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炎と焔



 ──全てを失った。願いも潰えた。幸福など、もう遠いモノだと思っていた。



 あいつに連れて来られて、不思議な子供に迎え入れられて、ノゲイラという新たな土地での日々が始まった。

 魔導士を育てるための学校。そこの教師をして欲しい。それが俺に与えられた役目だった。



 教える事は慣れていた。だが、それはもう過去の事。

 俺が教えたいと拾い上げ、手を引いた者はもう誰一人いない。

 生きる術を教えるために、俺のできる事をしてきた。そのせいで目を付けられ、失った彼等。


 国を変えようなんて夢も見た。世界を変えようなんて願いも抱いた。

 一人だった俺に付いて来てくれたあいつが見た夢を、叶えてやりたいと心から思っていた。

 その全てを失った俺に残ったのは、彼等に守られ、友人に救われたこの命一つだけだった。



 教える気は無かった。導くつもりも無かった。ただ、仕事として必要最低限の事だけするつもりだった。

 それはクラヴィスもわかっていた。俺に役目を与えたのも都合が良かっただけだ。

 教える者を探していたのもあっただろう。だが本命は俺を死なせないためだろう。

 俺が死なないように、死にに行かないようにと、ノゲイラという強固な守りが施された土地に縛り付けるのに教師という役目が丁度良かっただけ。


 いつも通り振舞っていたつもりだが、あいつにはお見通しだったのだろう。

 俺の心は限界だった。ただ一つ、しがみ付いてでも生きて行かねばならない理由があるから立っていられただけだった。




 俺が教師として教える事になった生徒達は、本当に様々な者が集められていた。

 夢と希望に満ち溢れた者、ここが最後の機会だとしがみ付く者、家族のためにと身を売る覚悟で来た者。


 教える気は無かったから、どれほど魔法の才があろうと基礎を教えた。

 導くつもりも無かったから、どれほど特別な教えを請われようと全員に同じ事を教えた。

 俺の役目は、教師として生徒達を魔導士として自立できるよう仕上げる事。だからそうした。それだけだった。



 俺が彼等に教えていた物には程遠い知識と技術。

 それを与えられた生徒達は、俺を先生と慕い、ノゲイラを担う魔導士となっていった。



 生徒達の活躍を聞く度に誇らしく思った。

 卒業後も学校を訪れ、学び、自らを磨き続ける生徒達。

 新たな環境で忙しいだろうに、後輩達の相談に乗り、共に学ぶ姿勢を持ち続けてくれる事が嬉しかった。




 穏やかな日々だった。暖かな日々だった。

 忙しくて大変で、それでも楽しいと輝いてくれる日々だった。



 だが、それでも。俺の心は変わらなかった。

 新たな日々は確かに輝いてくれていた。俺に光を注いでくれていた。

 けれど彼等が俺の全てだった。彼等が俺の願いだった。彼等の幸福が俺の幸福だった。


 どれだけ多くの人に慕われても、どれだけ多くの未来を垣間見ても。

 あの日々だけが忘れられない。あの日々だけを愛している。



 ──だから俺は、俺の全てを奪った魔導士を殺すためだけに生きている。生きて来たんだ。




 焔の中、苦し気にしている少女にだけ向いていた意識がこちらに向けられる。

 顔を隠していたベールは先ほど放った俺の炎に燃やされたのだろう。

 骨と皮だけの干からびた老婆が驚愕を露わにこちらを睨みつけて来た。



「お前は……! 死んだはずでしょう!? どうしてここに居るの!?」


「……そーかいそーかい、俺が生きててそんなに嫌か。クソババァ」



 余程イラついているらしい。異質なまでにギラつく紅に対し、サングラスを外して睨み返す。

 若い女だと聞いていたが、情報元だったあの貴族も幻影で偽りを見せられていたのだろう。

 肉体は確かに二十かそこらの年月しか刻まれていないが、魂は軽く百年、いや二百年を超えている。


 異様な老い方はどうせその身に相応しくない魔力を行使したからだろう。

 魂や肉体に染みついた怨嗟とは真逆の清らかな魔力。

 嬢ちゃんの魔力を奪っただけでは飽き足らず、肉体まで奪おうとしているのか。

 ぐったりとしている嬢ちゃんの魂には魔導士の気配がへばり付いており、魂に干渉しようとしていたのが目に見えてわかる。



 何もかも奪い、自分のために使い潰す。

 ただ自分の欲を満たす。それだけのために数多の命を、数多の未来を犠牲にしてここに居る。

 その欲求は止まる事を知らず、今も幼い子供の未来を奪おうとしている──それを赦す者がどこに居ると言うのか。



「殺してやる」



 込み上がる怒りのままに唸り声をあげる。



「貴様が弄んだ命の数だけ殺してやる」



 どれだけ穏やかな日々を送ろうと、どれだけ暖かな日々に包まれようと、消え去る事の無かった炎が燃え上がる。



