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堕ち行く貴方の手を掴む



「これって……」



 クラヴィスさんは人間だ。

 どれだけ人間離れした魔力を持っていようとも、あの人は私と同じ、ただの人間だ。

 それなのに人の物ではない鱗と翼が確かにそこにある。


 肉体が変質し、人が魔物に成り果てる病。

 直接見た事は無いけれど知っているその病が脳裏を過り、アースさんを見れば、静かに頷かれた。



「今クラヴィスの肉体は魔物へと変わろうとしておる。

 恐らくクラヴィスが魔物になるかならないかで、この世界は大きく分かれて行くのじゃろう」



 魔堕ちについて詳しかったのは、自分もそうだったからなのか。

 苦しそうにしているクラヴィスさんの容体を確認しながらそう告げるアースさん。


 クラヴィスさんが魔堕ちを患っていたなんて、知らなかった。

 心配を掛けたくなかったのかな。それとも私には隠したかったのかな。

 別れ際のあの人を思うに、多分私には隠していたかったんだろうな。



 だって知っていたのなら、私はとうの昔に決めていただろうから。

 何を失うとしても必ず助けに行く。

 私ならそう定めてしまうと、あの人もわかっていただろうから。



 見ればディーアも、ただ意識を失っているわけではないらしい。

 私もできる事をしようと、うつ伏せに倒れているディーアの肩を引いて顔を覗き込む。

 そしてそこで見た姿に、どうしてディーアが顔を隠していたのか、ようやく理解できた。



 右目の周辺と、顔の下半分から鎖骨にかけて赤黒く爛れた肌。

 浅く呼吸を繰り返す口元は庇いでもしたのか多少マシだが、それでも酷く腫れあがっている。

 右腕も顔と同じように爛れていて、全身が熱を孕んでいる。


 一瞬火傷かとも思ったが、微かに薬品の匂いが漂っている。

 ディーアは毒で声が出せなくなったと言っていた。

 つまりこれは、毒のせいなんだろう。触れるだけで肌が爛れるほどの猛毒をディーアは頭から被ってしまったんだ。



「ふむ……毒に侵されているとはいえ、ディーアはまだ猶予がある。

 先にクラヴィスを人の姿に戻さねば。変質した時間が長ければ長い程、戻れなくなってしまう」


「私は何を?」


「お主はクラヴィスの手を握っておくれ。

 今は急を要する。そこから先はワシがやろう」



 アースさんが水を作り出し、毒を洗い流してくれたようだけれど、それは応急処置にもならない処置。

 後回しにする申し訳なさはあるけれど、これも二人を助けるため。

 爛れた肌に障らないよう注意してディーアから離れ、クラヴィスさんの傍へと膝をつく。

 言われた通りクラヴィスさんの手を握れば、右耳にあるイヤーカフが何かに反応するように光を灯した。



「ちと苦しいと思うが、頑張るんじゃぞ」


「え? っい!!?」



 何が、なんて思う間も無く、繋いだ手から流れ込むように痛みが襲い掛かって来る。

 いつもよりも激しく、荒れ狂っているけれど間違いない。これはクラヴィスさんの魔力だ。

 アースさんがクラヴィスさんの魔力を強制的に私へと流し込んでいるんだ。

 そう直感でわかるけど、痛いものは痛い。ってか痛すぎるんですけど……!?



 全身を内側から切り刻むような、そんな激しい痛みが駆け巡っていく。

 痛みしか感じない。頭がおかしくなりそう。痛い、痛い、痛い。

 魔力の暴走ってこういう状態なのか。わからない。何も考えられない。


 ひゅーひゅーと、辛うじて呼吸はできているか、いないか。自分の体なのにそれすらもわからない。

 意識が朦朧としていく中、ぼやける視界にクラヴィスさんが映り込んだ。



 どうなってる? この痛みで、貴方を助けられている?

 何もわからないけれど、繋いだ手を頼りに目を無理矢理開ける。

 ぼやけた視界に映った黒い翼は消え始めていて、硬い鱗も端から透明になり始めていた。


 助けられている。きっと、この人の助けになれている。

 だから繋いだ手を握り締め、体の中を暴れ回る痛みを必死に耐える。



 そうして、どれだけ耐えたか。

 魔力が流れ込んでくる感覚が消え、気付けばクラヴィスさんの体は完全に人の物へと戻っていた。



「よ、かった……」



 きっと、これでクラヴィスさんは大丈夫だ。

 全身を襲っていた痛みも、原因である魔力の供給が止まったからか、全身をじわじわと浸食するような痛みへと変わっていく。

 これぐらいなら、どうにか動けなくもないけど……ずっとこのままは流石にきっつい…………!

