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一時の出会い

 ちょっぴり背筋に冷える物があるけれど、作業に集中していればすぐに気にならなくなるはず。

 そう考えた私は小屋に戻ってすぐ、集めた物の整理と並行に作業を進めていった。

 薬草を乾燥させたり、水に晒したり、重い物で挟んだり、叩き潰したり。

 これで薬の効きが良くなったり、毒が抜けて使えるようになったりするからなぁ。作業は丁寧に慎重にーっと。


 そんなわけでゴリゴリと木の実をすり潰していたのだが、ディーアからすっごく視線を感じます。

 自分に使われるかもしんない薬だもんね。そりゃどんな作り方してるかは気になるよねー。

 しかも丁度毒性ある木の実だし。違うの。ひと手間加えたら毒性が消えるの。毒を作ってるわけじゃないの。



「あー……これはね、アルガナっていう木の実で、そのままだと微量の毒があるんだけどね。

 こうやってすり潰してしばらく置いておいたら、毒性が飛んで痛み止めとかに使えるんだよー」



 毒を作ってるとは思われたくないし、いっその事、説明しながら作業した方がお互いの精神に良さそうだ。

 すぐに見やすいように体の向きを変え、ちょくちょくディーアに説明をしながら作業をする事しばらく。

 不意にアースさんとディーアが扉の方へと視線を向けた。



「どうかした?」


「……誰か小屋の傍に来ておるようじゃ」



 目を細め、ゆらりと扉の方へ体を向けるアースさん。

 一瞬思考が止まりかけるけれど、すぐに作業を止めてクラヴィスさんの傍へと向かう。


 アースさんからすれば、守る対象は固まっていた方が良いだろう。

 それにもしもの事があれば、盾にはなれる、と思う。

 そんな私の動きを見ていたディーアは、アースさんと目配せし、私達の前へと進み出た。


 庇い立つその背中は、主だけでなく私も守る対象に入れてくれているようだ。

 草を踏みしめる音が聞こえ、静かにクラヴィスさんを抱き寄せる。

 その揺れで目を覚ましたか。クラヴィスさんの瞼が小さく震え、うっすらと開かれた。



「……どうした」


「……誰か来たみたいです」



 自身を抱き寄せる私を見上げ、よろけながらも短剣を構えているディーアを見て、異変を察したクラヴィスさんへ顔を寄せて手短に伝える。

 例え大勢に囲まれようとも、アースさんが居るから大丈夫だとは信じている。

 けれど何かあった時は、クラヴィスさんを抱えて逃げられるようにしておかなければ。

 気配で把握したのだろう。ディーアが指で相手は一人だと伝えてくれるのに頷き、クラヴィスさんを抱き締める腕の力を強める。


 相手が一人だから、こちらからではなく向こうが動くのを待つらしい。

 扉に注視しているディーアに倣い、私も指輪を握りしめて息をひそめる。



 少しして、ぎぃ、と扉が音を立て、ゆっくりと開かれていく。

 固唾を呑んで見つめた扉の先、現れたのは──杖を突き、曲がった腰を支えるおばあさんだった。



「あら、まぁ」


「……あー、っと……?」



 私達を見て目をまん丸にしているおばあさんだが、それはこちらも同じだ。

 見たところ六十か七十代だろうか。

 時間を感じる深い皺が刻まれ、たるんだ皮膚で細まった眼差しはどことなく朗らかさを感じる。

 正直害は無さそうというか、下手したら私でも制せるような、どこにでも居そうな老人といった所か。


 十中八九、近くの村の人だろう。

 昨日の夜、湖でレガリタを使った時、魔力の多さからいつになく強く光っていた。

 その光を見て、異変を感じた村人が様子を見に来たというのならおかしい事では無い。


 けれどおばあさんの格好は近所に散歩するかのような軽装で、何よりここは鬱蒼と茂った草木を掻き分けないと来れそうにない場所だ。

 距離だけみても随分距離があり、杖を突いた老人が一人で来れるとは到底思えない。



 でも、どこからどう見てもおばあさん一人だし、迷ってここに辿り着いた様子でもなさそうだよねぇ……?

 もしかしてこの小屋の持ち主だったりするのかな? だから迷わずここに来れたりする?

 だとしたらこの状況まずくね? おばあさんからしたら不法侵入の現場じゃん。まっずくね?



「あ、あの、おばあさん! これには深い事情がありまして……!」



 二人に安静が必要な今、追い出されるのだけはどうにか避けたい。

 そりゃあ力で沈黙させる事もできるだろうけども、出来る限り穏便に済んだ方が良いに決まっている。

 とにかくまずは話をしてみないと。交渉の余地はある、のかな……!?


 何か交渉に使えそうな物はあったか、何て言えば話を聞いてくれるか。

 穏便に済ませようと必死に頭を働かせる私に、おばあさんが微笑んだ。



「──どうぞ、お好きにお使いください」


「……え?」


「この小屋は狩人だった私の主人が建てた物でしてね。

 あの人が亡くなって以来、手入れすらできずにいましたが……あの人の事です。色々と置いてあったかと思います。

 村の者達もほとんど知らない場所ですから、しばらく身を隠すにもよろしいかと」



 どうやら協力してくれるらしい。

 何も聞こうとすらせず、こちらに都合の良い事しか言わないおばあさん。

 何か企んでいるのか、それともこちらに協力を示す事で自分の身を守るためか。

 今すぐ動けない私達には有難い申し出だが、一体何を考えているのだろうか。



「……本当に、良いんですか……?」


「えぇ……尊きお方のためになるのでしたら、あの人も喜んでいるでしょうから」



 尊きお方と、そう私達を見て告げるおばあさんに確信する。

 そうか、このおばあさんは私達の色を見て察したんだ。


 この世界で黒を纏う人間は限られている。

 だからこそ、顔を知らなくとも、名を名乗らなくとも、わかってしまう。

 だからこそ、この人は黙認する事を選んだんだ。



 となると、私の事もわかっていると思っていて良さそうか。

 元の時代では私達の色を見ても親子疑惑の方が強かったけれど、見た目が同年代の私達ではそんな疑惑は欠片も思い浮かぶはずがない。


 今後はちゃんと色を変えるようにしないとなぁ。

 見つけたのがおばあさんだから騒ぎにならなかっただけで、他の人だったら大騒ぎに違いないもんね。

 なんせ自国の王子と異世界の人間だし。むしろ騒がないおばあさんがおかしいよ。



「この事は、内密にお願いできますか」


「わかりました。決して他言いたしません。

 それと……差し出がましいとは思いますが、女一人では何かと大変でしょう。

 私はこの脚で、一人暮らしの老いぼれです。

 あまりお役に立てるかわかりませんが、出来る限りお手伝いさせて頂きますのでね。遠慮なく申し付けください」


「っ……! ありがとうございます!」



 察しの良い人だから大丈夫だろうと思ってはいたが、まさかそんな申し出までされるとは。

 何から何まで頼るわけにはいかないが、完全に孤立していたこの状況で外部との伝手ができるのは有難い。

 毛布だけじゃ休むにも限度があると思ってたんだよね……! 着替えも欲しかったし!

 っていうか、おばあさんにアムイとかもらえたらマジで畑ができるんじゃない? やるか……家庭菜園……!

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