「ロジィを、俺の家族を殺したお前だけは」



 あいつが全てを奪った。あいつが俺の願いを殺した。あいつが俺の幸福を燃やし尽くした。



「どれだけ殺しても赦さねぇ」



 ならば俺も、奪い、殺し、燃やし尽くしてやろう。

 その腐った体が、貪欲な魂が一欠片も無くなるまで。

 殺して殺して殺して、灰も残さず焼き尽くしてやろう。



「死ね」



 胸の内に燃え盛る炎はあれど、頭は至極冷え切っている。

 冷静に、ただ殺す。それだけで良い。それだけを考えろ。


 片隅に残る感情を押し殺し、湧き上がる殺意を炎に変えて魔導士へと放つ。

 すぐさま現れた焔の壁に衝突した炎は爆散し、数多の刃となって四方八方を取り囲んだ。



「あぁもう! だから厄介なのよお前は……!」



 苛立たし気な声と共に焔が舞う。

 どうせその魔力の多さで今の今まで押し切って来たのだろう。

 二百年も生きていながら魔力の練り方は粗が目立ち、焔も揺らぎが多い。


 視た限り、あの魔導士と俺の先祖には繋がりがあったようだ。

 僅かでも同じ血が流れていると思うと吐き気がするが、今ばかりは都合が良いと思うしかない。

 同じ火を扱う者であり、血の繋がりもあるのなら、これほど干渉しやすい相手はいないのだから。



 力任せに放たれた焔が飛んでくる。

 それを炎を纏わせた剣で切り裂き、振り抜いた勢いのまま追撃の炎を飛ばす。

 容易く切り伏せられただけでなく、追撃まで許した魔導士は焦りを見せながらもどうにか焔を盾に受け流していた。



「っは……人形遊びは得意でも火遊びは苦手ってか。ふざけんなよ」



 歩んだ道は違えど同じ火を扱う者同士、互いの才がどれほどかなど手に取るようにわかる。

 あの魔導士は確かに才能がある。あの焔も、それ相応の練度の上で使われている。

 だがその魂に刻まれた年月に比べればまだまだ未熟で、力任せの部分が多すぎる。



 人を操り、人を呪い、人を作り変える。

 禁忌を犯そうと平然としていられるほどだ。魔力の使い方に関しては相当の手練れだろう。

 それなのにこんなにも焔が揺らいでいるのは、単なる修練不足に他ならない。


 ただ焔を得意とする魔導士であれば、彼等の結末はもっとマシな物だったろう。

 ただ焔を操る魔導士であれば、あんな惨い結末などもたらせなかっただろう。

 只人からすれば羨んでも届かない才能を持っていながら、その才能を生かさず、悍ましい才能を開花させる事に他者を費やしたのだと、そう、まざまざと見せつけられているようで反吐が出る。



「──う、煩い! 煩い煩い煩い!! わたくしの力をどう使おうとわたくしの自由だわ!!

 わたくしの事を何も知らないくせに、気味の悪い目で見ただけの貴方が知ったような口を利かないで頂戴!!」



 俺が魔導士の在り方を気に食わないように、俺の態度が魔導士の逆鱗に触れたようだ。

 皺だらけの顔を醜く歪ませ、髪を振り乱し激情のままに焔が繰り出される。

 広いホールを埋め尽くすほどの焔だが、あれほど乱れた魔力で作り出された焔などたかが知れている。


 確かにその魔力量は驚異的だが、それだけだ。

 長期戦になればこちらが不利でも、そうなる前に押し切ってしまえばどうとでもなる。



 迫りくる巨大な焔を前に、こちらも惜しむ事無く炎を繰り出す。

 二つの力のぶつかり合いに凄まじい衝撃と轟音が生じるが、構わず炎を纏って焔へと突っ込んだ。


 最短距離を突っ切って来ると読んでいたのか、焔の中には呪いが込められた黒い刃が紛れていたが、そんなものどうでも良い。

 この身を侵そうと襲い掛かる呪いが纏った炎に弾かれていく。

 圧倒的な魔力で俺を閉じ込めようとする焔が内から崩壊していく。

 視界一面、深紅で埋め尽くされていようとも、この瞳は歪んだ魂を逃さない。



 押し切り、突き進み、振り下ろす。

 ただそれだけで良い。ただそれだけのために全てを使ってしまえば良い。


 炎が破られ、焔が身を焼く。

 それでも焔の先へと飛び出た俺の目の前に魔導士がいた。



 あれほど巨大な焔を放ったばかりだ。次の焔を放つにも僅かな時間を要する。

 その間に振り下ろしてしまえば良い。あと一振り、ただそれだけで終わる。

 そう確信した瞬間、魔導士は不敵な笑みを浮かべた。




 心を突き動かす怒りのまま振り抜けば終わる。この心に巣くう憎しみを果たせる。

 それなのに、わかっているのに、振り抜いてしまいたい。振り抜いてしまえば良い、それなのに。


 俺と魔導士の間に焔が引きずり込まれる。

 その中にいるのは俺を受け入れてくれたノゲイラの光で、俺にとっても希望の象徴で。



 振り抜こうとしていた手は固まり、炎が揺らぐ。

 そうしてできた隙を見逃すはずが無く、俺の腹を黒い刃が貫いた。

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