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新しいお菓子に創作意欲が刺激されたらしい。
ディック達が怒涛の勢いでドーナツやポテトチップスを作り始める。
あの勢いだと山のようにできちゃいそうだけど、いつもの事だし材料もそのつもりで用意しておいた。
なので気にせず適当に二人分見繕い、フレンが持って来てくれた皿へと盛り付けていく。
せっかくの新作なんだから、クラヴィスさんにも試食してもらわないとねー。
ドーナツは砂糖が少な目のやつを選んでー、そんなに量は要らないからポテチも少なめに盛り付けてー。
と、そうしている間にもアンナが六人分ほど取り分けていて、ルーエも紅茶を用意し終えていた。タイミングばっちりです。
時間も狙い通りおやつタイムだし、休憩するには丁度良い頃合いだろう。
ドーナツのアレンジ議論が白熱し始めた料理人さん達に一声かけ、私達は厨房を後にした。
チョコレートはまだ入荷が安定してないので、できればそれ以外のアレンジ中心でお願いしまーす。
「んー? そこのお二人さーん、ちょっと良いー?」
執務室の手前まで来た所で、この春入ったばかりの新人の使用人さん二人を見かけ、声を掛ける。
掃除をしていてくれたようだが、この様子だと新作お菓子の話は聞いていなかったんだろう。
私に声を掛けられ緊張しつつ、ルーエ達が持つお菓子が気になっている二人に苦笑いしつつ厨房の方を示した。
「貴女達も厨房に行っておいでー。今、ディック達が沢山作ってるからさー」
「え、と……私達も頂いてよろしいのですか……?」
「新作の味見も兼ねてるからねぇ。興味があるなら是非食べて欲しいなぁ。
もし仕事が途中で気になるっていうなら、キリの良いところまでやってからでも良いよ。
どうせ山のように作ってるからさ」
いくら元の世界で定番のお菓子だとしても、この世界の人達にウケるかどうかは別の話だ。
だからできるだけ試食してくれる人は増やしたいし、何によりホント、ディック達が山のように作っちゃうからさぁ……。
城の人間全員分とまでは言わないが、それでも結構な量を作ってしまうため、遠慮されちゃったりしまくると余ってしまう時もあるのである。
そうなると今度は処理に困っちゃうんでねー。
アースさんが全部食べようとしちゃって大変なので、新作の試食は基本城の皆も参加してもらわねばならぬのです。
一応私が新作を作るっていうのは伝えてあるので、気になる人は頃合いを見て顔を出してくれているだろう。
しかし新人さんは特に遠慮しがちなので、見かけ次第声を掛けるようにしているわけだ。
食品ロスを失くせて、皆も休憩ができて、意見も集められてと、一石二鳥どころか一石三鳥って事よ。
「わかりました! ありがとうございます!」
ぺこぺこと何度も頭を下げる二人をこれ以上緊張させないよう、ゆるゆると手を振りその場を離れる。
どうやら先に仕事を済ませる事にしたようだ。
後ろから「急ぎましょ」という話し声が聞こえて来た。頑張ってねー。
コンコンとノックはするが、特に確認も取らず執務室へと突入する。
今日は来客も居ないしそこまで忙しくないのも知ってるんでネ。
さてさて御用検めであるー! おやつの時間だから仕事は一旦中断してもらおうか!
クラヴィスさん達も新作を作るのは聞いているはずなので、私達が来るのは簡単に予想できていたようだ。
シドやカイルもいて、私が来た途端に二人は書類をまとめて席を立つ。
まぁ、新作を作る度にこうやって突撃かましてたら予想も何も無いよネ。
でもこうでもしないと休憩しようとしない人達だから、これはこれで良しという事で。
「今日は揚げた菓子だったか?」
「はーい、ドーナツとポテトチップスになりまぁす」
クラヴィスさんと短くやり取りしている間にも、侍女三人によってあっという間にお茶の準備が整えられていく。
皆はいつも通り別室で待機するようで、アンナとアイコンタクトを取れば心得たとばかりに頷いていた。
うんうん、皆の分も準備してあるからねー、ゆっくり休憩しててねー。
「こっちが甘めの生地を揚げて砂糖を振りかけたドーナツでー、こっちが芋を薄切りにして揚げて塩で味付けしたポテトチップス、略してポテチですー」
「……また甘そうな物を作ったな」
「甘いのは正義なんですよぅだ」
私の説明を聞いて、若干呆れを見せながらドーナツを手に取るクラヴィスさん。
あれか? 生地が甘いだけで飽き足らず、砂糖まで振りかけてるからか?
確かに砂糖が多めかもだけど、これはまだマシな方なんだよなー。
ホイップクリームとかチョコレートとか、もっと甘いドーナツだってあるんだぞー。
それにだ、ノゲイラにとって砂糖は重要な存在だ。
前領主を捕まえてすぐの頃、ノゲイラは財政難に陥っていた。
それを解決するために、私達は砂糖の製造と販売を始めたのだ。
もしも砂糖が手に入りやすい物だったら、資金調達に手間取りここまで順調にいかなかったと自信をもって言えますとも。
まさしく砂糖様様です。甘いのは正義っていうのは割とガチでホントにそうなのである。
要するに、私が甘いお菓子を作るのも当然というわけでして、そんな風に呆れないでいただきたい。
とまぁ、今回のドーナツは私としてはまだ甘さ控えめなのだが、クラヴィスさんにはちょっと甘すぎたようだ。
一口、二口と食べた所で止まってしまった。
「ダメでした?」
「いや、美味いよ。ただ油がな……」
「あらま」
どうやら甘さより油が胃に来ちゃったらしい。
半分ほどになったドーナツを皿に戻したクラヴィスさんは、砂糖無しの紅茶へと手を伸ばす。
揚げ物は最近食べられるようになったばかりで、まだ慣れてない人もいるからね。残念。
……いや、もしかしてそういうお年だから、とか……?
