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たった、一度きりの



「そうか……トウカさんの心が少しでも軽くなったのなら幸いかな」



 明らかに気遣われている様子にとりあえず笑顔を作って返しておく。

 やっちゃったなこりゃ。妙な空気まで流れちゃったや。私が作っちゃったんだけどさぁ。

 居心地が悪いってほどじゃないけど、反応に困るというかなんというか。お互い様か。


 特に後ろからの視線というか気配がすごいです。

 この話、報告書をまとめてくれたシドには話したけど、他の人にはしてなかったからなぁ。

 ちらっと後ろの様子を見てみれば、ルーエがものすごく難しそうな顔をしてた。

 これは後で詰められるのでは。詰められてももう何も出ないから勘弁して欲しいっす。



 とにかく空気を変えたいけれど、それを決めるのはグラキエース陛下だ。

 他にも聞きたい事があったりするのかなぁと様子を窺ってみると、あちらからは色々と見えていたんだろう。

 ぱちっと視線が合ったと思えば優しく微笑まれた。



「では、そろそろ行こうか。一緒に来てくれるかい?」


「どこにでしょうか?」


「実は君に見せたい物があってね。

 どちらかというと城に呼んだのはこっちが主な理由なんだ」



 思いもよらなかった言葉に今度はこちらの目が丸くなる。

 要するに王城でないと見せられない物って事だよね……え、何? 王城って言われて思いつくの、噂に聞く宝物庫ぐらいなんだけど。


 何を見せるのかは告げられないまま、グラキエース陛下に促されるままに全員で執務室を出る。

 そのまま自然とグラキエース陛下に案内される形で廊下を進む事しばらく。

 少し開けた場所で、警備の騎士に守られた豪華な装飾の施された扉が現れた。



「ここから先は限られた者だけが入れる場所だ。皆はここで待っていてくれ」



 え、と思う間も無くグラキエース陛下の言葉に従い、ルーエ達が静かに壁沿いへと下がっていく。

 わー、二人っきりかー、緊張するどころの騒ぎじゃねぇですね?

 というか限られた者って何。私も入って良いの。良いから案内されてるんだろうけど、後で怒られたりしません? 何かあったら全部陛下の責任にして良いよね。そう言ってください。


 ちょっと、進みたくないなー、なんて思ったりしていたけれど、そんな在りもしない逃げ道すら防ぐように目の前に手が差し出される。

 既視感すごいね。さっきもあったねこんな事。まさか陛下自らエスコートと来ましたか。ひぇ。

 それは流石に恐れ多すぎてご遠慮願いたく見上げてみるが、にっこりと有無を言わさない笑顔が返された。あっはい。




 変な手汗が出てそうで泣きそうになりながら、グラキエース陛下に手を引かれ扉をくぐる。

 カーテンを閉めているのか、薄暗いこの部屋はどうやら何か香でも焚いているらしく、独特の匂いが鼻を通っていく。

 何だっけなーこの匂い。研究室で嗅いだ事があるんだけど、色々作りまくってるからなぁ……どれだっけ。

 あれは確か、そうそう保存薬の調合を色々試した時だ。って事は何か保管してる場所かな?


