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変化はどこにでも

 そうしている間にも村に着いたようで、馬車が止まる。

 御者さんが扉を開けてくれ、いつものようにクラヴィスさんが先に降り、差し出された手に自分の手を重ねる。

 もうね、エスコートされるのにも慣れたもんですよ。この前ちょっと躓いちゃったのもあってここは大人しく従いますとも。



「領主様! トウカ様! ロア村へようこそおいでくださいました!」


「出迎えご苦労、早速だが案内を頼む」


「はい、こちらへどうぞ」



 村に着いて早々、村長と村の役員達に出迎えられ、クラヴィスさんの隣でとりあえず令嬢らしく微笑んでおく。

 今回は突発でも抜き打ちでも無い、ごく普通の視察だからなぁ。

 そういう視察は事前に伝えてあるから、村側もしっかり準備していたんだろう。

 若干緊張しているようだけど、挨拶もそこそこにクラヴィスさんから案内を求められても、村長達は戸惑わずにすぐに応じている。


 やはり事前の連絡は大事。

 特に来られる側の心構えができるからね。

 連絡無しでやるのは後ろめたい事がある相手だけにしときましょう。



 村長達を先頭に、私とクラヴィスさん、ディーアとフレン、それから文官さんが数名、村の中を歩いてく。

 いやー十人近い大所帯だから、村人からの視線をひしひしと感じるぜ。

 視察をするといつもこうなので慣れるしかないんだけど、こればっかりは何回経験しても緊張するや。


 ちなみにルーエとアンナはお休みです。休みを取りやすい職場環境にしたいからね。そのお手本ってのもあるのです。

 更に言うとスライトも長期休暇を取ってたりする。里帰りしているそうだが、ゆっくりできてると良いなぁ。



「それにしても随分賑やかになりましたねー」


「有難い事で、商人の方が頻繁に来てくださるようになってからというもの、とても活気付いております」



 以前視察に来た時に比べれば、目に見えて賑わいが増している。

 商人の開く露店だけでなく個人商店も増えてるし、もう町と言っても良いぐらいの賑わいじゃなかろうか。

 もうちょっと人口さえ増えれば、正式に町へと名前を変わる日も来るだろう。


 あんまり差は付けないようにしてるけど、村と町じゃ人口の多さでちょっと支援や公共施設とか色々変わってくるからなー。

 村長達も「移住者を積極的に受け入れたい」って言ってたらしいから、町へと変えたい気持ちは強そうだ。

 場所によっては村のままでありたいってとこもあるからネ。その辺りは住人の意思を尊重して、慎重に進めていく方針でやってます。後で揉めたくないし。



「あ! りょーしゅ様とトウカ様だ! こんにちはー!」


「はいこんにちはー」



 不意に元気な声の挨拶が聞こえ、振り返ればこちらに向かって元気良く手を振る少女が目に入る。

 うーん元気そうで何よりなのだが、背後から突然声を掛けてしまったからだろう。

 隣で母親だろう女性が申し訳なさそうに頭をペコペコ下げているので、気にしないよう笑いかけつつ、ついでに村の事でも聞こうかと少女に問いかけた。



「今は何してるところなの?」


「えっと今はね、友達にお手紙出しに行くところです! ほらこれ! 私が書いたの!」


「お手紙かぁ……良いねぇ素敵だねぇ」



 学校に行き始めた年頃だろう少女が見せてくれた手紙には、少し歪だがしっかりとした文字で宛名が書かれている。

 道路整備が進むのに伴い、村や町同士の交流も盛んになっている昨今。

 識字率の向上も合わさって、個人間での手紙のやり取りが増えているそうだ。


 識字率が向上したからこその楽しみが増えて来てるんだなぁって感じで、私はとても嬉しいです。

 聞いた話じゃ交換日記とかもあるらしいもんなぁ。そういう文化ってどこでもあるんだね。



 村での暮らしなど色々聞いて、元気な少女と別れ、村の視察を続けて似たような事が数回。

 老若男女、出会った人の話を聞いたり村の様子を見たりとしていると、観光客らしい人が林の方へと歩いていくのが目に入る。

 どこへ行くのかと私が目で追っているのに気付いたようで、村の役員さんが教えてくれた。



「あちらはヘティーク湖への道となっております。

 最近はアース様の姿を見れると幸運になると噂になっているとかで、それ目当ての方も多く来られているんですよ」


「へー……アースさんを見たら幸運ねぇ……」


「そういえば最近何やら騒がしかったのぉ……。

 運動と気分転換にと、ちょくちょく湖の底の辺りを泳いでおったが……騒がすようなら控えた方が良いじゃろうか?」


「い、いえ! 観光客も来てくださっていて、うちとしては有難い限りなので……!

