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貴方の輝きで在れるように

 ディーアに先導してもらい林を抜け、息を切らしながらなんとか小屋の近くへと辿り着く。

 何人か追って来てたみたいだが、道中レガリタを使って足止めもしておいた。

 小屋の存在を知らなければ、ここまで追い付ける人はいないだろう。

 というかディーアの足が速すぎて、私ですら追いかけるの大変なぐらいだったし。



「はやい、ねぇ……!?」


「……ぅ……?」


「んや、だいじょぶ……脚が、かくかくしてる、だけだから」



 自分でも速かった自覚があるようで、その場に倒れ込み必死に呼吸を整える私に対し、申し訳なさそうに眉を下げているディーアへゆるゆると手を振る。

 まだ体に毒が残ってるはずなのに、息切れ一つしてないってホント、すごいよね。

 私の体力が無いのか、ディーアの体力がすごいのか。

 どちらにせよ、一般人は付いて行けないって事をしっかり頭に入れておいて欲しい。今後は気にして頂けると助かりまーす。



「おーい大丈夫かー?」


「なん、とか」


「ほれ、回復魔法を使ってやろう。ちぃとばかしは落ち着くじゃろ」


「ありがとぉ……」



 念のため背後を見ていてくれたんだろう。

 クラヴィスさんと一緒に遅れて戻って来たアースさんが私に回復魔法を施す。

 ほのかな温もりが脚を包み、まるで足湯にでも浸かっているかのように疲労感が消えていって、ほっと一息吐く。


 怪我をしてもいないのに回復魔法だなんて、ちょっぴり贅沢な使い方だけど、この後の移動を考えれば余計な疲労は残しておけない。

 そのため大人しくアースさんの魔法を受けながら、次の行動を起こすべく、二人へと顔を向けた。



「とにかく、早く準備しちゃいましょうか。

 クラヴィスさんは荷物の方をお願いします。ディーアは薬草の整理を手伝って。

 龍さんは畑の後処理してもらっていいですか? 根っこも残さず処分しておいてください」


「勿体ないが、仕方ないのぉ」



 畑にはこの辺りに自生していない植物も植えていた。

 相性の悪い植物もあるだろうし、環境への影響を考えれば放置して去るわけにはいかない。

 その辺りは元の時代で散々私に付き合って、品種改良やら研究やらをしてくれていただけあって、アースさんも良くわかっている。


 アースさんが畑の方へ飛んで行くのを見送り、私はすっかり楽になった足で立ち上がる。

 さて、どれだけ時間があるかわかんないから、とにかく大急ぎでやんなきゃだ。



 荷物といっても居候をしていた私達の荷物なんて元々少なく、事前にある程度荷物を進めてあった。

 そのため街で買った服や保存食など、軽くまとめてしまえば荷物の整理はすぐに終わったんだろう。

 途中からはクラヴィスさんも加わって、薬草や薬を仕分けていく。

 そうしている間にも畑の方が終わったようで、戻って来たアースさんへ丁度準備し終えた籠を押し付けた。



「なんじゃこの籠」


「城下町の薬屋の所まで届けて来てください。

 扉の前にでも置いておけばわかってくれると思う」



 解毒のポーションや炎症止め、痛み止めといった必要な薬は持って行くけれど、他はそうもいかない。

 道中で調合している余裕があるかはわからないし、薬草で持って行くとなると荷物が多くなってしまう。

 となれば処分するか置いて行くかの二択しかなく、それなら譲っちゃった方が良いってわけです。


 籠には今度持って行こうと思って作っておいた傷薬を中心に、良く薬に使われる薬草を中心に詰め込んでいる。