 一体何があるのかと小首を傾げていると、グラキエース陛下が近くにあった魔道具に触れる。

 恐らくこの部屋専用の明かりなんだろう。淡く柔らかな光が灯り、風が吹くように部屋に広がっていく。



「これは……肖像画……?」



 太陽の光とは違う、どこか暖かな光に照らされて現れたのは、壁一面に飾られた肖像画の数々だった。



「そう、ここはシェンゼ王国王家の肖像画を保管されている場所。

 この人が私とクラヴィスの父、先王アルゼン・マグナ・シェンゼだ」



 グラキエース陛下が示した肖像画は随分前に描かれた物なんだろう。

 私が見た時より若い王太后が、金髪の男性と並んでこちらを見つめている。

 その周りには少し小さめだが、王太后が黒髪の赤ん坊を抱いている物や、金髪の子供が二人並んでいる肖像画なども飾られている。


 会った事は無いはずだ。でも、あの男性は見覚えがある。

 たった一度だけ出会った人。私にリボンをくれた人。

 私を守る代わりに消えてしまったという、あのリボンと同じ刺繍が、そこにあった。



「この刺繍……」


「……うん、君が持っていたあのリボンは私の父が作った物だった」


「先王陛下、ご自身が……?」


「幼い頃、乳母がしていた刺繍に興味を持ってこっそり教えてもらっていたそうだ。

 それからはすっかり趣味になっていたようでね。

 女性する事だからと隠しておられたけれど、魔力を操るのが得意なのもあって、良く刺繍で身の回りの物に魔法を施しておられたよ」



 肖像画にも描かれた刺繍を眺め、グラキエース陛下は懐かしそうに語る。

 真実なんだろう。事実なんだろう。でも、にわかに信じがたい。


 だって、あの時会ったあの人は、今にも倒れてしまいそうで。鎮痛剤だって使っていて。

 先王陛下は今も時折政務に携わっていると聞いている。

 あの人と結び付きようが無いんだ。



「……父上はね、随分前から毒に侵されていた。

 恐らく魔導士の策略だったんだろう。君と会った時にはもう限界だったんだ」


「でも、でも先王陛下はまだ生きておられるじゃないですか……!

 王城におられるって、まだ政務に携わっておられるって……!」


「表向きにはそうだ。でも、君と会った三日後に亡くなったよ」



 はっきりと告げられ、今度こそ言葉を失う。

 違うと、そんなわけないと言いたいのに、思いたいのに。

 グラキエース陛下の青い瞳は揺らぎ一つ無くて。

 それが真実なんだと、事実なんだと理解するしかなかった。



「毒を盛られた父上は、メイオーラが自分の死によってシェンゼを混乱に陥れ、その隙に戦争を起こすつもりだと考えた。

 そのため自分の死が公にならないようクラヴィスに影武者を頼み、密かに王城を離れたんだ。

 そして王都郊外にある屋敷で息を引き取った」



 あぁそうか。

 あの時クラヴィスさんが王城に居たのは、その後も何かしていたのは、そのためだったのか。



「クラヴィスの幻影を破れる者はそう居ない。といっても、違和感を感じる者が全く居ないわけではない。

 特に継承式ともなれば他国の人間も大勢来るからね。目の良い者が気付いてもおかしくなかった。

 だから全ての目を確実に欺くには、クラヴィスが自ら幻影を纏うしかなかったんだ」



 クラヴィスさんの影武者がそうだったように、幾ら魔法で見た目を変えられても、細かな仕草の違いなど気付いてしまう人は気付けるだろう。

 それに幻影も使い手によっては破られる事だってある。

 儀式の最中に幻影が破られでもすれば大事だ。

 それを防ぐためには必要な事だった。そう、理屈はわかる。わかる、けど。


 王位を継承したグラキエース陛下は勿論、影武者をしていたクラヴィスさんも王城を離れるのは難しかったはずだ。

 いつもより多くの目が向けられている中、密かに重要人物が二人も抜け出すなんてできたのだろうか。

 だとしたら、この二人は先王陛下を見送る事ができたんだろうか。



 全て憶測でしかないけれど、恐らく私の予感は当たっているんだろう。

 グラキエース陛下はどこか陰のある表情で肖像画を見上げる。



「魔導士の件も片付き、国内も安定してきている。

 いずれ父は病のため領地へ療養に行き、そのまま亡くなったと公表するつもりだ。

 その時までこの事は他言無用で頼むね」


「……はい」



 ただ返事だけ返し、私も同じように肖像画を見上げる。

 そこには変わらず、優しい眼差しの先王陛下が私達を見つめていた。

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