お買い物は慎重に
「お腹が空いたらここにあるやつ食べて良いですからね。雨は降らなそうだから洗濯物は気にしなくて大丈夫です。
あと痛み止めとかここにあるから、何かあった時は使ってくださいね」
「わかったから……くれぐれも、目を付けられるような事はするなよ。この辺りは治安が良くないんだ」
「わかってますよーぅ、用事済んだらすぐ帰って来ますから。じゃあ行ってきまーす!」
──とまぁそんな感じで、魔法で筋力を強化したアースさんに運んでもらって、ゲーリグ城の城下町まで飛んで来たわけですが、あまりの人気の無さにちょっとびっくりしております。
無人ではないのだが、活気が無いと言うかなんというか。
商店が並ぶ通りだというのに、まばらにしか聞こえない客引きの声。
通り過ぎていく人達は皆一様にやせ細っていて、見かけるのは大人ばかりで子供の声すら響かない。
あの領主が治めていた時代だからある程度予想はしていたけれど、想像以上の寂れ具合に顔が引き攣ってしまうのも仕方ないと思う。
一応ノゲイラで一番大きな街のはずなんだけどなぁ。何ならノゲイラの中心なんだよここ。
クラヴィスさんが言っていた通り、治安も良くなさそうだし、さっさと用事済ませちゃいましょうかねー。
あの領主、人身売買してたって聞くし。他所から来た異国人なんて目を付けられたら終わりでしょ。
幸い、外部との交流はまだあるようで、ノゲイラ以外から来ただろう商人もちらほら見かけるため、目立ちさえしなければ問題無いだろう。
設定としては各地を旅している異国人って所かなーと思いつつ、ローブに隠れるアースさんと視線だけ交わし頷き合う。
さて、まずは資金調達からだ。髪色が紫色になっているのを確認して、フードを目深にかぶり直してから路地裏から足を踏み出した。
最初に向かったのはノゲイラに昔からある薬屋さんだ。
元の時代から持ってきた貴金属を売っても良いけれど、この時代のノゲイラだとこんな旅人が立ち寄れそうな店はあまりない。
あっても領主の管轄だろうから、取って来た薬草や作った薬を売った方がまだ安心というわけだ。
「買い取ってもらいたいんだが、構わないか?」
「……薬草に、薬もあるのか。少し待っていてくれ」
持ってきた風呂敷を差し出し、店主だろうお爺さんが品定めしていく間、店内を軽く見渡す。
記録を見た限りずっと健全な店だったからここに来たけど、なんかちょっと雰囲気が暗いような?
棚はガラガラだし、薬草の類も少ないし……もしかして経営難だったりする?
これは、多少安く吹っかけられる可能性もあるかもなぁ。
別に良いけどね。ここで揉めて目立つぐらいなら黙ってるし。
それに、見たらわかる薬草と違って、身元不明の旅人が持ち込んだ薬なんて安全かどうかわからないし、買い取ってくれるだけマシだと思おう。
最低限、全員の服を一着は買える値段になればいいなぁと、お爺さんの手元を眺めていると、不意にお爺さんが溜息を吐く。
あれ、なんかヤバい物混じってたっけ、と不安がよぎるが、そういう話ではないらしい。
薬草を種類ごとに束ねていくお爺さんは、ぽつりと呟くように問いかけて来た。
「アンタ、薬を調合できるのかい」
「……いや、自分はただの使いだ。作ったのは連れなんだ」
お爺さんの真意がわからず、とりあえず一旦誤魔化す。
一応嘘じゃないよ。いずれノゲイラ一の調合師になる人がいるもん。今は一緒に居ないだけだもん。
「そうかい……もし、さ。連れの人さえ良ければなんだが、また薬を売ってくれやしないか。
少し前に息子が城に連れていかれちまって、調合できる人間がほとんどいなくてなぁ……いくら作っても足りやしない」
私の答えに少しだけ残念そうにしていたが、手は止めずカウンターに硬貨を重ねていくお爺さんは酷く疲れた様子でぼやく。
なるほど、品薄状態っぽいのもそれが原因か。
お爺さんの年齢的に、調合だけでなく薬草の仕入れ等も息子さんがしていたのだろうか。
買い取りの代金だろう並べられた硬貨の枚数は思っていたより多く、相当困っていたのが見て取れる。
「街がそんな状態なのに、なんでまた城に連れて行かれたりしたんだ?」
「さぁねぇ……前の領主サマの具合が悪いとか聞いたが、本当かどうか。
西で戦争もしているんだ、物資を集めるために薬の知識がある奴を集めてるのかもしれん。
まぁ、ワシ等下々のモンにはお偉いさんの考える事なんざわからんよ」
「そうか……わかった。連れには話してみるよ。
でも独学で簡単な物しか作れないと言っていたから、あまり期待しないでくれ」
「傷薬一つでもこっちにゃありがたいぐらいだ。頼むよ」
財布代わりの小袋に硬貨を入れながら聞いてみれば、やはりというか領主関連での問題らしい。
期待させ過ぎないように答えつつ、心底有難そうにしているお爺さんについ苦笑いが零れる。
店がこの状況でも正規の値段以上で買ってくれたみたいだし、素材はそこら辺に山ほど生えてるから改めて売りに来ても良いかもしれない。
ただ、薬の知識を持つ人間を捕まえる罠の可能性もある。
慎重にしないといけないのはわかっている、が、ノゲイラの人達が困ってるってなると、なぁ……。
何かしたいと思ってしまうが、今は自分達の安全を優先しなければならない。
動くにしても、とにかくこの時代について情報収集してから、だよなぁ。
戦争が問題だったらどうにもできないけど、病気なら治せるかもだし……?
