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私の魔法

 繋いだ手は冷え切った私の手とそう変わらない。

 見上げた顔も、最後に見た時よりマシになってるけど相変わらず青白い。

 それなのにすごく暖かく感じて、すごく安心できて。



「クラヴィスさん、クラヴィスさん……!」



 少しでも傍に行きたくて、繋がった手を精一杯の力で引く。

 注ぎ込まれた記憶のせいか、力の入らない体では少しも近付けないけれど、すぐにディーアが持ち上げてくれて、クラヴィスさんが私を抱き上げた。



「……間に合って良かった」


「大、丈夫なんですか……? 呪いは、だってまだ、あの人は……!」


「動ける程度には抑えられている。だから安心してくれ」



 きっとカイルがどうにかしてくれたんだ。

 顔色は悪くとも、さっきみたいに苦しんではいないクラヴィスさんの様子を見て、ほっと息が零れる。


 私も少しは役に立てたのかな。間違って無かったのかな。

 後悔だけはしないと思っていたけど、やっぱり自分の行動が正しかったかは気になるというもの。

 心の突っかかりが取れ、自然と力の抜けていく体に瞼が閉じかけるけれど、止めるように繋いだ手を握り締められた。



「トウカ、良く聞いてくれ」


「う、はぃ……」


「私はまだ魔法が使えない。だから君のレガリタで呪いを弱めて戦う事になる。

 魔力は私が注ぐから、君は魔法を維持する事だけを考えてくれ」


「……へ?」



 マジですかと言いたくなるけど、そんな言葉を出す体力も無くて呆けた声が漏れる。

 聞き間違いでもなく勘違いでもなければ、これ、私が要って事なのではなかろうか。


 こうしている間にも、目が眩んでしまいそうなほど輝いている指輪をちらりと見下ろす。

 私の知ってるレガリタよりも異様に強い光を放ってるなーとは思ったけど、もしかしなくともクラヴィスさんが魔力を注いでくれているからなのかな。

 それでいて元々クラヴィスさんの魔法なのに、クラヴィスさん自身が使わないのは、本当に魔法が使えないからなんだろう。



「できるか?」


「……やって、やりますよぉ……!」



 本音を言えば限界だ。もう意識を手離してしまいたい。

 でも私にできる事があるのなら、クラヴィスさんが頼ってくれるのなら、何が何でもやるしかないでしょうが。


 それに、何だか嫌な予感がする。

 魔法は勿論だけど、ここで眠ってしまったら何かが終わってしまうような、そんな気がするから。

 だから重い瞼を押し上げて、瞬きを繰り返して霞む視界を無理矢理晴らし、光を灯し続ける指輪を握りしめた。



 魔法の維持の仕方なんて具体的なやり方はわからないけど、とにかく発動させればいいだろう。

 頭の中で何度も何度もレガリタを唱え、素人なりにどうにか魔法を使い続ける。

 周囲に柔らかな光が満ちていく中、彼女の声が聞こえて来た。



「……どうして、貴女なの」



 それは、ひとりぼっちの少女の嘆き。

 この場にいる全ての存在で、繋がりを持った私にしかわからない孤独の叫び。



「どうして彼の傍に居るのがわたくしではなく貴女なの……?

