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それぞれの大切なもの

 よっこらせと資料の束を片手で持ち直し、研究室の扉をノックする。

 アースさんが尻尾でドアノブを回してくれたので、そのまま体で押し開けながら流れるように入りつつ、目的の人物へと声を掛けた。



「ディーアいるー? 明日の事なんだけどさー」



 いやぁ直前になって予定が増えるとは思わなかったや。

 ディーアに渡す追加資料を引っ張り出したいのだが、あんれまぁごちゃまぜだぁ。

 急いで準備したから入り乱れているらしい。別の人の分混ざってなさそうなだけマシかねぇ。

 ペラペラと資料を捲り、どうにかディーアに渡す分の資料を仕分けつつ視線を上げれば、ディーアが見覚えのある小さな瓶を大切そうに箱へと収めていた。



「ありゃ、またそれ見てたの?」



 ディーアが見ていたのは先日私が作ったポーションだ。

 特殊な物のため一応機密事項として扱う事になったあのポーションは、ディーアが責任をもって管理してくれている。

 しかし机を見る限り、研究用の道具は広がっていないからまた見ていただけなんだろう。


 ディーアってば、なんでか知らないけど私のポーションを良く眺めてるんだよねぇ。何か変な物でも混じってんのかしら。

 小首を傾げる私に、ディーアはただいつものように目元を細めて私を見つめた。



『トウカ様が作った物ですから』


「そ、っかぁ」



 それは理由になってんだか、なってないんだか。

 反応に困る回答にとりあえず私も適当に頷いておく。


 もしかしてあれか? 子供が作った作品を大事に眺めてる親目線的なあれか?

 考えてみればディーアからすれば私って五歳ぐらいから見守ってた子供みたいなもんだもんね。

 それぐらい大事にしていてくれてるんだと思うと嬉しいっちゃ嬉しいけど、ちょーっと恥ずかしさもありましてね。



「別にいつでも作れるんだし、そんなに大事にしなくたっても……」



 いくら効能が高いとはいえ、ちゃんとしたポーションでもっと効能の高い物とか普通にあるからなぁ。

 また作れる物なのもあって、そこまで大切にしなくとも良いと思うんだけど、ディーアにとっては違うらしい。

 私の言葉にすぐさま首を振り、私の前へと跪いた。



『これが良いんです。これだけで良いんです。

 これさえあれば、自分はどんな事でも乗り越えられる。そう、思えるんです』


「えぇ……? 大げさすぎるよぉ……」



 ホントに、一体何がディーアの琴線に触れたのやら。

 迷いも淀みも無く魔道具に記した文字を見せられ、困惑と共に湧き出る羞恥心から思わず資料に顔を隠す。


 どうやら私のポーションは宝物とかお守りみたいな感じになっちゃってたらしい。なんでなんだろうねぇ?

 そこまですごいポーションじゃないのになぁと思いつつ、熱くなった顔を誤魔化すためにディーアへと資料の束を押し付ける事にした。

 うん、切り替えてお仕事の話をしよう。それが良い。




 そんな事がありつつも、翌日、私達は魔導士学校にやって来ていた。



「──まず初めに、この魔法陣の目的は──」



 沢山の机と椅子が並べられた大講堂にクラヴィスさんの声だけが響き渡る。

 確かあれは洗濯機のために作ってもらった魔法陣だったっけな。

 クラヴィスさん直々の解説とあって、今回の特別授業は大人気らしい。

 宙に浮かぶ魔法陣を前に生徒達だけでなく、噂を聞きつけ急遽参加したという魔導士達も食い入るように見つめている。


 ちょっと心配はあるけれど、私も私の仕事をしないとねー。

 音を立てないようそっと扉を閉じ、待っていてくれた案内の教職員の後を付いて行った。




 ゲーリグ城からほぼ近い場所に開校された『ノゲイラ魔導士学校』は、元は屋敷だったのを改築してできた学校だ。

 前領主時代、彼と深く繋がりを持っていた商人が金に物を言わせて建てたという広大な屋敷なのだが、クラヴィスさんによって商人も捕まり、この屋敷はずっとノゲイラが管理する空き家となっていた。

