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貴方の守り方


「クラヴィスが大切にしている人に会ってみたくてね、ちょーっと無理言っちゃったんだ」



 そう笑うグラキエース陛下だけど、多分ちょっとじゃないですよね。相当無理言いましたよね。

 だってクラヴィスさんが遠い目をしてますもん。こんな表情するなんて、よっぽど調整とか大変だったんでしょ。


 昨日急用が入ったって言ってたのはこの事だったんだろうか。

 そりゃあ、国王が急遽参加するってなったら教会への連絡とか警備体制の見直しとか色々あるだろう。

 今思いついただけでもそれだけあるって事は……これ以上考えたくないデスネ。



「その無理に振り回されている身としては遠慮して頂きたいのですが」


「やだね! お前、こうでもしないとどんどん距離を空けるじゃないか!」


「……貴方が距離を詰めすぎなんだ」



 様子を窺う限り、クラヴィスさんとグラキエース陛下は結構仲が良いらしい。

 二人の間にはシド達とはまた違う親しさが存在しているのが見て取れる。

 クラヴィスさんってノゲイラに来る前は王都に居たんだろうし、その頃からの関係なんだろうね。

 当時はまだ国王じゃなかったけど、次期国王な人とどうやって仲良くなったんだろうね。わけわかんないね。



 司祭が居なくなり、身内だけになったからか、アースさんがどこからともなく現れクラヴィスさんの肩へと乗る。

 小さな姿とはいえ相手は強大な力を持つ存在だからだろう。

 アースさんの登場にグラキエース陛下は姿勢を改め、にこやかな微笑みを浮かべてお辞儀をした。



「こうしてお会いするのは初めてですね。

 私はシェンゼ王国国王、グラキエースと申します」


「アースと呼ばれておる。よろしくのぉ」



 そういえば以前アースさんを王都に連れて来るように言われたりしたけど、結局連れて行ったりはしてないんだっけ。

 正式に会うのは初めてな二人が挨拶を交わすのを見守っていると、何か気になる事でもあるのか。

 アースさんは何やら不思議そうにクラヴィスさんとグラキエース陛下を見比べ始めた。やめなさい。不敬って言われて怒られるのクラヴィスさんだぞ。



「ふむ、なるほど……兄弟というのは似るものと思っておったが、お主ら似ておらんなぁ」


「いやーよく言われます」



 二人の周りを飛び回ってまで何かを確かめていたアースさんが、私の頭の上に着地してしみじみと呟く。

 アースさんは何気なく言ったんだろう。グラキエース陛下も何気なく肯定したんだろう。

 けれど、私はその内容を何気なく聞き流すなんてできなかった。



「きょうだい……? 兄弟……!?」



 兄弟ってあれだよね、兄と弟って事で、アースさんが見てたのはクラヴィスさんとグラキエース陛下で。

 だから、つまり? グラキエース陛下は第一王子だったから? 第二王子はもう亡くなっていて?

 だから、つまり、クラヴィスさんは第三王子だったってこと……!?



 頭の中で方程式が完成してしまったのに、それが事実だと許容しきれず呆然とクラヴィスさんを見上げる。

 不敬がどうとかそれどころじゃなくて、アースさんと同じように黒と金を何度も見比べる私に、クラヴィスさんは困ったように眉を下げて頷いた。困ってんのはこっちなんですわ。