 変化はあれど治まる気配が無い痛みを、どうにかしてくれとアースさんへ視線だけ投げかければ、労わるように尻尾で私の肩を撫でて来た。



「よう我慢した。次は魔力を消費せねばならんのじゃが、レガリタは使えそうか?

 無理なら別の方法を取るが……」



 痛みに悶える私を気遣いつつ、困った様子のアースさん。

 この状態で魔法なんてまともに使える気がしないけれど、恐らく別の方法とやらはあまり良い物ではないんだろう。

 なので浅い呼吸を繰り返し、クラヴィスさんと繋いでいる手とは別の手で指輪を握りしめる。



「レガリタ……!」



 か細い声で唱えた魔法は、正常に届いてくれたようだ。

 過剰な魔力を注がれているからか、いつになく鋭く輝く光の結界が周囲に展開する。

 それと同時、体内で暴れていた魔力が減って行き、少しずつ痛みが無くなっていく。


 あー……きつかった……ちょっとじゃないよこれ。滅茶苦茶しんどかったんだけど。これで「ちと苦しい」とかマジで言ってる?

 文句を言いたいが言う気力もなく、ただぐったりとしながらアースさんを見れば、アースさんはアースさんで空を見上げていた。



「アースさん?」


「……先に休める場所を探さねばならんかのぉ」



 どうしたのかとアースさんに声を掛ければ、アースさんは空を見上げたままそう呟く。

 私には暗くて良く見えないが、どうやら分厚い雲が流れてきているらしい。

 雷も伴っているのか、何度か光ったのが見えて思わず顔が引き攣った。この状況で雷雨は困るって。



「どうやらクラヴィスの魔力に影響されて天候が変わったようじゃ。

 お主はこのままここでレガリタを使っていなさい。とにかく魔力を減らしておくんじゃ。

 ワシは雨風をしのげる場所を探してくるでの」


「待って、多分だけど……あっちに洞窟があると思う」


「わかった」



 アースさんが言う通りここがヘティーク湖なら、方角的に近くに洞窟があるはずだ。

 そのため辺りを見渡し、空から見た湖の形と村の位置から予測し、指差した方向へと飛んでいくアースさんを見送る。

 村から離れた洞窟だから魔物や獣の巣穴になってそうだけど、今は緊急事態だ。

 もし先客がいた場合はアースさんに追い払ってもらおう。衛生面は一旦考えないものとします。


 本当は近くにある村を頼った方が良いんだろうけど、今私達がいるのは過去のノゲイラだ。

 正確な年数はわからないけど、クラヴィスさんとディーアの姿からして十年近く過去に来ているだろう。

 となると、前領主も健在なわけで。ノゲイラの村はどこも生活が苦しいわけで。

 そこに黒髪の人間が二人も現れたら、治療どころの話じゃなくなりそうなんだよなぁ……うん、最終手段かもです。



 場所探しはアースさんに任せ、私も私にできる事をしておこう。

 レガリタを維持したまま、ディーアの方へと這いずり近寄る。


 いくら私の知るディーアより若いとはいえ、毒を避けもせず頭から被るなんて考えにくい。

 となると、クラヴィスさんか他の誰かを庇った可能性が高いか。

 何にせよ、猶予があると言っても危険な状態には変わりないんだ。少しでも処置を進めないと。



 素手で触るのは危険だとわかっているが、この様子だと服に毒が残っていてもおかしくない。

 そのため毒に触らないよう注意し、持って来ていた採取用の小型ナイフを使って服を破りながら脱がしていく。

 慎重に、ディーアの肌を傷付けないように、レガリタの輝きを明かりにして、ゆっくり、丁寧に。

 そうやって毒が掛かっただろう場所を露わにし、ふとクラヴィスさんの方を見れば、漆黒と目が合った。



「……だれ、だ…………」



 魔堕ちの症状が治まって、僅かに意識を取り戻したのか。

 取りこぼしてしまいそうなほどか細い声で問いかけられる。


 未来から来たって言って信じてもらえるのかな。

 というか、意識があるっていっても今にも倒れてしまいそうだし、説明しても覚えてるかどうか。

 そもそも説明しようにも、私もまだ激痛やらでまともに頭働かないしなぁ。



「貴方達を助けに来たんですよ」



 だからそう、笑って答えたのだった。細かい事は後回しでお願いします。

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