ちゃんと笑えてたかな
調合して、ディーアに飲ませて、クラヴィスさんの様子を見て、また調合して、調合して。
いくら色んな薬を調合できたとしても、一度に飲ませられる量には限界があるし、薬同士の相性もある。
だから塗り薬にして炎症部分に塗り込んだり、後で必要になるかもしれないと作れる薬をとにかく作って、作って。
いつの間にかうたた寝をしてしまっていたらしい。
気付けば私は二人の傍で横になっていて、辺りはうっすらと明るくなっていた。
木の床で寝ていたから、節々が痛む体に思わず声が出そうになるけれど、自分以外の吐息が聞こえて来て、ぐっと力を込めて口を閉ざす。
これは、二人共ちょっと落ち着いてる、かな?
物音を立てないように、そっと体を起こして二人の様子を見れば、昨夜よりかはマシになっているのか。
顔色は悪いけれど、昨夜より呼吸が落ち着いているように見える。
多分、峠は越えられたと思って大丈夫そうかなぁ。
少し安心して肩の力が抜けたからか、急に喉の渇きを感じ、そっと立ち上がる。
確か昨日の作業中にアースさんが桶に水を溜めててくれたはず。
魔法で浄水もしてくれてたし、安心して飲めるのは本当助かるなぁ。
気遣いのできる龍は、小屋の中を漁って使えそうな物も見繕ってくれていたらしい。
桶の傍に洗った後と思われる木製の食器が幾つか並べてあったので、その一つを借りて水を飲んでいたら、外から沢山の木の実を抱えたアースさんが帰って来た。
「お、起きておったか」
「ごめんね、寝ちゃってたや。色々用意してくれてありがとー」
「なぁに、ワシはしばらく手持ち無沙汰だったからの。
ほれ、お主らが食べられる物も取って来たから、今の内にお食べ」
「至れり尽くせりだぁ」
いやぁご飯もどうにかしないとなぁと思ってたんだよねぇ。流石アースさん。いざって時に頼りになるぅ。
机に並べられた木の実の種類を見る限り、今の季節は夏の初め頃だろうか。
となると、しばらくはサバイバル生活でも何とかなる、かな?
この季節なら食べれる物はそれなりに自生しているし、肉や魚もアースさんにお願いすれば獲って来てくれるはず。
生活面も、クラヴィスさんが倒れている今、アースさんに頼るの前提にはなるけれど、魔法と工夫でどうにかできるだろう。
しかしそれも秋までだ。
ノゲイラの冬は、長い歴史で多くの死者を出して来た程に厳しい物。
植物も動物も冬を越すために寝静まり、食べる物なんて手に入らなくなってしまう。
何よりこの小屋は休憩するためだけの物だ。
冬に使う想定はされていないのかノゲイラでは標準設備である暖炉すら無く、放棄されていたため傷みも目立つ。
いくらアースさんが付いているとしても、ノゲイラの冬をこの小屋で越せるとは到底思えない。
だからずっとここに留まってはいられないけれど、二人が動ける程度には回復しないと移動は難しいだろう。
「難しい顔をしておるが、どうかしたか?」
「んー……やる事いっぱいだなぁって思ってさ。これから沢山こき使うと思うけど許してね」
「うむ、雑事はワシが何とかできる範囲でやっておくとも。お主はこの二人の事に専念すれば良い」
クラヴィスさんの魔堕ちが治るまでどれぐらいかかるか、私にはわからない。
ディーアも、専門家ではないからはっきりとはわからないが、少なくとも数ヵ月は治療に専念した方が良いだろう。
他にも治療と並行して色々進めないといけない事がありそうだなぁと、思わず遠い目をしてしまったけれど、一人じゃないんだから何とかなるでしょう。
そう気合いを入れ直していると、クラヴィスさんから小さな呻き声が聞こえてきた。
「……少し苦しそうだね」
「ふむ……ちと魔力が溢れておるようじゃな。手を」
「……っし! いつでも来い!」
「そう身構えんでも大丈夫じゃよ。
あの時は急を要したから、お主に不必要な負担を掛けてしもうただけじゃ。これぐらいなら痛みなど感じずに終わるじゃろう」
てっきり毎回あの痛みが襲い掛かって来るのかと思ったが、そうでもないらしい。
アースさんに言われた通り、特に身構えずにクラヴィスさんの手を握る。
するとあの時と同じ様にイヤーカフが光を灯し、魔力が流れ込み始めた。
その流れは緩やかで、アースさんが言っていたように痛みも感じない。
あの時は魔力が暴走してたみたいだから、暴走しているのとしていないのとでは大きく差も出るだろう。
とりあえず流れ込んでくる魔力を消費するために、レガリタを唱えて適当に結界を維持しつつ、クラヴィスさんの様子を見ているアースさんへと問いかけた。
「魔堕ちってさ、結局何なの? これで本当に治る?」
「そうじゃな、説明せねばとは思っておったが……まずはお互いの事を話さねばならんかの?」
ちら、とアースさんの視線が私から逸れ、違う方へと向けられる。
まさか、と私も視線を向ければ、一体いつ起きたのか。ディーアがこちらを睨みつけていた。
見知らぬ人間と魔物が主の傍に居るからだろう。
まともに動けるはずがないのに、音も立てずに体を起こして短剣を手にし、私達へと警戒を露わにしているディーア。
その両目はこちらの一挙手一投足、全てを見逃さないようにしているらしい。
こげ茶色の左目だけでなく、見えているかすら怪しい右目をも見開いて。
弱った肉体が悲鳴を上げ、肌に血を滲ませているのに、それでも瞼を閉じようとしてくれなくて。
毒に侵されていてもなお、鋭さを失わない視線を向けられ、心がずきりと痛む。
彼に、こんな視線を向けられる事は無かった。
いつも優しくて、大切だって伝わる眼差ししか向けられなかった。
「──大丈夫だよ」
でも、今の私達にはこれが正しいんだ。
今ここに居る彼の主は私じゃない。
主であるクラヴィスさんを守るため、彼がそうするのは当然だから。
「私達は、貴方達を助けたいだけなんだ」
だから、今は仕方ない。
そう痛みを訴える自分の心に言い聞かせて、私は今にも短剣を突きつけて来そうなディーアにいつものように笑ってみせた。




