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まずは歩み寄りたいのですが

 状況が状況だから、ディーアに警戒されるのは百も承知だ。

 承知なのだが、せめて害はないのだと受け入れてもらえないだろうか。

 じゃないと大人しく治療を受けてもらえなさそうなんだよね。それはとても困る。



「えーっと、何から言えば良いのかな。

 とりあえず……貴方は私が調合した薬で処置させてもらってました。これがその薬ね。

 あの人はこちらの魔物さんに手伝ってもらって治療して、今は落ち着いてます」



 兎にも角にも敵じゃないんだってアピールせねば。

 ディーアが黙っているのを良い事に、私達がしたことを端的に説明する。

 それでもまだこちらを睨みつけているものだから、どうしたもんかと頭を捻らせていると、ディーアが口を開いた。



「……ぁ、ッ!?」


「大丈夫!?」



 きっと何かを言おうとしてくれたんだろう。

 構えていた短剣を落とし、喉を押さえて酷く咳き込むディーア。

 私達の説明なんかよりも先に注意しておくべきだったと、慌てて痛み止めを引っ掴み、ディーアへと差し出す。



「ぅ゛、ぅ……」


「無理して喋っちゃ駄目だよ。毒で喉がやられてるの。

 昨夜よりちょっとはマシになってるけど……もう声はほとんど出せないままだと思う」



 ディーアが声を失ったのはこの毒のせいで間違いない。

 だからきっと、私が居た所でディーアの声は二度と戻らないだろう。



「……ごめんね」



 何も出来ない事への謝罪を呟きながら、痛み止めの入った器をディーアの口元へ寄せる。

 飲みやすいように液体にしたし、即効性のある物だから、一口でも飲んでくれさえすれば楽になるはずだ。

 だけど見知らぬ誰かが処方した薬なんて、そう簡単に飲むわけにはいかないんだろう。

 痛みに苦しみながらも私から奪うように器を取ったディーアは、薬ではなく周囲へと視線を向ける。


 私達への警戒はそのままに、隣に眠るクラヴィスさんを見つめ、小屋を見渡す。

 やっぱり駄目かな。信じてはくれないかな。

 固唾を呑んでその様子を見ていると、ディーアは痛み止めへと視線を落として数秒見つめた後、ゆっくりと痛み止めへと口を付けた。



 これは、少しは信じてくれたと思って良いのかな。

 私が飲ませるのではなく、ディーアが自分から薬を飲んでくれた事にホッとする。

 最終手段アースさんに気絶させてもらうしかないかって思ってたからさ。そうならなくて良かった良かった。


 そう、安堵したのもつかの間、ディーアがピクリと何かに反応を示す。

 薬に何か気になる事でもあったのかと思ったが、どうやら違うらしい。

 明らかにクラヴィスさんの方へと動こうとしていて、私もそちらを見れば、クラヴィスさんがうっすらと目を開けていた。



「良かった……! 目が覚めたんですね!」


「こ……こは……」



 声を掛ければぼんやりとした視線が周囲を彷徨い、誰に向けたかも曖昧な疑問が零れ落ちる。

 次いで私を捉えた漆黒が微かに見開かれ、ぱちぱちと瞬きを数回繰り返したのを見て、とりあえずいつものようにへらりと笑って疑問に答える事にした。



「ここはヘティーク湖の近くにあった小屋です。

 長い間誰も使ってないみたいだったので、お借りしちゃってます」


「……誰だ」



 湖で一言だけ会話したのは覚えていないのか。覚えていたとしても変わらないのか。

 こちらを警戒し、体勢を整えるべく起きようとするクラヴィスさんをアースさんが尻尾で制する。



「お主も無理に動かぬ方が良い。

 あれほど肉体が変異してしまっていたんじゃ。見た目こそ人の身に戻っていようが、まだ安定はしておらんからの」


「え、大丈夫なの?」


「なぁに、変異を起こさず安静にしていれば治まる程度じゃよ」



 今までのアースさんの言葉から、クラヴィスさんが相当危険な状態だったのは察していたが、まだ安心はできないか。

 体に力が入らないのもあってか、アースさんに促されるまま横にはなったが、こちらを観察してくるクラヴィスさん。

 これは、魔堕ちについて聞きたかったけど、先にこちらの事を話した方が良さそうだ。



「とりあえず私達の自己紹介からしましょうか。私は──」


「待ったぁ!!」


「ったぁ!? 何すんのアんぐう!!」



 自己紹介を、と口を開いた途端、アースさんに尻尾で思いっきり口を叩かれ閉ざされる。

 めっちゃ痛いんですけど!? 思いっきりやったなこいつ!!

