陽炎
──後で聞いた話だけど、この魔法はレガリタとは違って浄化が主な魔法で、近くに居たクラヴィスさんとシルバーさんの呪いを一時的に消しきってくれていたらしい。
柔らかな銀の光が広がっていき、光に照らされた黒い焔が塵のように消えていく。
その光景を前に、クラヴィスさんとシルバーさんは互いに目配せした。
「俺が合わせる! お前がやれ!」
「任せた」
クラヴィスさんは手の平に光の玉を、シルバーさんは炎を作り出し、二人同時に手を振るう。
飛び出した光は槍となり、緋色の炎を纏って飛んでいく。
凄まじい勢いで飛んでいく光の槍は、二人の魔法が合わさったものなんだろう。
変わらず輝く銀の光に消されながらも主を守るように蠢く黒い焔を穿ち、光と炎が彼女の腹を貫いた。
「ア、ぁぁアアアア……!! ナに、ナニが、あ、ぁあアァああ……!?」
多分、あの体にはもう痛覚は無くて、理解も追い付いていないんだろう。
呆然としながら穴の開いた腹部を押さえる彼女は、意味の無い言葉を繰り返し、ゴキゴキと音を鳴らしながら首を傾げる。
壊れかけの機械のようなその様はまさにその体の限界も表していて──何故か涙が溢れた。
悲しいとか、同情とか、そういうのではないと思う。
ただどうしてかわからないけれど、心が苦しくなって、涙が溢れてしまって。
集中が切れかけて、少しだけ光が弱まったのが仇になってしまったか。
苦しみ藻掻いていた彼女の紅の瞳がぐるんと動き、黒い焔が燃え盛り、視界が遮られる。
焔が消えた頃には彼女は後ろへ飛び退いていて、僅かに空いた距離を利用し魔法陣を展開した。
「オ、ワらせナイ! 終ワラセナイ!! マダ、まダわタクシハ、ワタクシハまだ……!!」
「あいつ、性懲りも無く何をするつもりだ……!?」
魔法陣が紅く輝くと共に、どこからともなく飛んで来たのは屋敷の外に居た死兵達だろう。
重力など関係無く、それこそ腕の一本でも何でも関係無く、魔法陣に吸い込まれるように死兵や死兵の一部が彼女の元へと集まっていく。
そして集まった彼等は腕も足も胴体も、何もかも関係無く折り重なって、繋ぎ合わさって──巨大な何かを形成しながら浮かび上がった。
「まさか、逃げるつもりでは!?」
「逃がすかよ!!」
最早人からは遠く、獣とも言えないただの肉塊。
あれほど拘っていた美しさは欠片も無く、ただ巨大で歪な肉体を得た彼女は、それでも笑っていた。
「あ、アは、ハハはハハ!! ワタクシは死なナイわ! ゼッタイに、死ナナイの!
王妃にナるマデ!! わたクシは、イキて、イキテ、生キ続けルの!!」
今彼女が求めているのは私の体でも、クラヴィスさんでもなく、生き延びる事なんだろう。
シルバーさんが炎を放つけれど、元々彼女も焔の使い手だ。
内側から対策を施しているのか、幾重にも重なった死兵達の肉体は焼けても、中心にいる彼女にまでは届かない。
食らいつく炎に焼かれ、黒く焼け焦げていくのも構わず彼女はふわりと飛び上がり、屋敷の天井を押し破る。
崩れ落ちて来る天井から空が見えた時、雷鳴が轟き、雷光が煌めいた。
「ガ、ぁアッ……!!?」
「……間に合ったか」
眩い光に目が眩み、たった一度の轟音が全てを貫く。
見れば彼女の全身に雷がバチバチと弾けていて、痺れているのか彼女は痙攣しながらその場で止まった。
きっとあれはアースさんの雷だ。
その証拠にクラヴィスさんは驚きもせず小さく呟き、目の前に魔法陣を描いた。
「ディーア!」
クラヴィスさんの呼び声に応え、ディーアが再び短剣を彼女へ向けて投げる。
魔法陣の上を通過し、そのまま彼女へ届いた短剣が青白く光り出したかと思うと、魔法陣も同じ青白い光を放ち、短剣と光で繋がる。
「ぃ、きル、生きルの、生キて、いきテ……生キナきャ……!!」
雷を落とされ、まともに動けなくなっても、それでも逃げる意思は消えないんだろう。
アースさんの雷が効いているのか、肥大化した肉体がどんどん崩れ落ちていく。
それでも変わらず空へ逃れようとする彼女を、短剣と繋がる光が鎖のように繋ぎ留める。
そして魔法陣が強い光を放ち、縮小するのに呼応して短剣も強く輝き、彼女の巨大な肉体は大地に縫い留められた。
「シルバー殿!」
「おらよ! 外すんじゃねぇぞ!」
シドが弓矢を作り出して構えると、シルバーさんが矢に炎を纏わせる。
狙いを定め、放たれた矢は緋色に燃え上がり、空へと伸びていた彼女の額を打ち抜いた。
「あ、ぁ……うぁアあ、あ、あああ……!」
全身を光に縛られ、炎に焼かれ、追撃のように再び雷鳴が轟き落ちる。
あちこち剥がれ落ちていく肉と共に、浮力を無くしたようにゆっくりと地面に落ちて行く彼女。
全てが堕ちる直前、彼女の下を駆け抜けたディーアの手にはいつの間にか剣が握られていた。
あれは確か、シルバーさんの剣だったか。
恐らく彼女の足元に置き去りになっていたのをディーアが手にしたんだろう。
堕ちる彼女を背にこちらへ走るディーアは剣を振り被り、上へと投げる。
くるくると回る剣が彼女を燃やす炎に照らされ輝く。
刹那、ふわりと体が浮いたと思えばシドの腕の中に居て、目の前で黒髪が揺れる。
遠ざかる背中が宙で輝く剣に重なって。
その手が剣を取り、構えた瞬間、刀身が激しい炎に包まれて。
魔法陣がより一層強く輝き、クラヴィスさんが光と共に彼女の心臓を貫いた。
「え、あ……イや……いや、いやヨ……おう、ヒに、王妃に……」
肉を炎が焼き、灰となり、散っていく。
零れた声が誰にも届かず消えていって、紅の灯火は最期に私を貫いて。
何を伝えたいのか、それとも偶然私の姿が映っただけだったのか。
何もわからないまま彼女は灰となって、塵となって、何も残さず消えていって。
──最期の一欠片が消えるその間際、何かが飛んできて、暖かいのに、酷く冷たい感覚に襲われながら私の意識は堕ちて行った。




