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木漏れ日の日々

 夏らしいカラッとした気温に、湖の涼やかな風でさわさわと揺れる木漏れ日。

 聞こえて来る鳥の鳴き声に紛れているのは、この間見かけた狼みたいな魔物の声だろうか。

 すっかりこの小屋暮らしにも慣れたなーと思いつつ、洗い終わった調理器具を干していく。


 ──忙しないと時間の流れは早く感じるもので、私達が過去に来てからもう二ヶ月ほど過ぎていた。

 二人の看病に日々の生活と、忙しさはあるもののあれから来訪者もおらず、平和そのものだ。

 最初の方こそおばあさんが村の人に話しちゃうんじゃないかって思ってたけど、全然そんな事なかったしなぁ。



 時折アースさんに村の様子を探ってもらったりもしているが、村の方も静かな物らしい。

 近くに魔物が住み着いたという噂こそ流れているが、貧しい村だからだろう。

 村の周りに松明を建てたり柵を作ったりと、警戒はされているがそれは魔物に対する物。

 誰も湖の反対側に人が住み着いているとは思いもしていないそうだ。


 この時代のノゲイラの事を思えば、魔物が住み着いたとしても村に大きな被害が無いのなら、調査すら行われないだろう。

 その上、アースさんには時々軽く咆哮を上げてもらっている。

 魔物と戦えるような人も居ないようだし、よほど命知らずでもない限り、こちらに近付いて来ようとはしないだろう。



「帰ったぞーぅ」


「おかえりー、さっさと手を洗って来てくださーい」


「む、何やらいい匂い……これか!」


「ちょっとそれ、一番出来の良いやつ!!」



 ばーんと開いた扉から、アースさんがひょっこり帰って来たかと思うと、匂いで気付いたのかそのまま机へと飛んで行く。

 結構な枚数あるのに、なんでそう的確に選び取れるんだか。

 止める間も無く机で冷ましていたクッキーもどきを口に運ぶアースさんに、思わずため息が出る。

 というか手を洗いなさいよ手を。アースさんは平気だとしても、ここには重症の人が二人いるんですからね。ばい菌を持ち込むな。



「ふむ、甘味が足りんな。パサパサしとるし」


「つまみ食いしておいて文句言わないでくださいー今はそれが精一杯なんですぅー」



 文句を言いながらも、次へと手を伸ばしているのは久しぶりのお菓子だからか。

 もしゃもしゃと食べ続けるアースさんを横目に、簡易冷蔵庫から目当ての器を取り出す。


 とろりとした紅色の中身の見た目は、私の知っている物とさほど差は無いが、味の方は、なぁ……。

 先に味見した身としては簡単に反応が予想できてしまうが、これが限界なんだから仕方ない。

 分離しかけている中身が混ざるよう、木製の小さなスプーンで中身を軽くかき回しながらアースさんの前へと差し出した。



「ほら、ジャムみたいなのも作ったんで使ってください。

 二人も良ければどうぞ。お菓子もどきです」


「ほぅほぅ、ベリー系じゃな? 好きじゃぞそういうの」


「はいはいわかってますよ」



 一目見て、使われているのが一種類だけではないとわかったんだろう。

 アースさんがジャムもどきに手を伸ばしている隙に、適当に三人分のクッキーもどきを別の皿に移す。

 いやまぁ、元々アースさんに作った物だから、全部食べられても構わないんだけどね。

 私だって食べたいし、工夫もしたからできれば二人に食べて欲しいんだよ。



「もどき……」


「材料が限られてるから、それっぽい物しかできなくて。

 でも体に良い木の実も混ぜてるんで、食べれそうなら食べて欲しいなーと」



 クラヴィスさんがもどき発言に引っ掛かっているが、それも仕方ない。

 畑でアムイが取れるからそれっぽいの作れるかもーで、一応クッキー目指して作ったんだけどさ。

 砂糖も無ければバターも無いし? オーブンも無いし? 頑張ってももどきが限界だったんだ……。