 といっても籠一つ分だけだから、街一つを支えるには程足りないが、無いよりマシだろう。


 届けてもらってる間に、小屋の掃除でも軽くしておこうかな。立つ鳥跡を濁さずって言うし。

 なんて次の事を考えていたのだが、アースさんはそうもいかないらしい。

 籠を受け取りはするけれど、どこか渋っている様子のアースさんに思わず小首を傾げた。



「龍さん?」


「……いや、届けるのは構わんが、あまり離れるのは、のぉ……」


「心配性だなぁ。大丈夫だって、クラヴィスさん達がいるじゃん。

 それよりほら、早く早くー。時間無くなっちゃうよー?」


「……すぐ戻る。大人しくしておれよ」



 ここから城下町まで、アースさんならひとっ飛びな距離だが、それでも少なからず時間を要する。

 私を守らなければならないアースさんからすれば、すぐに駆け付けられない距離は、って事だろう。

 でもなんか、さっきの事もあるとはいえ、ちょいとばかし過保護気味じゃありません?

 もし村の人達が大勢襲来してきても、今のクラヴィスさんなら軽く追い返せるって、アースさんが一番わかってると思うんだけどなぁ。


 心配されるのも、守ろうとしてくれるのも嬉しいが、今は時間が無い。

 追い立てるように小屋の外へと押し出せば、アースさんは仕方ないとばかりに溜息を一つ吐き、勢いよく飛んで行く。


 あの様子なら三十分もすれば帰って来そうだなぁ。

 片付けで多少埃が舞っていた空気を入れ替えようと、扉を開けたままにして、クラヴィスさん達へと視線を向けた。



「龍さんが戻り次第、出立しましょうか。二人とも体調の方は大丈夫そうですか?」


「問題無い……それより、来客だ」



 いつの間にかフードを被っていたクラヴィスさんの言葉に、くるりとその場で振り返る。

 もしかして、アースさんはこの気配を感じ取っていたから渋っていたのだろうか。

 目を凝らした先、木々の奥に、見覚えのある男性と共にこちらへ向かっているおばあさんが見えた。



「おばあさん……」



 男性はここまで付き添っただけらしく、木々の中で立ち止まり、おばあさんだけがこちらに近付く。

 確かあの人、さっき私達を囲ってたうちの一人だな。

 何も言わず見守るつもりか、声すら聞けないので確証は得られないけれど、恐らく誰よりも先におばあさんの心配をしていた人だろう。


 手には鉈を持っているが、状況的に魔物や獣に対する自衛と見て良さそうだ。

 警戒するのは二人に任せ、私達の様子から全てを悟って泣きそうになっているおばあさんの手を取った。



「やはり、行かれるのですね」


「元々そのつもりでしたから」


「……実は、一部の村の者が貴女方を領主様にお伝えしようと言いだしておりまして……」


「あー……やっぱりそうなっちゃいましたか」



 どうやらここへ来たのは村人達の動向を伝えるためだったようだ。

 苦し気に打ち明けられた内容に、つい苦笑いが零れる。


 村人達からすれば、例え子供を助けてくれた恩人だろうと不安は拭えないだろう。

 もしかしたら罪人なのではないか。

 だとすれば通報し、捕らえたら手柄になるのではないか。そう考えてもおかしくはない。



 この時代のノゲイラでは、領主からの印象を良くして、少しでも援助をもらおうとしていた村が沢山あったと聞く。

 一国の一地方と言っても、中央から離れた領地では領主が全てを握っているような物。

 領主には逆らえず、領主に媚びなければ生きられない。

 そんな土地だから、ノゲイラは犯罪の温床となってしまっていた。



「本当に、申し訳ありません……!