 アース様さえ良ければ今後も姿を見せて頂ければ、と思っておりまして……!」



 なるほど、アースさんってば観光の名所みたいな感じになってるわけか。

 確か湖のほとりは憩いの場になっているとかで、ベンチとか東屋とか色々揃ってたはず。

 見晴らしも良いし、そこでたまに龍が見れるともなれば、確かに名物にもなるかぁ。



「アースさんに頼らずとも、ヘティーク湖自体美しい風景ですから、それを売りにすれば良いと思いますよ。

 ポストカードとか写真集とか作って知名度を上げるか……いっそ宿泊施設を建てても良いかもしれないですね。

 ノゲイラの城下町からそこまで離れてませんし、旅行者が増えたのに伴って宿泊施設の不足が問題に上がって来たところですし、丁度良いかも?」



 村長達の様子を見る限り、アースさんを観光の名所にしたいんだろう。

 そういえば王都での戦いで、災害を鎮めた聖なる魔物とか呼ばれるようになったんだっけなぁ。

 怯えられて避けられるよりかは雰囲気も良いだろうが、だからといってそれを当てにし続けるわけにはいかない。


 だって、アースさんは世界を渡る者。

 今は私と一緒で、クラヴィスさんを寄る辺としているけれど、この世界にずっと留まっているわけではないのだから。



「確かに、冬の厳しさはあれど療養地に適した場所でもある。

 長期滞在を主とした宿泊施設を設けても良さそうだな」


「まずは貴族向けに高級ホテルですかねー。

 今のところ主な旅行客は貴族ばかりですし、それでお金を落としてもらえば今後にも繋がりますしー?」


「なるほど……そういうのも……」



 クラヴィスさんには私の真意が伝わっているんだろう。

 私の提案を支持する流れを作ってくれたので、それに乗っかり誰でもわかりやすい利益を示してみせる。

 すると村長達はわかりやすく食いついて来てくれた。うんうん、村を豊かにするためにもお金は欲しいよねーわかるーお金は大事。


 村長達も、自分達なりに村にあるもので何かをしようと考えただけだろうから、そこをとやかく言うつもりは無い。

 あるものを工夫して売りにしようとするのは良い事だよ。

 今回は対象がアースさんだから却下させてもらうだけです。せっかく綺麗な景色もあるんだしさー活用したいよねー。




 次は木材の様子を確認するために、村のはずれに設けられた倉庫へと向かう。

 急速な発展に伴い、様々な木造の建築物を作っていく中で、成長が早いこの村の木材は大いに活用させてもらっている。

 しかし魔流の影響で急成長しているため、普通とは違うのも確かだ。

 そのため中身がスカスカだったりしないかとか、柔くなっていたりしないかなど、品質の調査が欠かせないわけです。


 現地の調査員さんから話を聞きながら木材の確認をしていると、ディーアが何かに気付き、さりげなく一歩私を庇うように立つ。

 警戒している、というわけではない様子に何か動物でも居たのかとそちらを見てみれば、そこには例の一家が居た。



 資料で見た写真と変わらない、二十代後半の父親と幼い男の子。

 多分、ここには子供を遊ばせに来ていたんだろう。

 虫取り網を片手に走り回る男の子に、父親が慌てた様子で追いかけている。


 村人達とは少し雰囲気が違うように見えるのは、王都から移住して来た故の違いだろうか。

 幼い子供のはしゃぎ声が木々の中で小さく響いているのに、あらまぁと小さく呟いた。



 これは、仕組んでいたのか偶然なのか。

