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悪夢の欠片

 話しかけたそうな貴族らしき人達の視線を受け流し、ルドルフさんにエスコートされて王城を進んでいく。

 流石は王城というべきか、隅から隅までピッカピカだよ。毎日お手入れ頑張ってるんだろうなぁ。

 しかも使用人さんとか、すれ違いそうになるとすぐさま道の端に避けてぴしっとお辞儀してくるんだよね。

 うちでもそういった決まりはあるけど、王城に務めているだけあって所作が洗練されてますわ。揃いすぎてて怖いぐらいです。



 どうやら謁見の間とかではなく、直接執務室に案内してもらえるらしい。

 護衛の騎士が付いている重厚な扉に、ルドルフさんは躊躇わずノックした。

 そういうのって普通お付きの人とかがするやつだよね。それこそ警備の騎士さんとかさ。

 それなのに騎士さん達が止めなかったって事はいつもの事なの? 顔パスってやつなの? 王の執務室なのに?


 多分、きっと、恐らく、結界とか魔法とかで警備はちゃんとしているんだろう。きっとそう。

 思わず顔が引き攣っている私を置いて、中から入室の許可が出ると同時、ルドルフさんが扉を開けて入っていくのに付いて行くしかなかった。だから、そういうのはお付きの人とかが……!



