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独りよがりの呪い

 王太后の登場に緊張した空気が漂い始め、少し離れて控えていた周りの皆が警戒を露わに私達の護りに入る。

 グラキエース陛下を守る近衛騎士達も、剣こそ抜いていないがいつでも抜けるよう身構えているらしい。

 礼の姿勢を取るどころか、誰一人歓迎していないというのに、王太后は構う事無く私を睨みつけて来た。


 初対面だとしても私に抱いているのは負の感情だけらしい。

 クラヴィスさんに少し似た女性から仇のように睨まれ、庇ってくれる黒と金の影へと隠れているしかできなかった。



「……よりによって自分と同じ黒を宿した娘ですか。お前は本当に不吉な色に好かれていますね」



 長年、一国の王の伴侶としてこの国の頂点に在り続けただけあるというべきか。

 ただそこに居るだけなのに、息をするのもままならない程の威圧を放つ王太后。

 棘と毒しかないその発言からこの人が黒色を嫌っているのは明らかだ。


 幼い子が読むような物語にも黒髪の登場人物が描かれていたから、単純に遺伝の関係だとは思うが、この国では髪や目が黒色の人はとても珍しい。

 その少なさは、今まで私とクラヴィスさん以外では誰も見た事が無い程だ。

 しかし物珍しさから多くの視線を向けられる事はあっても、王太后が言うような不吉な色だなどと言われた事は一度も無かった。


 クラヴィスさんを嫌っているから黒が嫌いなのか、それとも黒を嫌っているからクラヴィスさんが嫌いなのか。

 どちらが先かは今のところわからないが、どちらにせよ王太后は心底黒を忌み嫌っているらしい。

 同じ色を宿しているだけで私にも同等の嫌悪を向けてくる王太后は、自分を見る二対の黒に蔑みだけを返し続ける。



「不吉な男、不吉な娘。お前達の存在がこの国を脅かすのです」



 クラヴィスさんはこの嫌悪にずっと晒されて来たのか。

 まだ数分しか晒されていない私でも苦しくなってくる程なのに、これを何年も、それも実の母親から向けられていたのか。



「お前達が存在していたら、この国は滅びてしまう。

 お前達は存在していてはいけない、許されない存在なのよ」



 この場に居る誰もがその戯言に顔を顰めているというのに、そう、何故か確信をもって私達の存在を否定する王太后。

 どこからそんな自信が湧くのか、昏い水色の瞳は狂気すら感じる程に揺るがない。

 前触れも無く現れたかと思えば根拠も定かではない考えを押し付ける王太后に我慢の限界が来たのか、私達を庇い立ってくれていたグラキエース陛下が厳しい顔つきで前に踏み出した。