 土地の広さは勿論の事、立地条件が良い事もあり、魔導士学校へと再利用したわけです。


 改築作業は結構大変だったけどねー。

 面倒な事に隠し通路やら隠し部屋やらがいっぱいありましたわ。

 見つかった隠し帳簿は数知れずだし、改築ではなく更地にして建て直す他無かった場所も多かったのなんの。いやぁ真っ黒だったなぁ。



 元は屋敷とあって食堂などの設備も揃っていたため寮もあり、生徒や教師の多くがここで暮らしている。

 まぁ、食堂は今のところ自炊専用になってるみたいだから、その内ちゃんと人を雇ったりして食堂として運営したいところなんだけどねぇ。

 そうすれば誰かの働く場所にもなるだろう。生徒も増えて来たからなー、帰ったらさっそく取り掛かろっと。




 そんな魔導士学校に本日やって来たのは、遊びではなくちゃんとしたお仕事だからである。

 今度王都に魔導士学校が開設される関係で、王都からまた視察の人が訪ねて来る事になっている。

 その事前準備の一つとして、視察という名の見回りをしに来た、というわけだ。


 本当なら学校の事だからシルバーさんに任せる案件なのだが、校長室や準備室を自室にしちゃってるシルバーさんの影響なんだろう。

 ここ数年で新しく先生が増えたのは良いけれど、ほとんどの人が自分に宛がわれた研究室を自室みたいにしちゃっているのである。

 その対応を元凶のシルバーさんに任せてみろ。絶対どこかの部屋に押し込んで隠すだけだよ。前もそうだったもん。



 別にね、研究室はその人用にって任せてるから好きに使ってもらっていいんだけどね。

 学校に通う皆が快適に過ごせるよう設備も整えているからさ。

 良いところだから帰りたくないとか、家まで帰る時間が惜しくてとか、本人が希望してるのなら泊まろうと構わないとも。


 でも、流石にそれをお手本として外部の人達に見せるのは、ちょっと、さぁ……!?

 特に研究室を自室にしちゃってる勢の部屋はちょいと散らかり過ぎててさぁ……!?

 掃除してねーってお願いという名の命令もしたけど、ちゃんとしてくれてるか心配でさぁ……!!



 しかも研究者気質な人達ばかりだからか、時折危ない研究なんかもしちゃってる時があるから大変なんだよね。

 前に抜き打ち検査した時はもう酷かった。

 安全なんて無視して速さだけを求めた乗り物を作ろうとしちゃってたり、眠気が無くなるポーションを作ろうとしてたり、さ。

 前者はこっちが道路交通法の整備進めてるの知ってるはずなのにやってたし、後者は服用し続けたら一生不眠になるみたいなので止めました。それはもう毒なのよ。


 そんなわけで、今回のメインの目的はそういった色々な事の御用検めです。差し押さえも致し方なしである。

 クラヴィスさんが生徒達を集めてくれてるから、安心して心置きなく調査できるぜ。

 最悪の場合、実力行使もあるかもしれないんでね。部屋一個吹き飛ばす事も覚悟していますとも。



 まぁ、ちょっと前に注意した事があるんだし、今回は大丈夫だろう。

 そう、呑気に構えてる時が私にもありました。



「……で、言い訳があるなら聞きますが」



 どん、と置かれた箱を前に、廊下で正座している二人の教師へと溜息交じりに問いかける。

 事前に告知をしていたのもあって、皆、部屋の掃除はしていてくれたようだ。

 以前見たような足の踏み場も無いような部屋は無く、どこも物は多いものの許容範囲で収まっていた。


 しかし、危険物の方は隠しきれなかったらしい。

 授業が終わるまでという時間制限もあるので手分けして見回りを行ったわけなのだが、小一時間でこれだよ。



「いやぁその、何というか、えぇと……どうしても眠るわけにはいかなくて……!」


「はいレッドカードで即没収となりまーす」


「そんな殺生な! せめて『いえろーかーど』にしてください!!」


「初犯じゃないのでダメでーす。シド、お願い」


「はい、お嬢様」


「あぁ……! 俺の相棒が……!!」



 シドに没収品をまとめた箱を持っていかれ、廊下に教師の声が切なく消えていく。

 今回の没収品は『頭に付ければ眠気が無くなる帽子型魔道具』だそうだ。

 どうやら以前眠気が無くなるポーションを作った人が、その時の知識を生かして魔道具にしちゃったらしい。


 うん、もうそれ呪いの装備だからね? 眠ったら駄目なシーンとかは大活躍だろうけど、社会問題になりかねないから止めてください。社畜絶対だめ。

 人体に悪影響がありそうなのは要注意だって常日頃言ってたのに、どうしてこんな物を申請も無く作っちゃうんだか。

 というか、よくよく見てみればこの人、前見た時より目の下の隈が酷いじゃん。

 シルバーさんと要相談ではあるけど、強制休暇か病院送りかも考えた方が良さそうだ。もー皆さー体を大事にしてよー。

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