「陛下ートウカ様をお連れしましたよー」


「ありがとうルドルフ。でもトウカさんが驚いているから程々にな?」



 ルドルフさんの態度は許されているけれど、私があまりにも引いていたからだろう。

 窓の傍で外を眺めていたらしいグラキエース陛下が苦笑いでルドルフさんを注意する。



「おっと、これは申し訳ありませんトウカ様。

 一応言い訳というか何というか、今陛下は休養中の身ですし、身内だからのあれそれと言いますか何と言いますか……。

 あれですよ? もっと公の間などではちゃんとしていますのでね? 大丈夫ですからね?」


「あ、はい」



 しっかり公私は分けているから誤解しないでって事かな。

 そこはわかってます。公の場でもこんなんだったらこの国ヤバいって噂になってるもの。


 クラヴィスさんが子供の頃からの付き合いらしいし、兄であるグラキエース陛下ともそうなんだろう。

 うちも身内だけだとこんな感じだしなぁ。私も身内だと思ってくれていると受け取るとしよう。うん。



「さて、わざわざ来てもらってすまないね、トウカさん。

 本当はお茶会でもしたかったんだけどねぇ……色々と騒がしい今やると、変に目立っちゃうからさ。

 あぁそうそう、今日こそ気楽にしてくれるかな? 私も色々と取り繕うのは疲れるからさ」


「……わかりました」



 見れば執務室には従者の一人もおらず、完全に身内だけにしているようだ。

 口を挟む間も無く、ウインクをしながらそう頼んでくるグラキエース陛下に、苦笑いしながら頷く。

 戸籍上は伯父と姪って関係だからなぁ……よっぽど甘やかしたいんだろうか。

 ある意味王命だし従った方が良さそうだ。不作法しても許してもらえると思って甘えちゃおう。



「陛下も呪いが深く刻まれたと窺っています。お体は大丈夫なんですか?」


「うん、あまり動くなとは言われているけど、普通にしている分には平気だよ。

 トウカさんは元気になったみたいで良かった」



 私の回復を心から嬉しそうにしてくれるグラキエース陛下だが、その顔は少し青白い。

 確か呪いの後遺症で魔力が歪みかけていて、下手すればまた魔力が暴走しかねないんだっけか。

 魔力を使ったり無理をしなければいずれ落ち着くだろうとアースさんが言っていたけど、普通にしているのも辛いはずだ。


 休養していると言っても、国内の状況とすれ違った貴族達の多さから考えれば、この状態でももう政務に取り掛かっているんだろう。

 それなのにわざわざこうして時間を作ってまで私を呼んだ理由は何なのか。

 時間はそう長くないらしく、グラキエース陛下は眉を下げ、申し訳なさそうに口を開いた。



「それで、こんな時に君を呼び立てた理由だけど……他でもない、あの魔導士についてだ」


「……モディア・ヴィオレーヌの事ですね」



 先ほどまでの和やかな空気は消え、グラキエース陛下が静かに頷く。

 クラヴィスさんじゃなく私個人を呼んだとなると、そうだろうなぁとは思っていた。

 でも、実際に彼女の名前を口にするのは少し苦しくて、苦い表情をしているだろう私にグラキエース陛下は優しい声で続けた。



「勿論、ノゲイラから上げられた報告書は読んだよ。

 しかし魔堕ちについてわかっていない事が多い。

 だからモディア・ヴィオレーヌ公爵令嬢が魔物になった経緯を少しでも知りたいんだ」



 詳しい事はわかっていないが、魔堕ちの症状の一つに魔力の暴走が挙げられている。

 後遺症によってグラキエース陛下もその危険に晒されているんだ。気になるのも当然だろう。

 だけど、だからといって私が語れる事はそう多くない。



「……確かに私は彼女の記憶を垣間見ました。

 しかしそれが実際に起きた出来事なのか、彼女がそう思い込んでいた幻想なのかどうか、私には判別がつきません。

 特に陛下が知りたいだろう記憶は悲しみと怒りばかりで、曖昧な事しかわからないのです」



 最後の最期、私の魔力と共に流れ込んできた彼女の記憶。

 それは多分、彼女にとって核となる記憶で、彼女をあの願いに縛り付けた全ての始まりだ。

 最初に悲しみが流れ込んできて、最後は怒りに塗りつぶされて──彼女は正気を失っていたのだから。


 錯乱していた彼女の見たあの光景が真実なのか幻想なのか。

 もう欠片すら無い彼女の記憶を辿る事は出来ないからわからない。

 できるのは、私が見たあの悪夢の光景を見たままに、感じたままに語るだけだ。



「ですので、今から語るのは一人の少女が見た悪夢だというのを前提に聞いてくださいますか」


「……わかった、聞かせておくれ」



 部屋に居る誰もが口を閉じ、静寂が支配する中、私は一呼吸おいて口を開いた。



「何がきっかけかはわかりません。ある日突然、その時は訪れました」



 私が最初に見たのは、とある少女の幸福が崩れるその少し前。

 由緒ある公爵家の一人娘として生まれ、育った少女が過ごした幸福な日々だった。



「公爵令嬢として生まれたその少女は全てを持っていました。

 両親に愛され、望む物を与えられたその少女は、子供の頃から未来の王妃になる事が約束されていました」