「件の令嬢の占いとやらですか。

 母上がその令嬢に入れ込んでいるのは聞いていますが、いい加減、そのような発言はお止めください。

 クラヴィスは長年この国を支え、助け、守ってくれたこの国の英雄だ。

 それにノゲイラがどれだけの技術を提供してくれているか、貴女もご存じのはず」



 そういえばルーエが令嬢の間で占いが流行っているって言っていたっけ。

 良く当たる令嬢が居るという話だったが、もしかしてその令嬢が関係しているのだろうか。


 とはいえ、クラヴィスさんと王太后の確執は少なくとも四年以上前からの物。二人の様子を窺う限り、もっと前から続いているはず。

 二人の関係が悪化したのがその令嬢のせいかは判断しきれないけれど、相手は権謀術数が蠢く貴族社会を生き抜いた人。

 いくら占いに傾倒していたとしても、国王や公爵相手に喧嘩を売ってまで嫌がらせをしに来るなんて事は考えにくい。

 それとも、そんな人でも後先考えずに行動してしまうぐらい、その令嬢の占いは当たるとでもいうのだろうか。



「彼等はこの国に大きな発展をもたらしてくれた。

 たった数年でこの国が豊かになり、他国とも確固たる繋がりを築けたのは全て彼等のおかげです。

 今ある平和は彼等の尽力あっての物。母上の言う滅びなど、ただの妄言でしかないと何故わからないのです……!」



 私がもたらし、クラヴィスさんが広めた異世界の知識によって大きな発展の時を迎えているシェンゼ王国。

 更なる発展は見込めても滅びの兆しなんて見当たらないし、そもそも戦争でも起きない限り、国が一つ滅びる事なんて早々無い事だ。

 例え滅びそうな国を挙げるとしても、それはシェンゼでは無く隣国のメイオーラだろう。

 我が子に面と向かって妄言だと言い切られたというのに、それでも王太后は毅然とした態度を崩さなかった。



「お前は知らないのよ。何も知らないから言えるの。

 このままではこの国はいずれ滅びてしまう。その前に私は、私の責を果たさなければならないのです」



 この人は一体何を知ったというのか。

 まるで責任は自分にあると言い聞かせるような口ぶりで何かを取り出した王太后は、歪んだ表情を浮かべて叫ぶ。



「それなのにお前は、あの子を殺して、この国を揺るがして、のうのうと生きている。

 その上愛しい子を得て幸福だと? 私からあの子を奪っておいてそれが許されるとでも? ──ふざけるな!!」



 突然激情を露わにしたかと思えば、こちらへ向かって飛んできた銀の光に体が跳ねる。

 カン、カランと乾いた音が響いて、宝石の付いた短剣が滑るように私達の足元へ転がって来た。

 それは抜き身の短剣で、明確な殺意を投げつけた王太后は一瞬で感情を沈め、淡々と命令を下した。



「命令です。クラヴィス・ユーティカ。今すぐその娘と共に死になさい」



 短剣で自害しろとでも言うのか、躊躇う様子など一切見せず死を命じる王太后。

 その表情にはもう歪みなど無く、どんな命令だろうと従うのが当然だと思っているかのようだ。

 そんな理不尽な命令に私達が従うわけがないのに。



「ふざけた事を」



 それまで静かだったクラヴィスさんの声が響く。

 怒りが滲み出ている声色に顔を上げようとするが、不意に繋いでいた手が離れて肩を抱き寄せられる。

 勢いのまま長い脚に抱き着くと、遮られた視界の端で短剣が炎に包まれ、塵も残さず消えていった。



「私が貴女の命に従うとでも? 母上」


「母と呼ぶな!!」



 私には見えないけれど、きっとクラヴィスさんは悪い笑みを浮かべている事だろう。

 嘲笑交じりの拒絶に、すぐさま呼び方を拒絶する怒鳴り声が響く。



「っ、……どうして、どうしてなの……!」



 命令に背かれた事よりも呼び方の方が王太后にとって苦痛らしい。

 よほど聞きたく無いのか、王太后は耳を塞ぐように頭を抱えて呻き出す。

 母と呼ばれる事に痛みまで感じているようで、クラヴィスさんに少し似た整った顔を歪めて、王太后は毒を吐き出した。



「どうしてお前は産まれてしまったの。どうしてお前のような化け物が産まれたの。

 なぜ私は、お前を産んでしまったの……!」



 産まれた事を、産んだ事を呪う言葉達。

 隣で聞かされているだけなのに悲しくなってくる言葉達は、クラヴィスさんにとってはいつもの事なんだろう。

 呆れた様子で聞き流しているクラヴィスさんに、私は抱き着く力を強めた。



 クラヴィスさんが産まれなければ良かったなんて絶対に無い。それは誰もがわかっている。

 でも、例えクラヴィスさんが傷付いていないとしても、そんな謂れのない罪を押し付けられて気を悪くしないわけがない。


 だから呪いを押し付ける叫びを遮りたいのに、短剣を投げつけられた衝撃が残っているみたいだ。

 喉が強張って声が出なくて、ただ抱き着くしかできなくて。

 それでも私の想いがしっかり伝わっているのは肩を優しく撫でる手が示していた。



「お前が産まれたから、お前が生きているから、彼女は動き出してしまったのよ……!!」


「それは、どういう──」



 謂れのない糾弾の最後に吐き出された『彼女が動き出してしまった』という言葉に引っ掛かりを覚えたのは私だけでは無かったらしい。

 グラキエース陛下が問い詰めようとするが、そうする前にクラヴィスさんがグラキエース陛下を引き寄せ、私ごと抱えて後ろへと下がる。

 次の瞬間、王太后と私達の間を切り裂くように赤い炎が揺らめいた。



「な、にが」


「──誰だ」



 突然の事に呆然としてしまう私を支えたまま、クラヴィスさんが低い声で問う。

 どうやら誰かが介入してきたらしい。クラヴィスさんが睨みつける炎へ私も目を凝らせば、炎の中で人影のような物が揺らめく。

 王太后の周りを囲うように赤い炎がゆらゆらと揺れて、散って──どこか聞き覚えのある誰かの笑い声が響いた。

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