 何をすんだと涙目で睨みつけ、喋れない口でもごもごと抗議するが、アースさんは私を開放する事なく首へと体を巻き付けた。



「すまんがちょっと打ち合わせしてくるでの! しばし待っておれ!」


「んぐー!!?」


「あ、あぁ……?」



 口を閉ざされたままぐいぐいと首を引っ張られ、倒れそうになりながら扉の外へと連れて行かれる。引っ張るならせめて腕にして。

 というかマジで何してんのアースさん。さっきのクラヴィスさん、元の時代でも滅多に見れない顔してたよ? 明らか困ってたよ?



「んぐぐんぐ!?」


「良いか、ワシ等の名前は教えてはならんぞ。それから未来から来た事もじゃ」


「んぐ?」



 小屋から離れ、小川の傍でしゃがみ込まされたかと思えば、アースさんは真剣な表情でそう告げる。

 どうやら真面目な話らしい。一旦抗議するのは止めて首を傾げて見せれば、そっと尻尾が離れて行った。



「名前というのはその者の魂を縛る性質があっての。

 この時代の者達に名前を呼ばれる度に、ワシ等の魂はこの時代に結び付けられてしまう」


「もしかして帰れなくなっちゃうとか?」


「うんにゃ。ワシ等にとっては元の時代の方が結び付きが強い。例え名を知られてもそんな事にはならんよ。

 しかし歪みが相当ひどかったからのぉ……縁が強まれば強まるほど、歪みが修正される時にワシ等も引っ張られてしまう。

 そうなってしまったら、ワシ等という存在がどこまで影響を及ぼしてしまうか、ワシにもわからん」


「……名前はわかったけど……未来から来た事を話しちゃダメなのはなんでなの?

 話しちゃった方がお互い話が進めやすいと思うんだけど」


「そちらも知られる分には構わんのじゃがなぁ……クラヴィスが常人離れした魔導士であるのはお主も知っておろう?

 下手に話して未来の情報を与えてしまうと、過去が大きく変わりかねん。

 例えば……あやつがこの時代でオルガ糖の製造方法を知ってしまったら、ノゲイラがオルガ糖を作る未来が消えてしまうやもしれん」


「それは困る」


「だから何も話さぬ方が安全だ、という事じゃよ」



 クラヴィスさん達に聞かれないよう、顔を寄せ合ってこそこそと聞いてみれば、本当に真面目な話だったようだ。

 確かにクラヴィスさんが色々と規格外なのは元の時代で良く知っている。

 それにこの世界が今酷く不安定なのは、世界の狭間で見た荒れ様から私でも察せられる。

 誰よりも世界の在り方について詳しいだろうアースさんでも予測ができないのなら、なるべく避けた方が賢明だろう。しかし、そうしようにも問題がある。



「でもさ、それってつまり……私達、完全に身元不明の不審者な状態であの二人を助けなきゃいけないって事だよね?」


「そうなるのぉ」


「無理では?」



 さっきディーアに警戒されてましたよね。鋭い視線向けられてましたよね。

 そもそも信用できない相手を、あのクラヴィスさんが傍に近付けさせてくれるとでも?

 さっきの行動もだし、怪しまれる要素しか今のところ無いと思うんだけど、この状況で行けると思うの?



「とにかく! 名乗るとしても偽りの物にしておくんじゃ。

 ワシは……そうじゃな、以前お主がワシの事を東洋龍と呼んでおったの。それでどうじゃ?」


「種族名だよそれ……呼びにくいなぁ」



 急に偽名を名乗れと言われても、そんなにすぐ思いつく物じゃないんだけどなぁ。

 ついシルバーさんの時を思い出してしまうが、それはそれ。

 あまり長く離れていては余計に怪しまれてしまうと、私は自分の偽名を考えながら小屋へと戻ったのだった。えー……どうしよう……。

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