その笑顔を知っているから
私の中で溢れていた魔力が減り、クラヴィスさんの瞼が再び閉じられ、レガリタの光がいつもの輝きに戻って来た頃。
林の奥からアースさんが嬉しそうに戻って来た。
「お主の言う通り洞窟もあったが、近くに小屋もあっての。
しばらく使われておらんようじゃし、有難く使わせてもらおう」
「小屋? そんなのあったんだ……」
アースさんの様子から何かしら見つかったんだろうなとは思ってたけど、まさか小屋が見つかるなんて。
私の居た時代には無かったから、未来では取り壊されている物なんだろう。
何にせよ、洞窟と小屋どっちが良いかなんて比べるまでもない。
不法侵入だとは思うが、重症者二人抱えてる今、使える物は何でも使わないとね。綺麗に使うので許してください。
アースさんが二人の体を浮かせ、運んでくれるのに付き従い、林の奥へと歩いていく。
それにしても新月の夜に林の中を歩くとか、真っ暗過ぎてちょっとでも離れたら終わりだね。
今もレガリタを使っているから周りが見える程度に明るいが、頼りになるのはそれだけだ。
湖の近くともあって、冷ややかな風が草木を揺らすもんだから、結構怖いです。こちとらホラー耐性は無いんだぞ。
そう、怖さはあるけれど自分がやらなければならない事はわかっている。
そのため道中、アースさんから離れないように気を付けながら、薬の材料になりそうな植物を採取して歩く事しばらく。
草木を掻き分け進んだ先に、アースさんの言っていた小屋が唐突に現れた。
「ホントにあったんだ……」
以前は人の手が入っていたからか、周囲に比べて少しひらけた木々の間。
星空の僅かな輝きが降り注ぐ小さな空間に、誰からも忘れられた木造の小屋がぽつんと建っている。
あちこち蔦が這っている様子から、少なくとも数年単位で使われていないらしい。
近くには川でも流れているようで、風が木の葉を揺らす音とは別に聞こえて来る水の流れる音を聞きながら、私はその扉へと手を掛けた。
「開きそうか?」
「んー……鍵とかは掛かってないみたいだけど……ちょっと離れてて」
どこか歪んでしまっているのか、固い扉を慎重に引っ張る。
ぎぃぃぃ、と心配になる音がするけれど、どうにか動きはするようだ。
扉に巻き付いていた蔦がプチプチと切れていき、全開になった扉の中をそっと覗き込んだ。
「うん、まぁ、まだマシだね」
見渡す限り埃、埃、クモの巣、埃のオンパレードな室内に、思わず苦笑いしてしまう。
外見からしてそうだろうなとは思っていたが、これは中々。入るのに覚悟がいるなぁ。
とはいえ、窓も扉も閉まっていたおかげで動物の寝床にはなっていないらしい。
椅子や机など、置いてあった家具は少々傷みが目立つものの、十分使えそうだ。
詳しい事は後で調べるとして、とりあえず二人を寝かせる場所を作ろうとしたら、先にアースさんが魔法で埃やクモの巣をまとめてぶっ放していた。うわぁ豪快。
「ラッキー! 毛布あるよ! しかも何枚も!」
「村から離れておるし、休憩用にでも建てられたんかのぉ。色々と道具もあるようじゃ」
恐らく数人が夜を凌げる程度の準備をしてあったんだろう。
中を軽く物色すれば、すぐに畳まれた毛布の山が見つかった。
他にも壁際に斧や鎌など、色々置いてあったけれど、今は必要無いのでその辺りの確認は後回しだ。
どうせ後で掃除もしないといけないしね。隅っこの方とか埃が残っているもの。確認はその時で良いだろう。
放置されていたから古びていて埃っぽいけど、無いよりマシだと、軽く外で叩いてから毛布を使って簡易ベッドを作る。
そしてアースさんがゆっくりと二人を寝かせてくれたのを見つつ、調合道具を机へと広げた。
「とりあえずディーアの処置に入っても大丈夫だよね?」
「うむ、クラヴィスの方はしばらく大丈夫じゃろう。
とはいえ、またいつ魔力の暴走が起こるかわからんから、要注意じゃな」
「りょーかい」
魔堕ちについて詳しい話を聞きたい気持ちはあるけれど、話を聞くのは後でもできる事。
だから今は調合をと、道中で手に入れた素材から解毒のポーションの素材になる物を選び取る。
「何か作れそうか?」
「解毒のポーションと解熱剤は作れると思うけど、それだけじゃ駄目だろうね。
何でも良いから素材取って来てくれる? あと水汲んで来て浄化しといて」
「素材のぉ……何が何の素材になるかいまいちわかっとらんのじゃが」
大丈夫、私もいまいちわかってないから。とは言わず、アースさんを送り出す。
お互い素材になる植物を育てたりはしていたけど、真剣に調合の勉強をしていたわけじゃない。
特にアースさんは調合となると眺めていただけだから、私と違ってはっきり覚えているわけではないだろう。
それでも、今はそれしかできないし、やれる事をやるしかない。
何の毒を使われたかわからない限り、適した解毒剤を作るのは難しい。
見たところ、炎症を引き起こす毒は間違いなく使われていると思うが、手がかりはそれだけだ。
となると、解毒剤を作ろうとするのではなく、対症療法を行っていく他ないだろう。
それに、幸いな事に下級の解毒ポーションなら私でも作れる物だ。
解毒のポーションは効果が高くない代わりに、どんな毒にも効く特性がある。
素材も、ヘティーク湖周辺に自生している物で作れるので、素材が無いなんて事にはならないはずだ。
どれだけ強い毒でも、理論上解毒のポーションを与え続ければ、いつか必ず解毒し切れる。
問題はそこまでディーアの体力が続くかどうかだ。
どんな毒でも解毒できる、と言えば聞こえは良いが、効能としては本当に僅かな物だ。
毒に適した解毒剤なら一度で解毒できてしまうとしたら、解毒のポーションは何十、何百回と飲まないと解毒しきれない。
そのため実際のところ、そこまで便利な物ではなくて、あくまでも解毒剤を作るまでの応急処置でしか使われていないと聞く。
肌が爛れるような毒なんだ。
私の作るポーションがいかに特殊な物でも、気休めにしかならないだろう。
それでも私の知る未来ではディーアは生きている。
生きているのだから、助けられる。
ならば何百、何千とでも調合し続けよう。解毒剤だって作ってみせるとも。
アースさんは、クラヴィスさんが異変の要だと言った。
恐らくディーアは異変にそこまで関係無いのだろう。
例えディーアが居なくなっても、この世界は私の知る世界に戻るんだろう。
でも、だからと言って全力を尽くさないわけがない。諦めるわけがない。
私はクラヴィスさんだけでなくディーアも助けるために、この時代に来たんだから。
未だ響く痛みと疲労で震えそうになる手を軽く振り回し、私は解毒のポーションを調合し始めた。