 それでもそれなりに美味しくなるよう、乾燥させた木の実などを練り込み、素朴な甘さは感じられる物に仕上げている。

 しかも元の世界で言うナッツ類も入れてるから、それなりに栄養価も高いんですよこれ。



「ジャムというよりソースじゃなぁ……もうちょい甘くならん?」


「我慢してくださーい」



 元の時代で親しんでいたようなジャムを作るには砂糖が必要なのはアースさんもわかっているだろうに、無茶を言わないでもらいたい。

 もうジャムもどきを食べてるんじゃないかってぐらい、クッキーもどきにジャムもどきを塗るアースさんを無視し、私も一つ適当な大きさの物を口に放り込む。

 うーん、これぞ自然派って感じ。パサパサなのはジャムもどきでまだ誤魔化せるね。

 そんな私達を見ていたクラヴィスさんも、少し考える素振りを見せた後、静かに一つ食べてくれていた。ね? 不味くはないでしょ?



「というか、頼んでた物はどうだったんですか?」


「ん、わふれほっふぁ。ほえ」



 一体何枚口に詰め込んだのか、もごもごしているアースさんが床に置きっぱなしにしていた籠をこちらへと尻尾で押し出す。

 中には麻の布で作られたフードとローブが入っていて、恐らく私達の誰でも使えるようにだろう。

 引っ張り出したローブは私の体をすっぽり覆い隠せてしまう程あり、おぉ、と小さく声が漏れた。



「これ、気を付けないと引きずっちゃいそうだなぁ……紐で腰回りを絞れば良い感じかな?」


「ほうふぁなー」


「口に物入れて喋るの止めてください。飛ぶ」


「んー」



 注意され、喋るよりも食べるのを優先する事にしたらしい。

 黙って新たなクッキーもどきに手を伸ばしているアースさんに、呆れから溜息が出る。

 さてはルーエが居ないからって羽目を外してるなこの龍。帰ったらチクってやろっと。


 ふと籠を見れば、フードとローブだけでなく、包帯に使えそうな綺麗な布も入れてくれたようだ。

 塗り薬を使っているとどうしても汚れてしまうから、こういう布を用意してもらえるのってすっごい助かるんだよなぁ。

 ありがとうおばあさん。貴女の心遣いがとても心に染みます。



「さて、じゃあディーアの包帯変えたら行きましょうか。はい、腕出してー」


「……本当にお前達だけで大丈夫なのか?」



 腕を差し出してくれるディーアにテキパキと処置を行っていると、クラヴィスさんが怪訝そうに問いかけてくる。

 この二ヶ月の看病の甲斐あって、二人の容体は少しずつ安定してきている。

 そのため短時間なら離れても良いだろうと、城下町に買い物へ行こうと思っているわけです。


 とにかく服が欲しいんだよね。あと食器類。

 必要ならアースさんが魔法ですぐに洗濯乾燥済ませてくれるからどうにか回りはするけれど、ずっと同じ物って気持ち的に、さぁ……。

 同じ物を着回すにも限界があるし、いずれここを離れる事を考えると、準備は早い内に済ませておきたい。


 実は、おばあさんが亡くなったご家族の服を譲ってくれるって言ってるんだけど、それは全員一致で断っている。

 だって言ってしまえば遺品でしょ? 流石にそれは申し訳なさ過ぎるよ。



「大丈夫ですって、心配しなくとも買い物ぐらい余裕ですよー」



 まだ動くのも大変で同行できない二人からすれば、初めてのお使いみたいなものなんだろう。

 なんせ素性が異世界の人間と魔物だし、バレないかとか色々心配になるよねー。


 しかしそこは恐らくクラヴィスさんよりノゲイラに詳しい私である。

 以前ノゲイラの歴史を調べたりもしたから、どの時代のどこにどんな店があるかとか、全部覚えてるんですよ。

 だから笑って大丈夫だと伝えたのだが、クラヴィスさんはとても妙な顔をしていた。うーん、まだ信用が足りないかー。

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