 そりゃあノゲイラに来てすぐに公爵にもなるわ。左遷されたって言っても王族だもん。第三王子だもん。公爵位じゃないとむしろおかしいわ。

 でもですね、そんな重要な事を隠さないでくれませんかね。一般庶民には心構えってものが必要でしてね。

 明かされた事実に思わず詰め寄りたくなったけれど、国王の手前、これ以上取り乱した姿は見せるのは良くない。

 そのためどうにか感情を抑えて視線だけで訴えていると、グラキエース陛下は私が知っていると思っていたらしく、首を傾げる。



「クラヴィスお前、トウカさんに言ってなかったのか?」


「……アレが片付くまでは知らない方が良いでしょう」


「あー……うん、そうだな。そういう守り方もあるな」



 ──あぁそうだ。王太后はクラヴィスさんを嫌っていて、クラヴィスさんもまた王太后を良く思っていない。

 先王陛下に側室はおらず、彼と子を成したのは王太后だけだったはず。

 兄弟仲は良いけれど、実の母親とは険悪。それも修復不可能なほどに。


 きっと王都からノゲイラへと送られたのもそれが原因なんだろう。私が知らないところで多くの害をもたらされたんだろう。

 だって、クラヴィスさんが隠しきれないほどの激情を抱くぐらいだ。

 地位を追われただけでなく、命も狙われた事があったのかもしれない。

 それなら、そんな状況なら、クラヴィスさんが解決するまで私に知られないよう手を回してもおかしくない。



「その様子だと、自分の事もほとんど話していないみたいだな」


「……だったらなんだと?」


「隠す事で守れるものがあるのは私だってわかっているよ。

 特に幼い子にはこんな事、知らないままでいて欲しいのもわかる。

 でも、彼女はそれほど柔な子じゃないんじゃないか?」



 グラキエース陛下の言う通り、クラヴィスさんは私の心まで守ろうとしている節がある。

 小さな傷すら付かないように、本当の宝物のように守ってくれている。


 母親が権力を使って息子を排他しようとする。そんな関係が今も続いていると知らないようにしてくれていたんだろう。

 私がそういった権力争いとは程遠い、平穏な世界から来たと知っているから。

 受け止められる度量があるとわかっていても、この人の守り方がそうだから。



 多分、話すとしたら全部片付いてからのつもりだったんだろうなぁ。

 どういう形に収めるつもりだったかはわからない。それこそ私が帰る時が来ても黙っていたかもしれない。

 それでも私が知って、心配したり気を遣ったりしないで済む状況になるまで、話すつもりはなかったんだろう。

 ディーアのように隠し事に繋がる欠片が出そろってしまうまでは、知らないままでいられるようにしていたんだろう。



「それに彼女は公爵家の一員となったんだ。それもユーティカの名を背負っている。

 本人の意思とは関係無く背負ったものとはいえ、今後もお前の傍に居続けるのなら、彼女には知る責任がある」



 グラキエース陛下の言い方だと、まるでユーティカという名自体に特別な意味があるみたいだ。

 でも実際、王族だったクラヴィスさんが名乗る家名だから、何か意味があってもおかしくない。

 王家の正統な血筋の者にのみ与えられるとか、そういったものなのだろうか。

 答えはここでは教えてもらえないようで、グラキエース陛下はそれ以上ユーティカの名前に付いて触れず、肩をすくめた。



「今までやってこれたように、知らなくともやってはいけるんだろうけどな。

 貴族の間じゃ触れない事が暗黙の了解になっているようだし、王家にとってあまり良い内容では無いのも確かだ」



 王都を追い出された時の事はわからないが、クラヴィスさんはノゲイラを与えられて以来、ユーティカ公爵としての地位を確立させている。

 王位が継承されたため王太后の権力も全盛期では無くなっているはずだから、周囲は静観を選んでいるのだろう。

 守られている私にはまだ縁遠い権力争いの実情が窺え顔が引き攣りそうになるけれど、ぱちりと合った青い瞳が柔らかく細められて、感じていたはずの嫌悪感はどこかへと消えていった。



「だが、私としてはお前の事は知っていて欲しい。知った上で、傍に居る事を選んで欲しい。

 お前は一人で抱え込んでしまうからね。

 一緒に背負ってくれる人が一人でも増えてくれれば、こちらとしても安心できる」



 私を見ていた青い瞳をクラヴィスさんに向け、肩に手をかけ優しく微笑むグラキエース陛下。

 その表情は一国の王ではなく、ただの弟思いな兄そのものだ。

 クラヴィスさんもお兄さんから向けられる思いをわかっているんだろう。

 一方的に肩を組んでくる兄を黙って受け入れつつ、気恥ずかしいのか視線を逸らす弟に、グラキエース陛下は仕方なさそうに笑っていた。



「まぁ、生涯隠し通せる事じゃないし、クラヴィスもずっと黙っているつもりではなかったようだから、いつか二人で話し合ってくれ。

 もし君が知りたいのに黙秘を貫くようなら……そうだな、抱き着いておねだりしてみると良い。

 こいつは懐に入れた人間には甘いからね。特に君の願いなら何でも叶えてくれるさ」



 そう綺麗なウインクをするグラキエース陛下だが、ムスメとしてはそんな簡単にはいかないと思います。

 懐に入れた人に甘いっていうのは同意しかないけどね。抱き着くのは割と普段からしているので、そんな簡単なおねだりが効く気がしないんだわ。

 やってみても良いけど……それでダメージ喰らうのは多分私だけじゃないかな?

 子供の振りも最近そんなにしてないし、完全素で接してる相手に子供らしさ全開でおねだりは流石に恥ずかしいので、ネ。



「それでも無理なら私に教えてくれるかい。

 すぐには難しいが、私が語って聞かせてあげよう。クラヴィスの幼少期は誰よりも知っている自信があるよ」



 事実が明らかになった今、クラヴィスさんが明かさない理由は無くなるはず。

 だからお茶目にいつかの約束を取り付けようとするグラキエース陛下に、当たり障りの無い答えをしようとした時、何やら外が騒がしくなってきた。

 外の音だから上手く聞き取れないけれど、誰かが来たらしい。

 お待ちくださいという誰かを呼び止めるような言葉が聞こえて来て、自然とクラヴィスさんの後ろへと庇われると同時、教会の扉が開かれた。



「──なぜここに来られたのですか」



 薄紅色のドレスを纏った女性を見て、すぐさまグラキエース陛下が私達を庇うように前に出る。

 その姿を見つめ、女性は冷え切った声でそう告げる。



「やはり貴方もここに居ましたか、グラキエース……その者と関わるのは止めなさいと言ったでしょうに」



 声と同じく冷え切った瞳がクラヴィスさんに向けられる。

 そしてその瞳はクラヴィスさんに庇われていた私にも向けられて、思わず繋いだ手に力を込めた。


 この人が一体誰なのか、なんて考えるまでも無い。

 祝いの場だというのに誰もがその来訪を警戒する相手。

 この国の頂点に立ち、誰よりも守られるべき立場のグラキエース陛下が、私達を庇おうとしてもおかしくない相手。

 先王陛下の伴侶で二人の実母、オフィーリア・マグナ・シェンゼ──クラヴィスさんを嫌悪し続ける王太后が現れたのだ。

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グラヴィスやはり王族だったのか そしてその宿敵登場
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