嵐は過ぎて
──あの戦いから一週間、私は王城へと向かっていた。
「お嬢様、本当に大丈夫なのですか?」
「ん、平気平気ー。辛くなったらすぐ言うから」
「我慢してはいけませんよ。必ず、隠さずに、すぐにおっしゃってくださいね」
「はーい」
一緒に来てくれたルーエにいつも通りゆるゆると笑って見せる。
まぁあんな事があったばかりだからなー。心配する気持ちはよーくわかる。
なんか魂が同化しかけたり、戻って来た魔力で危険な状態だったりしたらしいからね。
そりゃ一週間休んだだけで動いて大丈夫なのかってなるよね。わかる。わかるけど、なんかすごく普通に元気なんだよなぁ。
体は勿論、アースさんが丁寧に診てくれたけど、魂とかそっち方面も異常は無いそうだ。
その代わりと言っては何だが、彼女に奪われていた魔力は完全に消えちゃったらしいけど。
何でも彼女の欠片が入り込んでて、その上私の体がクラヴィスさんの魔力に馴染んでるから受け付けなくなっちゃったんだとかなんだとか。
助けるためとはいえ本人の許可無く消失させたからって謝られたけど、命の方が大事なので構わん構わん。元々無かったようなもんだしねー。
アースさんに聞いた話じゃマジで死ぬ寸前だったそうだ。知らない間に死にかけるとか怖すぎなぁい?
それなのに本人、死にかけた自覚とか奇跡の生還をした実感とか、そんなの欠片も無いです。
なんせすこぶる元気なもんで。私よりクラヴィスさん達の方が重症なぐらいなもんで。
彼女が使っていた呪いの数々は深いところまで入り込んでいた。
そのため呪い自体は消え去っても、刻み込まれた傷口が深く、治りが遅いらしい。
王太后を通して呪いを刻まれたクラヴィスさんとグラキエース陛下。
その呪いを少しでも弱めるためにと自分の体に呪いを移す、なんて無茶をしたカイル。
それから呪いの刃に腹部を貫かれたシルバーさんに、呪いを孕んだ焔に焼かれたディーアと、呪いに侵された人達はしばらく絶対安静にしているようアースさんに言い渡されたぐらいだ。
アースさんも随分無茶をしてくれたみたいで、本体は既にノゲイラに帰ってヘティーク湖で眠っている。
いつもの小さいアースさんの方は、少しでも回復を早めるためにと、領館でお菓子を食べまくっていた。
復興で大変な王都で大量のお菓子を用意するのは大変そうだけど、グラキエース陛下の計らいで色々と融通を利かせてくれているらしい。
それに今回の事を聞いて、ノゲイラからディックを始めとする城の皆が駆け付けてくれたおかげで随分と楽になったそうだ。
どうやら私達が倒れたと聞いて、居ても立っても居られず強行軍で駆け付けてくれたんだそう。
おかげで慣れ親しんだ美味しいご飯を食べられてます。うまうま。
と、ディックの料理を思い出している最中、不意に馬車が大きく揺れた。
「っと、わ!?」
「お嬢様!」
ノゲイラ特製の馬車は魔法でほとんど揺れないよう作ってるのもあって、全く身構えていなかった揺れに小さな体がころんと座席から滑り落ちてしまう。
思わず目をぎゅっと閉じるけど、ルーエが咄嗟に受け止めてくれたおかげで事なきを得た。流石ルーエ。頼りになるぅ。
「す、すみません! お怪我はありませんか!?」
「だいじょーぶー! 問題無さそうならそのまま進んでー!」
御者の慌てた声にすぐさま返事をすれば、馬車は少ししてからゆっくりと進み出す。
どうやら馬車自体に問題は無かったようだ。良かった良かった。
「あーびっくりした。ありがとルーエ」
「いえ……それにしても、随分酷いものですね……」
ルーエの呟きに窓から外を見てみれば、あの地震で道が壊れてしまったんだろう。
大通りを舗装している石畳に大きなヒビが走っていて、修繕のために様々な人が動き回っていた。
王城に続く道で、この国で一番大きな通りだから優先的に修繕が進んでいるのか。
一応、馬車が走れるよう簡易的な修繕は済んでるみたいだけど、見るからに応急処置だもんなぁ。
そりゃあうちの自慢の馬車でも揺れちゃうわな。納得です。
未曾有の大地震に加えてが死兵による被害。
彼女の遺した傷跡は深く、多くの命が失われた王都は今も混乱が広がっている。
そのため今回の件についてはしばらく緘口令が敷かれるそうだ。
例えば王太后だが、あの人は彼女が死んだ後、呪いが解けてすぐに息を引き取っている。