そういえばクラヴィスさんって三十路に突入してたな……!?
ふと頭を過った考えにドーナツを食べていた手が止まる。
そうだよ、私がこの世界に来て七年も経ってんだからそりゃクラヴィスさんも年を取るよ。
出会った時から変わらぬ美人なので年齢とかすっぽ抜けてたわ。
そうだよね、油って三十路辺りから来るっていうもんね……そっかぁ、クラヴィスさんも年には勝てないのかぁ……。
「せっかく用意してもらって悪いが、残りは君が食べてくれ」
「はーい、それじゃ遠慮なくー」
私がそんな事を考えているとは露知らず、クラヴィスさんは自分が齧った部分を千切り、残ったドーナツを皿へと戻す。
例え親子とはいえ食べ残しを食べるなんて、ルーエ辺りが見たら行儀が悪いって怒られそうだけど、今は居ないので問題無い。
それに私はお菓子を沢山食べられるし、クラヴィスさんは残したのを知られないしで、ウィンウィンだからねー。
半分ほど残っているドーナツを手に取り、迷う事無く頬張る。
うん、さっき試食したのよりかは甘さ控えめですなー。
「相変わらず美味そうに食べるな、君は」
んまんまとドーナツを食べていると、頬を指で撫でられる。
多分砂糖かドーナツの欠片のどっちかが付いていたんだろう。
自然な流れでクラヴィスさんに食べられたそれに、ちょっと顔が熱くなってしまう。
前にも似たような事があったなぁ。そういうのは口説きたい相手にしてくださいってば。
その時、ふとドーナツとは違う甘い香りが鼻を掠める。
何だろうと思ったけど、これは香水だろうか。それも女性物の。
クラヴィスさんが使うはずのない匂いに、思わず発生源を探して視線を巡らせると、机の上に装飾が施された手紙が雑に置かれていた。
あー……あれはお見合い系統のやつですね、はい。
私の視線で気付いたらしい。
クラヴィスさんが軽く指を振ったかと思うと、手紙が独りでに燃え上がり、消えていった。
「良いんです?」
「構わん、いつもの事だ」
「それはそうなんでしょうけどぉ……」
いつもの事だとしても、燃やすのはどうかと思うわけですよ。
向こうからすれば一世一代の告白だったりするかもしれないわけですし。
良く見る光景だが、相手はこうなってるのを知ってるのか気になる所です。後で恨まれたりしないかなぁ。
しかし、そうだとしても相手からすれば送り続けるのも当然か。
クラヴィスさんは公爵で、その上王位継承権を放棄しているとはいえ現国王の弟でと、貴族的には結婚していないのがおかしいレベルの人のはずだ。
義娘がいるとはいえそんな人が結婚してないとなれば、相手も手紙なり何なり送って機会を作りたいだろう。
それに、うちでもちょっとした問題にはなってるのよね。
シドとルーエの結婚をきっかけに踏み切れた人もいるけれど、主人が結婚していないのに自分達が先に結婚しても良いのかと考える人は少なからずいるらしい。
たまーに私の方に相談が来るんだよねぇ。いつも気にせず結婚しちゃいなって言ってるけどさぁ、皆良いのかなーって気になっちゃうんだって。
「クラヴィスさんは結婚とかしないんですか?」
ポテチをつまみながら世間話のノリで聞いてみたのだが、クラヴィスさんにとっては地雷だったようだ。
ピタリと動きを止めたクラヴィスさんに、ひやりと汗が溢れ出す。
あーっと、これは、沈黙が痛いやつですね……!?
「いやーほら、皆も気になるところと言いますか、何と言いますか、ね?」
そりゃそうだよね、結婚しようとしてないのはわかってるのに、聞いたらちょっとまずいよね。
どうにか話題を、と頭を振り絞る私を見て、クラヴィスさんは困ったように微笑んだ。
「……昔、誓いを立てた相手がいると言ったら?」
「え」
思ってもみなかった答えが返され、今度は私が固まる。
いや、その、てっきり権力争いが起きないようにーとか、そういった理由から結婚しないんだと思ってた。
思って、たん、だけど……そっか、そうなのか、クラヴィスさんにはそういった人が、居たのか。
あまりの衝撃に訳も分からず視線を逸らす。
自分でもどうしてこんな動揺しているのかわからなくて、とりあえず紅茶を手に取り落ち着こうと試みる。
えー、と、そう、そうね。そりゃあクラヴィスさんだって三十年近く生きているわけですし? 好き嫌いもあるわけですし? そりゃあ一人や二人好きな人が居てもおかしくないわけで。
でもその好きな人と一緒になるとか、そういった話は全く聞かないな?
もしかしなくともすごい訳ありだったりするやつか? これはまさしく地雷だったね!?
明らかに動揺しているからだろう。
クラヴィスさんは吐息を漏らすように笑ってあっけからんと言い放った。
「建前だ。そう言っておけば断る理由にもなる」
「え、あ、そう、そうでしたか」
あーなるほど、そういう理由か、なるほどー。
断る理由としてそういう事にしているのなら、貴族では知られた話なんだろう。
だからそういった目的の手紙は燃やしても構わないってわけか。そういうのもあるんだねぇ。
ゆっくり息を吐き、手にしていた紅茶を飲む。
いやぁ……この話題は今後やめておこう。心臓に悪いですわ。
──建前だと言われて安堵したのは何故なのか。
クラヴィスさんにそういう人が居ると知って動揺したのは何故なのか。
そんな疑問が過ったけれど、無理矢理思考を放棄して、紅茶で呑み込んだのだった。




