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どうせなら美味しい方が良い

 これで最低限の協力関係は築けたと言えるだろう。

 最初にして最大の問題だとも思える難所を越えられ、安心するのは良いが、やらなきゃいけない事は山ほどある。

 そのため私はよし、と小さく呟いて、気持ちを切り替えパーカーの袖をまくり上げた。



「それじゃあ早速、掃除するぞー!」



 わざとらしく言葉にし、声を張り上げ宣言する。

 二人からすれば、協力関係になったとしても私達が怪しい存在なのに変わりはないはず。

 今はとにかく休んで欲しいのに、私達が何をするか警戒して休めないなんて、本末転倒も良いところだ。

 だから私達が何をしようとしているかわかるよう、明言していた方が良いだろう。


 それに、ちょっと寝たとはいえ、多少疲れも感じてるからねー。

 こうでもしないと、理由を付けて先延ばしにしちゃいそうだ。自分の事は自分が一番わかってます。



「張り切っとるのぉ」


「病人がいるんだから衛生面はしっかりしないとねー。

 ほらほら東洋龍さんも手伝って! 毛布洗って来てください!」


「ほいほい」



 魔法を使えばすぐに終わるだろうと、使っていない毛布を集め、首に巻き付いていたアースさんへと押し付ける。

 毛布の山を抱えて飛んでいったアースさんを見送って、その間に私は小屋の中の掃除を進めるべく、蔦の這った窓をこじ開け始めた。うーん先は長そうだ。



 窓を開けて埃を取り払い、小屋や周りの整備に手を付けたり、トイレを設けたりと。

 アースさんにも頑張ってもらい、生活基盤を整えていく事しばらく。

 まだまだ不便な部分はあれど、ある程度過ごしやすくなった所で手を止める。


 いやー魔法ってホント便利だね。体力が必要な作業は大体アースさんがやってくれました。

 おかげで際限なくやり続けてしまいそうになるけど、どうせしばらくはここに留まるんだ。

 後は気長にやっていこうと、次は日光に当てていた毛布を取り込んでいった。



 魔法で洗うのも乾かすのも一瞬とはいえ、水洗いだけだと限界があるようだ。

 夏の日差しを頼って天日干しもしてみたものの、取り切れなかった臭いにちょっぴり顔を顰める。


 そもそもこの時代だと、洗剤とか石鹸とか一般的じゃないからなぁ。

 アースさんが魔法で洗ってくれた分、手洗いより綺麗になっているはずだけど、洗剤や柔軟剤に慣れ親しんだ身としては気になってしまう。

 後で余裕が出来たら洗剤とかも調合するかなー。

 柔軟剤はノゲイラに自生してない素材を使うから無理だけど、洗剤だけなら今の状況でも作れそうだし。



「お二人さーん、毛布洗っちゃうので……っと」



 代えもできた事だし、クラヴィスさん達が今使っている毛布も洗っちゃおう。

 そう思い、声を掛けながら小屋に入ろうとした所で、ディーアが静かにするよう伝えて来ているのに気付いて慌てて口を閉じる。

 どうやらクラヴィスさんが眠っているらしい。

 足音を立てないよう気を付けて近付けば、落ち着いた寝息が聞こえて来た。



「無理も無い。先ほど起きたのが不思議なぐらいなんじゃよ」


「……そっか」



 アースさんの言う通り、危険な状態を乗り越えたばかりだからか。

 呼吸こそ落ち着いてはいるものの、クラヴィスさんの顔色は悪く、眉間には僅かに皺が寄っている。


 嫌な夢を見ているのだろうか。それとも苦しいのだろうか。

 この人を襲う苦痛が少しでも和らいでくれたら良いのに。

 そう、クラヴィスさんの手に自分の手を重ね、顔に掛かった髪をそっと払う。



「……ついでじゃ、ちと魔力を減らしてやりなさい。

 この量なら自然と流れる分で十分じゃろう。ワシはこれを洗ってくるでの」


「ん、ありがと」



 どうやら魔力が増え始めた所だったらしい。

 いつの間にかディーアから毛布を取っていたアースさんは、一人、小屋の外へと飛んでいく。

 できればクラヴィスさんの毛布も変えたかったけど、それはまた起きた時でも良いだろう。

 クラヴィスさんの眉間に寄っていた皺が少しずつ緩んでいくのを見守りながら、私は黙ってレガリタを発動させた。




 今できる事はある程度終わったし、クラヴィスさんとディーアもしばらくは大丈夫だろう。

 そう判断した私達はディーアに留守を任せ、食料や薬の材料を集めに出かける事にした。



 薬草もだけど、何気に食料問題が結構深刻なんだよねぇ。

 クラヴィスさんはまともに動けそうにないし、ディーアも喉がやられている。

 私とアースさんはともかく、二人に固形物を食べさせるのはしばらく避けなければならない。


