時代でもそれは変わらないんだろうし、一旦の目的地としては良さそうだね。



 しっかしまぁ、ザイラに行くのは良いとして、そこから先は中々難しい要求ではあるんだよなぁ。

 道中、王都に近寄らないようにしながらってなると、どういったルートで西部に向かえば良いのやら。

 確かこの時代、王都を通らないと、まともな街道が無かった気がするんだよね……いやーどうしようね……?


 とりあえず、ここで頭を捻ってても解決方法は出てこないし、今は冬を越える事だけ考えて、後は未来の私に任せよう。

 王都周辺の町を転々として行っても良いし、道なき道を行っても西に辿り着くはずだもん。うん。



「まずはノゲイラを出るところからだねぇ」


「……関門はどう越えるつもりだ?」


「さーさー片付けしちゃってー、れっつらごーですよーぅ」


「おい」


「薄々わかっとったが、そうなるかぁ……」



 問いかけを無視してアースさんにコップを押し付ければ、溜息交じりに水を作り出して洗い流す。

 もう野宿は確定だとしても、日が落ちきるまでにはどこか休めるところを見つけたいんでねー。

 コップを回収するためにクラヴィスさんへと手を差し出せば、何か言いたそうな視線を向けられて、私はへにゃりと笑い返した。


 色々と問題は山積みで、決して楽な道なりとは言えない。

 それでも私は笑ってみせるよ。笑って、一緒に歩くよ。

 いつかの貴方の輝きで在れるように、いつかの貴方の導きで在れるように。



 ちなみに皆さんお察しの通り、関門は不法な突破をする気満々です。

 だって身分証無いし、止められるのわかってるんだから、そうなっちゃうって。多少の不作法も致し方ないんですぅ。

 大丈夫、そもそも入った形跡も無いはずだから、私達は居なかったってなるだけだし。問題にすらならないから。

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