 どうして、どうしてわたくしは一人なの……!? どうしてよ!?」



 彼女は一人だった。誰かを求めていた。誰かに傍に居て欲しかった。

 でも方法を間違えて、選択も間違えて、何もかも間違え続けてここまで来てしまった。

 正してくれる人も、支えてくれる人も居なかった。だからここまで来れてしまった寂しい人。


 繋がったからわかる。わかってしまう。

 だけど、だからといってこれ以上は奪わせない。



 反論はできないけれど、抵抗を示すように指輪の光が強く輝く。

 それを合図にクラヴィスさん達が動き出した。


 シドとディーアが左右に分かれて走り出す。

 ディーアが投げた短剣を焔が振り払い、そのまま二人へ襲い掛かるけれど、それはクラヴィスさんが放つ魔力とシルバーさんの炎に弾かれ爆ぜていく。

 そうしてできた隙間を貫くように、シドが魔力で作った矢を放った。


 矢は真っすぐ彼女へ向かうけど、それは彼女も見えていて、壁のように焔が舞い上がる。

 けれど放たれたのは魔法の矢。焔にぶつかる寸前、矢は方向を変えて上へと飛び上がり、何十にも分裂して降り注いだ。




 掠りでもすれば呪いに蝕まれるとしても、あちらの攻撃は全て防がれ、手数はこちらの方が多い。

 それに私が知らない間に傷でも負ったのか、教会で見た時よりも焔の勢いが弱く、彼女自身の動きも鈍くなっている。

 私から見てもクラヴィスさん達の方が押しているのは明らかだ。



「もう、良いわ」



 このまま押し込めれば勝てる。そう誰もが確信するけれど、彼女の空気が一変する。

 虚ろな瞳でこちらを見つめてぽつりと小さく言葉を零すと、紅い焔を周囲に広めて足元に黒い焔を作り出す。

 そして紅が視界を遮って、彼女とは別の人のような影が映ったかと思えば、瞬きの間に人では無い何かが現れた。



 純白のドレスから覗く肌が鎧のように固く変異した足。

 華奢な腕は関節がいくつもあるように折れ曲がり、右手には鋭い爪が揃っている。

 顔は長い時を経て腐り落ちたのか、肉も皮もほとんど無く、露わになってはならないはずの骨が見えている。



「あぁ、もう、もう良いわ。もう、どうでも良いわ。

 手に入らないのならもう要らない。要らないのならもうどうでも良いわ。

 貴方でなくとも良いんだもの。わたくしはまだ待てるもの」



 人としての面影はあれど、人というにはあまりにも歪で、だけど確かに人である何かを彼女は躊躇う事無く抱き締める。

 生気は無く、ただドレスを着せられた人形のようなそれを見て、すぐにわかった。わかってしまった。


 あれは、彼女の元の姿だ。全ての始まり、最初の体、彼女の本来の姿。

 モディア・ヴィオレーヌの成れの果て。それがあの朽ち果てた肉体だ。



「そうよ、そうだわ。もう良いんだわ。

 また次の代で頑張れば良いもの。次の代で、全て手に入れれば良いもの。

 わたくしは諦めないわ。わたくしが王妃になるのだから……絶対にならなきゃいけないのだから……!」



 轟々と焔が燃え盛り、焔の中へと彼女が姿を隠す。

 それと同時、何かが折れ曲がり砕ける音が響き始めた。


 何も見えないけれど、見えない方が良いような、そんな光景があの中で行われているんだろう。

 ほんの数秒で焔から吐き出されるように地へと落ちたのは、お気に入りだと言っていた、努力して作り上げたと言っていたあの体で。

 朽ち果てたはずの肉体に戻った彼女は、落ち窪んだ眼窩の奥で紅の瞳を輝かせた。



「あ、ァ……ソうヨ……要ラナイ……イラナイ!!

 アナタもワタクシを愛サナイなラ! ワタクシがゼンブ殺シテアゲル!!」



 ぎこちなく動き始めた肉体から黒い焔が溢れ出す。

 その焔は吐息が白くなる程冷たく、空気も何もかも焼き穢していく。


 あれは触れちゃだめだ。少しでも触れたら終わってしまう。

 魔法に詳しくない私でもわかってしまうような悍ましい焔は一直線に私達へと襲い掛かり、クラヴィスさんの魔力もシルバーさんの炎も跳ね除けてレガリタの光と衝突した。



「い、っ!?」



 結界の反動か何かなんだろう。頭を殴られたような衝撃が走り、眩暈がする。

 私の補助をしているクラヴィスさんにも同じ物が襲い掛かっているのか、揺らいだ体にしがみ付いた。



「何だあの呪いの塊は……! 浄化が間に合わん……!」


「主! 私が時間を……!」


「馬鹿言うな! あんなの相手に時間なんて稼げねぇっての!」


「ですがこのままでは、全員……!」



 皆の焦る声が聞こえる。ディーアが私とクラヴィスさんを庇うように立つのが見える。

 このままじゃ結界が壊れてしまう。

 このままじゃ、皆まとめてあの呪いで焼き殺されてしまう。


 何かないか、何かできないか、何かしなきゃ。

 必死に思考を巡らせるけど、私にできるのは指輪の魔法だけで。

 他に使える魔法も無く、守られるだけの私にできる事なんて思いつかなくて。



 だから、記憶にある祈りと願いに縋るしかなかった。



「──【暁に瞬く星の如く、黄昏に佇む月の如く】」



 いつか見た、クラヴィスさんの魔法。

 優しい銀の光に満たされるあの光景を想い浮かべ、言葉を紡ぐ。


 指輪以外の魔法を使えるかなんて、試した事は無い。

 自分の魔力を持たない私には、この言葉に魔力を込められているかもわからない。

 そもそもこの魔法があの焔を止めてくれるのかもわからない。



 それでも祈りと願いを持って言葉を紡ぐ。それしかできない。

 そんな私に合わせ、クラヴィスさんが私に額を寄せて囁いた。



「君の想う幸せを、君の想う光を思い描くんだ」



 それはきっとこの魔法を使うために必要な事なんだろう。

 私が想う幸せは大切な人達と、クラヴィスさんや皆と過ごす日々だ。

 私が想う光は、大切な人達が笑っていてくれる事だ。



「【幾月幾年が経とうとも、宿した光は輝きを失わず在り続ける】」



 失いたくない。失わせない。絶対にあの日々を、あの光景を、奪わせたりしない。



「君ならきっとできる。だから信じて紡ぎなさい」



 そう、繋いだ手に祈りと願いを込めて、最後の言葉を紡ぎ上げる。



「【私があの日見た輝きを今ここに指し示そう──エテル・ティア】!」



 祈りは届き、願いは叶ってくれたのか。紡ぎ上げた言葉と共に銀の光が広がっていく。

 あの時見た物に比べれば弱く儚い光だけど、それでも光に触れた昏い焔は消えていって。

 襲い掛かる焔を一筋の光が貫き、緋色の炎が燃え上がった。

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