 お助けしたいと思っていたのに、むしろ助けられた挙句、このようなご迷惑まで……!」



 誰かを犠牲に生き延びる。それは残酷で苦しい生き方だろう。

 しかしこの土地は、そうでもしないと生きられない土地だった。

 それを記録として知っているから、誰かを咎める気なんてさらさら起きなかった。



「おばあさんには十分すぎるほど助けて頂きましたから、謝らないでください。

 おかげさまで二人がこうして動けるようになったんですから、ね?」



 震える手で私の手を握り締め、深々と頭を下げるおばあさんに、精一杯優しく声を掛ける。

 確かに、きっかけはおばあさんが助けを求めたからかもしれない。

 今回の事が無ければ、もうしばらくここに留まっていたかもしれない。


 でも、ここを離れるのは最初から決めていた事。

 むしろきっかけができたから、こうしてここを発つ事が出来るとも言えるだろう。

 多分私、できる事があるからとか言って、ギリギリまで長引かせてそうだし。自分で言ってて想像に難くないや。



「畑は残せませんが、小屋にある作物などはおばあさんにお任せします。

 それほど多くはありませんが、多少足しにはなると思いますよ」



 小屋の中には収穫済みの作物だけでなく、多めに作ってあった保存食などもある。

 おばあさん一人では運びきれない量だけど、ここに連れて来る程度には信頼している人がそこに居るのだから、心配無いだろう。


 ちらりと男性の方へと視線を向ければ、ぱちりと目が合い、勢いよく頭を下げられる。

 たぶん、私の意図は伝わった、かな? 伝わってなくてもどうにかなる、よね?

 最悪腐るだけだしいっか、と気持ちを切り替えて、おばあさんへと向き直った。



「……もう会う事はないでしょう。ですから、どうかお元気で」


「はい、はい……貴女様も、どうかお元気で……」



 共に過ごした時間は、一日にも満たない間だった。

 けれど静かな気遣いも、最大限の献身も、私達に深く刻まれている。


 そう遠くない未来、私がこの世界に来るまでに、彼女はこの世界を去るのだろう。

 それまでの時が、少しでも穏やかでありますように。孤独でありませんように。

 もう私は手を差し伸べられないから、願いを込めて皺だらけの手を包む。



 祈りは届くだろうか。叶うだろうか。

 不確かな願いに縋る私に代わり、それまで黙っていたクラヴィスさんが一言告げた。



「何か、望みはあるか」



 おばあさんはクラヴィスさんが誰なのか知っている。

 おばあさんが知っていると、クラヴィスさんもわかっている。

 だからその言葉の意味を、二人はわかっている。



「……このような老いぼれに、そのようなお言葉をかけて頂けるだけで大変ありがたい事でございます」



 私の手をゆっくりと離し、姿勢を正すおばあさん。

 ただそれだけで、目の前の人物が背負う身分と、その言葉の意味を正しく理解しているのは明白だ。

 一歩間違えれば、一言間違えれば、不敬を働いたとして処罰されても言い訳できない。



「ですが、聞いて頂けるのなら、一つだけ」



 そうわかっていても、彼女は穏やかな声で、確かに願った。



「この地を、見捨てないでください。

 権力を振りかざし、誰かを虐げる者ばかりかもしれません。

 尊厳など捨て、己の欲のまま生きる者ばかりかもしれません。

 ですが、どうか、未来ある子供達が育っていけるように、笑っていられるように、見守ってやってください。

 私のような老いぼれの願う事など、それだけなのです」



 ──もしかして、未来でクラヴィスさんがノゲイラに来たのは、この願いのためだったのかな。

 おばあさんと約束を交わしたから、この地にその身を沈めたのかな。

 覚悟を持って告げられた願いに、クラヴィスさんは数秒の後、頷いた。



「……いつか、必ず」



 勿論、政治的な理由はあったろう。

 王位継承権の放棄だとか、中央から離れるためだとか、色々事情はあったろう。

 でも、それでもノゲイラを選んだのは、この時、この地を見守ると約束したからなのかな。


 望めば王になる道だって在ったろう。

 覇道と言われる道でも、血塗れた道であろうとも、この人なら歩めたろう。

 それでも、兄を支え、民を見守ると定めた、非情になれない人。


 そんな、私が知るクラヴィスさんの始まりを垣間見たようで。

 込み上がる感情を表に出さないように、一人、自分の手を握りしめた。

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