事情がどうであれ、王太后は魔導士を手引きし、王都に多大なる被害をもたらした。
本来なら罪人として扱われてもおかしくないけれど、『魔導士に操られた被害者の一人』として葬儀が執り行われる事になっている。
王太后は先王陛下の時代、賢王とも呼ばれた彼の王の伴侶として一国を支えた人物だ。
それが自分の欲のために国に災害をもたらしたとなれば、国民は王家に反感を抱き、実子であるグラキエース陛下の立場も危うくなりかねない。
そのため、全ての咎は諸悪の根源である魔導士に向くようにするというわけだ。
それに、私が見た彼女の記憶から察するに、王太后が彼女の策略に嵌っていたのは事実だ。
例え自分の意思でクラヴィスさんを害し、その行動がこの国に災いをもたらしたとしても、王太后が被害者であるのもまた事実なんだろう。
私個人としてはちょっともやっとしなくもないけど、他でもないクラヴィスさんがそれで良いって言っているからなぁ……クラヴィスさんがそれで良いなら良いか、という感じです。
それから、彼女の出自についても伏せられる事になっている。
二百年近く前に行方不明になっていた公爵令嬢が王妃になるために引き起こした事件だ、なんて公表しても、それこそ大きな混乱をもたらすだろう。
何よりメイオーラの件にも関わっているため、正直に明かして他国から責められても困るのが本音だ。
そのため彼女は出自の知れない、どこの誰かもわからない極悪な魔導士として片付けられる。
唯一、彼女が狙っていた屋敷の主人、イズール伯爵には真相が伝えたられたらしい。
理由までは知らないけれど、多分被害者で子孫だからだろう。
全てを知ったイズール伯爵は、別に彼女のもたらした被害の補償を求められたわけではないけれど、自分から率先して王都の復興に尽力しているそうだ。
律儀というか真面目というか。わざわざ責を負わなくとも誰も文句は言わないだろうにね。
ぼんやりとしている間にも時間は進み、無事に王城へ着いたようだ。
ゆっくりと止まった馬車からルーエに従って下りれば、出迎えだろう見覚えのありすぎる人物が私に向けて頭を下げてきたので、背筋を伸ばした。
「ごきげんよう、ルドルフ様」
「ごきげんよう、トウカ様。ようこそお越しくださいました」
人目がある場なので令嬢らしく挨拶したけれど、顔が引き攣ってる気がして仕方ない。
あのですね? 知らない人に対応されるより気は楽ですが、一国の宰相にわざわざ対応させるのも度が過ぎやしねぇですかねぇ!?
引退するとか言っていたけど、それはまだ先の話。
復興に当たって大忙しだろう現宰相様が、何故たかが公爵令嬢の案内を買って出ちゃったんだ。
有難いっちゃ有難いけど……! それ以上に申し訳なさが凄いんですけど……!
なんて私の心の声なんて知ってか知らずか、ルドルフさんはにこにことしたまま私に手を差し出してきた。そこまでするのぉ……!?
「相手がこんな老いぼれで申し訳ありませんが、どうかお手を。
この騒ぎでしょう、城内も少々騒がしくてですなぁ。
色々と出入りが多いのもありますし、ここは是非エスコートさせて頂けますかな?」
「で、ですが、ルドルフ様もお忙しいのでは? わざわざ宰相様が案内せずとも……」
「いやー朝からずっとやかましい者共を相手にしてたもので、ちょっとぐらい抜け出し、おっとっと」
以前会った時と変わらず飄々としているが、それなりに疲れているらしい。
わざとらしく誤魔化しているが、冗談というより本音を漏らしたと言った様子に思わず苦笑いが零れる。
あれだけ大事があったんだ。色んな人が色んな思惑で騒ぎ立てていてもおかしくは無い。
確か私達が巻き込まれたのも知られてるんだっけなぁ。うん、盾になってくれる人が居ないと絡まれそうですね。
「万が一があってはクラヴィス様に怒られちゃいますので、私のためにもお願いします」
「では、甘えさせて頂きますね」
「えぇ、お任せください。
今この場においてのみですが、彼に変わって私がトウカ様の騎士を務めさせて頂きますよ」
つい先日連れ去られたばかりの私を気遣っての事だろう。
騎士を務める、だなんて宣言してくれるルドルフさんの手に自分の手を重ねる。
年相応の皺が刻まれた手が優しく私の手を包み、ゆっくりと引かれるまま私は王城へと足を踏み入れた。