 どちらにせよここで会ったが百年目ってやつかもなぁ。

 ちらりとクラヴィスさんに視線を向ければ、クラヴィスさんも同じ事を考えていたらしい。

 ぱちりと視線が合い、ほぼ同時に小さく頷き合った。



「彼等にも話を聞こうか」


「そうですねー」



 何も知らない村長達が不信感を抱かないように、視察の一環を装い親子の方へと歩いていく。

 こちらに気付き、すぐさま子供を捕まえて頭を下げた男性に近付いて、私は何も含みもない普通の笑みを張り付けて口を開いた。



「こんにちは。少しお話を聞いても良ろしいですか?」


「は、はい! 勿論です!」



 私達が視察に来るのは知っていたはずだけど、ここで出くわすとは思って無かったんだろう。

 緊張している父親に対し、男の子はぽかんとした表情でこちらを見ている。



「村での暮らしはどうだ? 何か困った事は無いか?」



 その問い自体は他の移住者にもしているものだ。

 村で生まれ育った者でなく、他所から来た移住者だからこそ見える視点もあるだろうと、そうやって寄り添いながら話を聞き出す事も多い。

 でも、なんだろう。なぜかいつもよりクラヴィスさんの声が柔らかく聞こえるのは、私の気のせいだろうか。


 声だけでなく、なんだろう。雰囲気もいつもと違うような……?

 そんなはっきりとしない違和感を感じているのは私だけらしい。

 一人で小首を傾げていたら、クラヴィスさんの視線が親子からアースさんへと移った。



「アース」


「ん? もう本体を見せてよいのか?」


「あぁ、その方が手っ取り早い」


「ほいほい、ちょっと待っておれよー」


「本体……?」



 あぁ、アースさんの本体を見せて揺さぶりでもかけるつもりなのかな。

 本体とは何ぞやと、当の本人は疑問を感じているようだけど、そんな疑問は吹き荒れた風に吹き飛んだ事だろう。

 突如湖から強風が吹き荒れ、離れていても聞こえるほど大きな水音が鳴り響き、冷ややかな空気がドレスを揺らしていく。


 相変わらずすごいなーと思いつつ、盾になってくれているディーアの後ろで軽く髪を押さえていれば、大きな影が広がり私達を覆っていく。

 立て続けに起こる異変が何なのか、戸惑っている男性へとわかるよう上を指差した。



「え」


「この小さな姿はアースさんの分身のような物で、本体はあっちなんですよー」


「ほ、本体って、あ、湖の!?」


「そうそう、見たら幸運になるとか言われてるらしいですねー」



 反応を見る限り、湖で泳いでいる所は見た事があるようだけど、実際に見るのとは違うんだろう。

 空高く舞う龍を見て、驚き固まりながらも子供を守ろうと抱きかかえる男性。

 やっぱり初めて見るとそうなるよねー。大丈夫ですよーあの龍ただのお爺ちゃんだからねー。



 なんて思ってたのだが、例外もいたようだ。



「わぁ、おっきぃねー」


「この子、度胸凄すぎません?」


「そのようだな」



 子供を守ろうとはしているが、驚きのあまり腰を抜かしたらしい父親の腕の中、そうのほほんと笑う男の子。

 一欠片も怖がってないねこの子。しかもアースさんの魔力に威圧される人も多いって聞いてるけど、全然平気そうだし。

 こりゃあ大物になりそうな予感がするなぁと、空を舞う龍の姿を見て目を輝かせる男の子に笑うしかなかった。

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