あぁ、でも治したら治したでノゲイラにとっては問題か。あの領主の父親って事は絶対悪徳領主でしょ。
どうしたもんかなーなんて、私が考えている事などお見通しらしい。
ローブの下で戒めるようにお腹を絞めて来るアースさんを軽く叩き、幾つか薬草を買ってから店を後にした。
自分の状況はわかってますから、ちょっと緩めてください。苦しい。
その後、買い物しながら軽く話を聞いてみたけれど、新聞なんて物もない市民にとっては噂が主な情報源なんだろう。
聞けるのは誰かがそう言っていた、誰かからそう聞いた、きっとそうだ、そうであって欲しい。
そんな人の思い込みや好奇心が入り混じった噂ばかりで、どれも信憑性に欠ける物ばかりだった。
確かなのは誰もが領主一家に不満を抱いている事ぐらいだろうけれど、そりゃそうだろうなーって感じだしなー。
これ以上何かを調べるとしたら、思い切って領主の所に忍び込むとかしないと無理そうだ。
でも、そこまでするわけにはいかないからなぁ……今の状況じゃ、薬を沢山売るぐらいが精一杯かも。
「ねぇ坊や、旅人さんだよね?
第三王子様が行方不明だって話だけど、何か知らないかい?」
そんな事を考えつつ、雑貨店で調理道具を見ていると、親子らしい女性二人に声を掛けられた。
のは良いんだけど、坊やって言われたよね。もしかしなくとも男の子だと思われてるの私。
確かにローブで体格わかりにくいし、フードで髪型とか見えないだろうけども、マジか。
笑っているのか、アースさんが小さく揺れているのを感じるけれど、人の目がある場所でとっちめるわけにはいかない。
溜息を吐きたくなるのを呑み込んで、今まさに自分に声を掛けているのだと気付いたように取り繕い、にぱーっと子供っぽい表情を張り付けた。
「あ、ボク? えーっと、そうだなー、そういえばそういう話があったようなー?
先に言っておくけど、ボクあんまり知らないよー? 友達なら知ってるかもー」
子供だと思われているのなら、それらしく振舞った方が色々と誤魔化しが効くだろう。
語尾を伸ばし、多少抜けている子供を演じてみせれば、二人はすんなり信じてくれたようだ。
友達、という単語に軽く周囲を見て、それらしい人物が居ないのを確認した母親は人の良い笑みを浮かべて続ける。
「そうなんだね、その友達ってのは一緒にいないの?」
「他の所でお買い物ー。でも王子様、まだ見つかってないって聞いたよー?」
「ほらやっぱりそうじゃん。
国を挙げて捜索してるって言ってたし、見つかったら大騒ぎになるって」
「それもそうよねぇ。離れてるとはいえ、流石に伝わるわよねぇ。
ごめんなさいね、坊や。変な事聞いちゃったわ」
「ううん、王子様が居なくなっちゃったんだもん。みんな不安だよねぇ」
「それもあるけど、あたしゃ王妃様が気の毒でねぇ……。
ついこの間第二王子様がお亡くなりになられたばかりじゃない?
立て続けに子供がってなったら、ねぇ……?」
「ちょっとお母さん! あんまりそういう事言っちゃだめだよ……!」
「ごめんごめん、坊やも内緒ね」
「はぁーい」
声を潜め、母親を注意した娘さんが視線を向けた方向には衛兵が居て、こちらの声が少し聞こえたのか、ちらりと視線を向けて来ている。
母親の反応に加え寄ってくる素振りも無い辺り、そこまで厳しくないようだけど、言論統制でも敷いているのか。
大した情報は得られないと悟った親子が離れていったのを確認し、こっそり溜息を吐いた。
昔のノゲイラがどんなのだったかはティレンテ達からうっすら聞いてたけど、確かにこれは、なぁ。
未来のノゲイラでも衛兵が見回りをしているけれど、それは犯罪が起こらないようにし、もし起こった時にはすぐ対応するための事。
だけど今の彼等は、犯罪ではなく街を行く人々を見張るために目を光らせている。
戦争のせいもあるだろうが、こんな状態なら街の空気も重くなるわなぁ……。
賑やかなノゲイラが恋しくなりつつ、調理器具を幾つか購入し、衛兵に声を掛けられる前にさっさと店を離れる。
さっきので目を付けられた可能性もあるし、今日はもう帰るとしますかねぇ。