 公爵という家柄と、生まれ持っていた強い魔力を王家に取り入れるため、少女と王子との婚約はすぐに決まった。

 お互い政略のための婚姻だとわかっていても、二人は良好な関係を築いていた。

 手紙のやり取りに贈り物、お茶会にパーティーのパートナー。

 これから先もずっと王子の隣には自分がいる。少女はそれが当たり前だと思っていた。



「王妃になるのだと、相応しく在らねばと努力もしていました。

 そんな日々の中、突然少女の魔力が暴走し始めたのです」



 本当に、突然だった。

 ある日突然、少女の幸福は崩れ始めた。



「魔力の暴走によって体は動かず、常に苦痛に晒され続ける日々。

 息もままならず、起きる事も眠る事も満足にできず……やがて体に異変が生じました。

 体が変質し、魔物へと作り替わっていったのです」



 その時の記憶は痛みと苦しみに埋め尽くされていた。

 苦しいと、痛いと喚いて、藻掻いていたら、気付いた時にはもう体が変わり果てていた。



「それでも少女はずっと足掻いていました。

 自分は王妃になるのだと、まだ死ねないと自分を奮い立たせていました」



 鎧のように固く変わってしまった足を見ても、少女は諦めなかった。

 誰も自分の手を握ってくれなくなっても、少女は約束されていた未来を信じていた。

 でも、それもある夜に終わりを迎える。



「ですがある夜、母親が少女の元を訪れ、剣を突き立てました」



 我が子が人ではなくなっていくのを見ていられなくなったか、それとも変わり果てた我が子を人だと思えなかったのか。

 母親は泣きながら動けない少女の腹に剣を突き立てたのだ。



「痛みは感じませんでした。溢れた血で視界が紅く染まりました。

 ……そこから先は、断片的にしかわかりません」



 きっかけが何か問われれば、きっとそれだろう。

 愛する母に、信じていた母に裏切られた。

 母親の望むように、そこで終わる事が救いだったかもしれないけれど、少女にとっては絶望でしかなかった。



「母親だった人が泣き叫んでいて、気付けば少女の腕がその腹を貫いていました。

 父親だった人は彼女に怒鳴っていて、気付けば体が二つに分かれて血溜まりに倒れていました。

 使用人だった人も、侍女だった人も、護衛だった人も、みんなみんな紅く染まっていました」



 何もかも壊して回っていた。

 人も物も関係なく、手当たり次第全て壊し尽くしていった。



「我に返った時、少女は全てを拒絶しました。

 自分のしたことを受け入れられず、両親やみんなを求めていました。

 最愛の家族に殺されかけ、最愛の家族を殺した事に泣き叫び、誰に向ければ良いのかわからない怒りで全てが埋め尽くされました。

 少女の激情のままに屋敷は焔に包まれ──焔が消えた時にはもう、少女は彼女になっていたのです」



 自分が壊した事を受け入れられず、自分が失った物を受け入れられず、少女は壊れてしまったんだろう。

 何もかも燃やし尽くす焔と共に皆に愛された少女は消えて、残ったのは夢に縋り付く彼女だけだった。



「それが私の見た、彼女が魔物になった日の記憶です」



 全てを語り終え、脳裏に焼き付く紅を振り払うように瞬きを繰り返す。

 断片的とはいえ、あの記憶は一般人にとって衝撃的な光景に変わりない。

 思い出すだけでも私には荷が重いんだろう。

 どっと圧し掛かる疲労感に深く息を吐いていると、グラキエース陛下がゆっくりと口を開いた。



「……酷な事を話させてしまってすまなかったね」


「……いえ、むしろありがとうございます」



 謝罪したのに感謝を返され、グラキエース陛下が目を丸くする。

 そんな反応に、私はただ苦笑いするしかなかった。



 いくら凄惨な過去があろうとも、どんな理由があろうとも、彼女はあまりにも多くの苦痛をもたらした。

 もし苦痛に重さがあるのなら、彼女一人の苦痛と彼女に殺された人達の苦痛のどちらが重いかなんて、比べるまでもない。


 彼女が罪を犯したのには変わりはない。

 自分の願いのために多くの命を食い殺したその罪は決して赦されない。



 だけど私は彼女の嘆きを知ってしまった。彼女の絶望を見てしまった。

 だからなんだろう。彼女の事を知ろうとしてくれるのを嬉しく思ってしまう。

 彼女の出自が伏せられたまま終わるのと同じように、彼女の過去は誰にも知られず消えていく。

 それでも今、私以外の誰かが知っていてくれる。それがどういうわけか嬉しく思ってしまうんだ。



 アースさんは私にはもう彼女との繋がりは無いって言ってたから、これはきっと私自身の感情なんだろう。

 彼女の願いのせいで酷い目にもあったし、皆が悲しみ苦しんだのを知っている。

 絶対に赦さないと思っている。でも、それでも心のどこかで憐れみも抱いてしまうんだ。



「彼女の過去を聞いてくださって、ありがとうございます」



 やっぱりクラヴィスさんや皆が言う通り、私は甘すぎるんだろうなぁ。

 魂には居なくとも、記憶に残る少女の姿に目を閉じて、ただもう一度感謝を述べた。

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