 肉や魚はミンチにすれば行けるかもしれないけれど、調味料が無い今、食べられる物になるかが問題になってくる。

 弱っている状態でそんなもの食べさせたら、何とか築けた協力関係が崩壊してしまいかねない。

 となると、まともに食べられる物で用意できるのなんて、果物や薬草をすり潰した物ぐらいだろう。

 それだと餓死は避けられるとしても、病と毒と戦うために体力が必要な二人には少々心許ないんだよなぁ。炭水化物とかタンパク質が足りん。



 お粥みたいな看病向きの料理でも作れたら良いんだろうけどねぇ。

 米なんて無ければアムイも見当たらない。芋類や豆類を探そうにも、この辺りは木が多く日当たり悪い。

 軽く見た感じ、繁殖力の高い野草も多いようだし、この辺りには生えていないだろう。


 いっその事、アースさんに頼んで小屋の近くに畑を作ってしまおうか。

 ノゲイラの地であれば、私の庭園みたいに植物の成長を速めるぐらい造作もないだろう。

 近くの村に忍び込んでアムイの種を数粒拝借しちゃえばアムイも手に入るし? 割とアリじゃない?



 窃盗がどうのとか良心が叫んでいるが、既に小屋を無断で借りている身である。

 一つの方法として頭の端で考えておくとして、何か良いの無いかなーと、薬草や素材、食材を集める事しばらく。

 パンパンになった風呂敷を抱えて小屋に戻る途中、ふと気になった事を口にした。



「そういえば、この耳飾りの事なんだけどさ。

 てっきりクラヴィスさんの魔力に反応する物だと思ってたんだけど、さっきは光らなかったんだよね。

 光る時と光らない時の違いってなにかあるの?」


「ん? あぁそれはの、ワシが魔力に介入しているかどうかの違いじゃよ」


「介入……?」


「本来他者に魔力を譲渡するには、渡す側が送り込むか、もらう側が取り込まねばならん。

 しかしお主は魔力が操れんし、あやつもそんな余裕無かったからのぉ。

 そこでワシがその耳飾りを媒体に介入し、魔力が流れるよう操ったというわけじゃよ」


「……もしかして、あの時耳飾りが無かったら危なかったりした?」


「うむ。恐らく魔力を減らすのが間に合わず、クラヴィスは魔物に成ってしまっていたじゃろうなぁ」


「そう、だったんだ」



 この手は届いていた。私達は間に合っていた。

 それなのに、確かに手を繋いでいたのに、それでもあの人はあのまま堕ちていたかもしれない。

 想像できてしまったあり得た未来に背筋が震える。


 でも、そうはならなかった。そうはさせなかった。

 だから大丈夫だと小さく息を吐き出す私に、アースさんは神妙な面持ちで続ける。



「本来の用途ではない無茶な方法じゃから、今回だけの特例だと思っておれ。

 今後は魔力が暴走でもせん限り介入せんよ」


「あれ、魔力に介入するために作ったんじゃなかったの?」


「うんにゃ。元々はワシとあやつの繋がりを維持するためのものじゃよ。

 ワシが契約したのはあくまでも未来のクラヴィスじゃろ? 過去のクラヴィスとは欠片も繋がりが無い。

 そうなると居場所を探る事も、生死を知る事もできん。しかし呑気に探す猶予なんぞ無かったからのぉ。

 それ故、過去へ渡っても繋がっていられるよう、その耳飾りを作ったんじゃ」


「あー……手がかりが一つも無かったら探すどころの話じゃないもんねぇ……」



 言われてみればそれもそうか。

 いくらアースさんでも、この広い世界で一人の人間を探し出すなんて至難の業。

 見つけられた、というか出会えたから良かったけれど、もし目立つ王家の名や黒を隠されでもしていたら探すに探せなかったろう。



「その耳飾りはワシの鱗とあやつの髪からできておる。

 要するにお互いの肉体の欠片からできておるわけじゃ。

 肉体が混ざり合っている、つまり同一の存在だと理に誤認させる事で、契約にも似た繋がりを作るという寸法でな」


「……なんか、すっごい危なそうな事してない……? 理って誤認させたりして大丈夫なの?」


「まぁ……呪いの応用じゃからのぉ……使い方を誤ればワシもあやつもただではすまん。

 一応言っておくが、多用すると面倒な事になる。

 あまり耳飾りを頼り過ぎないよう、お主も注意しておくれ」


「りょ、りょーかいでーす……」



 どうやらあまり善いとは言えない手段だったらしい。

 ちょっぴり言い難そうに話され、顔が引き攣ってしまうけれど、どうにか苦笑い交じりに返事をしておく。

 いやーまさか自分が呪いの道具を身に着ける事になるとは、思ってもみなかったナー。

 気のせいだとは思うけれど、どことなく右耳が冷たく感じて、思わず乾いた笑いが零れた。

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